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発電事業者の自助努力で風力発電のO&M(運転保守)コストは下げられるのか?

2022年3月29日に「第30回 産業構造審議会 保安・消費生活用製品安全分科会 電力安全小委員会 新エネルギー発電設備事故対応・構造強度ワーキンググループ」が開催されました。この経済産業省が公開したワーキンググループの事故調査資料をもとに、発電事業者がO&M(運転保守)を自社またはサードパーティーにすることでコストを下げられるのかについて考察します。

このワーキンググループで取り上げた事故は、台風襲来中の風向急変に風車がヨーイング(風向きに風車の向きを追随させる機能)しきれず、ブレードが横風を受けて折れたときのものでした。

出典:経済産業省

ヨーイングしきれなかった原因として、以下の2点が挙げられています。

  1. 風向風速計のキャパを超えるほどの風速の暴風による風向風速計のエラー

  2. 定期メンテナンスの不備で不具合箇所の部品交換が間に合わず、クラッチやブレーキが破損

この手の事故調査資料には、メーカーが保守していたのか、発電事業者かサードパーティーが保守していたかは書いていませんが、ある程度は推測できます。メーカーが稼働率保証契約していれば絶対にやらかさないことが書かれていれば、それはメーカーではなく、発電事業者自らかサードパーティーがO&Mしたということです。

この事故原因の1つが、定期メンテの不備ですから、これはメーカーではなく、発電事業者かサードパーティーがO&Mしていたと見て間違いないでしょう。実際、メーカー純正の保守契約は、サードパーティーと倍半分ぐらいの差があったりします。発電事業者が、自社かサードパーティーのO&Mでコストを下げたいと考えるのは当たり前のことです。

そこで、前述の事故を題材に、発電事業者の自助努力だけで風力発電の品質とO&Mコスト低減の両立は可能なのか?について考察します。

自社かサードパーティーのO&Mで前述の事故を防げるか?

事故原因1点目「風速風向計の故障」については、風速風向計が台風仕様でなかったことによるものですが、これは当該風力発電所建設当時の法規制で、そこまで要求されていなかったのでしょう。現在の法規制で要求される極値風速の計算方法であれば、今後は台風仕様機の導入で回避できるものと考えられます。

事故原因2点目「定期メンテ不備による不具合箇所の部品交換の遅れ」については、定期メンテを怠るというのは論外として、真面目に定期メンテしているO&M会社としても、部品交換までのタイムラグについては、当てはまるリスクではないでしょうか。そこで、事業者の自助努力で部品交換のタイムラグを短縮できるのかについて考えてみましょう。

不具合箇所の部品交換のフロー

O&M会社が不具合を見つけてから部品交換するまでのフローは、およそ以下のようになります。

  1. O&M会社が風車メーカーに問い合わせ・見積依頼

  2. 風車メーカーが在庫・納期・価格の確認

    • 国内在庫がない場合、海外からの取り寄せ日数・コストの確認

    • 急ぎの場合、空輸

    • 航空便は船便の20倍以上のコスト

  3. O&M会社が風車メーカーから回答を受けて、風車メーカーに発注

  4. O&M会社は部品到着後に、部品交換(上記1から早ければ数週間、遅ければ数か月)

これだけの時間がかかる理由は、風車メーカーは保守契約していない顧客の分の在庫を持っていないためです。風車メーカーは保守契約している(風車メーカーが直接保守している)顧客の分しか在庫を持っていません。

風車メーカーと保守契約している場合

風車メーカーは、稼働率保証しているすべての風車の状況を遠隔でリアルタイムに把握しています。この遠隔監視と定期巡回をもとに故障予測し、部品(スペアパーツ)・消耗品(主に化学品)の在庫計画を立てます。

遠隔監視のイメージ(出典:Pixabay

自社またはサードパーティーのO&Mでそこまでできるか?

