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【ドゥー・イット・サムウェア・エルス】

〜WEBオンリー「ニンジャオン2」アンソロ寄稿の掌編〜
◇『ニンジャスレイヤーAoM』の二次創作小説です◇


「これで広くなりましたね!」

 コトブキは三つ重ねた椅子を右腕に、反対の腕に丸卓を抱えて壁際まで運ぶと、汚れた手をぱんぱんと叩き合わせてマスラダを振り返った。
 早朝のネオサイタマ。常に分厚い雲に覆われた混沌蠢くネオン都市では、朝の光や爽やかな風の香りを味わうことはできない。カラテビーストをはじめとするさまざまな自然的要素が歪められていたネザーキョウであったが、少なくとも、かの国には朝の清々しさがあった。

 だが、ネオサイタマにおいてもまた、早朝の時間帯にしか得られない貴重な要素がある。静寂。一日の中で、騒々しさからもっとも遠くなる時間帯が、今だ。ゼンを感じ、己を高めるには最適な……。「では、始めましょう」「ああ」

 二人はピザタキの店内中央でオジギし、対照的な構えで向かい合った。既に馴染みとなった早朝クミテの習慣だ。右手をかざし合った状態から、ひととおりの型を舞いめいて一巡させたあと、短打の応酬、そして防御の型を繰り返す。相手の動きを感じ、五感を研ぎ澄ませ、己を取り巻く世界と内なるカラテとを、循環させていくイメージだ。

「ハイハイ! ハイヤーッ!」日課の型が一巡すると、彼らの応酬は、より実践的なクミテへと移行する。コトブキが新たに習得しつつあるスタイルを試すこともあるし、マスラダがニンジャスレイヤーとして経験した前回のイクサを振り返り、復習と対策と実践を試みる場としても機能している。

 まっすぐに繰り出された拳をマスラダは肘で受けた。しかしコトブキは肘の位置を奇妙な回転によってずらす。さらなる短打で喉の急所を狙い、マスラダはリズムを合わせ後退する。踏み鳴らす足音、コトブキの掛け声。そして、

「あー! てめえら実際うるせえ! 外でやれ!」

 カウンターからタキの怒鳴り声が響いた。
 二日酔いのタキが力任せにカウンター机を叩くたび空のビール瓶が跳ね、床に落ちて派手な音を立てた。「ここはピザ屋だ、ドージョーじゃねえ! 朝っぱらからやかましいぞファッキン野郎どもが!」コトブキは床で回転するビール瓶と喚くタキを順に見た。

「外は雨が降っているので難しいです」「じゃあヤメロ」「大切な習慣なんです。私が私であるために……終わったら開店前の掃除もできます。一石二鳥なんですよ」タキは半眼で耳をほじる。

「却下だ。お前ひとりなら百歩譲って見逃してやってもいいがよ。コイツが掃除してるのなんざ見たことがねえ」肩越しに、短髪の男を親指で指す。マスラダは腕を組んで店の外を見ている。窓ガラスに雨粒の筋が伝う。

「だいたいお前らなァ、いつも気にせず雨ん中で戦ってるじゃねえか。外でやれよ。実戦的だろうが」「おれは続けるぞ」マスラダは拳を握り、開き、厳かに言った。「ニンジャスレイヤーでいるために必要だ」

「ああ、そうかそうか。わかった。別に止めねえ。勝手にやれ」タキはぞんざいに頷き、カウンターに両手をついた。「店の外でな」

◆◆◆


 平和が訪れ、三日が経った。
 どこで続けているのかは知らないが、少なくとも店は静かだ。アルコールで重い頭を持ち上げ、タキは鎧戸から薄明りの滲む店内で気怠いあくびをした。昨晩は紳士としてUNIXの監視業務に忙しく、眠り足りなかったのだ。

 トイレ奥から梯子を伝って地下四階に降り、ふらつく足で簡易ベッドへ向かう。これで静かな眠りが……「ン」彼は眉をひそめた。シャッターの向こうから、騒がしい住民たちの歓声や笑い声が聞こえてくる。

「チッ、うるせえな。クソどもが喧嘩でもおっぱじめたか」タキはぼやき、頭を掻き、足を止めた。喧嘩。見世物。まさかだ。「……まさかだよな。ハハ」

 積み上げられたジャンクを蹴り退け、地下街へ通じるシャッター扉に近づく。耳を押しあてる。目を閉じる。拳が震える。「いいぞー! ネエチャン!」「ハイ! ハイ! ハイヤーッ!」

タキはシャッターを引き開け、大声で怒鳴った。「別の場所でやれ!」


【ドゥー・イット・サムウェア・エルス 終わり】

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