国内の陸上風力発電所では、メーカーと最初の5年間だけ稼働率保証つき保守契約を結び、そこに自社O&Mスタッフへの教育を盛り込むことによって、メーカーからのノウハウ移転を図るケースもあります。メーカー契約からサードパーティー保守に切り替えたとたんに事故ったという話も聞くので、それだけでノウハウ移転ができるわけではありませんが、仮にメーカーに近いノウハウを吸収できたとしても、在庫問題が残ります。

発電事業者は、いつも同じ風車メーカーから風車を買っているわけではありません。GE, SG, Vestas各3社から風車を買っていれば、各社・各機種分のスペアパーツの在庫を持つかどうかという判断になります。自社保有の風力発電所の合計で、同一機種がだいたい50基以上なければ、スペアパーツを買って持っておくという判断はしづらいでしょう。

そのようなことができるとしたら、50基以上の大規模発電所を持つか、洋上風力ラウンド1に勝った事業者のように、同一時期に複数サイトで同一機種を導入するかのいずれかの場合に限られます。

そう考えると、サードパーティーO&Mは、ノウハウというソフト面でも、在庫というハード面でも、風車メーカーO&Mとの品質格差は埋めがたいと言えます。

政府介入なしにO&Mでメーカーと公正な競争ができるか?

発電事業者の自助努力でO&Mの品質維持とコスト低下を両立できそうなのは、大規模発電所を持つか、複数サイトに同一機種を採用するかの場合にいずれかでしょう。

ノウハウというソフト面は、企業努力の成果であり、企業秘密でもあるので、そこにメーカーの利点があることは不公正とは言えません。一方、在庫というハード面については、メーカー保守とメーカー以外保守で取り寄せタイムラグが大きいことについては、是正の余地があります。

風車メーカーは、以下の2点について、メーカー保守の顧客以外にハンディキャップを負わせることができます。

  1. 需要の多いスペアパーツ・特殊ツールの国内在庫

  2. 消耗品(特に化学品)における国内調達可能な互換品の対応義務付け

需要の多いスペアパーツ・特殊ツールの国内在庫

日本で稼働する風車の各機種ごとに需要の多いスペアパーツと、その修理交換のための特殊ツールについては、稼働率保証契約している顧客分+αの国内在庫を持たせることで、取り寄せタイムラグの短縮が図れます。例えば、ブレード工事には、専用の特殊ツールが必要になります。風車メーカーによっては、この特殊ツールを国内に在庫せず、工事時に海外のウェアハウスから取り寄せ、工事が終わると返してしまいます。

ブレード工事のイメージ(出典:Pixabay

特殊ツールの輸送費も輸送時間も無駄なのですが、風車メーカーは輸送費を価格に転嫁でき、輸送時間が長引いても損しないため、自らのリスクとは考えません。

こういう点に風車メーカーの協力が得られるかどうかで、風力発電所のダウンタイムが大きく変わってしまいます。

消耗品(特に化学品)における国内調達可能な互換品の対応

風車メーカーが指定する消耗品(特に化学品)は、欧州で市販されていても日本国内で調達できないという場合が少なくありません。成分・特性・用途が近い国内メーカー品があっても、それでもよいかどうかという問い合わせに応じない風車メーカーさえあります。

ウェアハウスのイメージ(出典:Pixabay

そのために、事業者はわざわざ指定品を風車メーカーに発注し、海外から輸入させて取り寄せなくてはいけません。そこには、輸入コストに加えて、風車メーカーのマージンも載ります。これは、風車メーカーが公正な競争を阻害しているのと同じです。

政府が風車メーカーに国内調達可能な互換品の対応目標を課すことで、公正な競争を促すことができます。

公募占用指針に盛り込むなどして政府がメーカー協力に介入してもよいのでは?

政府は、上記2点について公募占用指針に盛り込むなどして介入するだけでも、O&Mの公正な競争を促すことができ、発電事業者はO&Mコスト低下を見込みやすくなります。

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