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翼は翔ぶためについている 〜Article〜

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月1本程度を、気まぐれに更新します。エッセイ、イベントレポート、読書や映画の感想など。
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きっと、恋をしていた

きっと、恋をしていた

「あなた、本当はいい人いるんじゃないの」

 祖母の言葉に食べかけの豆苗を詰まらせそうになる。隣では妹がお茶をむせていた。

・・・

 その日、昼前に電話がかかってきた。

「あなた、今日は予定は?」
「特には。あれ、ママから検査入院って聞いてるけど、持っていくものとかある?」
「なら恵比寿に出てきてちょうだい。今日、退院したのよ。で、今、恵比寿のいつもの中華のお店にいるから。食べさせてあげるか

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誕生

誕生

 母からLINEで、うれしいニュースが届いた。

 「生まれる」
 なんていい響きだろう。世界が明るくなる。暗いニュースが多い昨今、生誕の知らせは希望だ。

 母方の従姉の、第一子。昨年秋に春出産予定と聞き、楽しみにしていた。思っていたよりも早い出産で驚いたけれど、母子ともに元気なようだ。
 祖母とも電話をした。祖母からしたら、ひ孫の誕生。さぞかし喜んでいるだろうと思った。

「女の子なのにね、向

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泣くことを忘れていた

泣くことを忘れていた

 泣かない子だった。
 涙の理由が分からなかった。

 練習をしたのだ。泣かない練習を。

 泣きそうになれば、自分をツネる。視線を外して気を逸らし、別のことを考える。そうやって泣かないようにした。
 いつしか、泣かない自分が出来上がっていた。
 『帰ってきたドラえもん』を観ても、泣かない。『のび太の結婚前夜』を観ても、泣かない。クラスでイジメ問題があって泣いている子を見ても、泣かない。ケガをして

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作家になりたかった私へ

作家になりたかった私へ

9歳の私へ

「20年を経て、今のあなたは小説集と、小説のような膨らみのあるエッセイ集をつくっています」

 そう言ったら、驚くでしょうか。やっぱりそうかと思うでしょうか。

 でもね、あなたが思っているのとは、ちょっと違うかもしれません。

 まず、「小説集」のほうは、内容がきっと想像しているものと違うでしょう。読んだこともない雰囲気なんじゃないかな。私自身、正直いまでも少し驚いているんですよ。

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星空への憧憬

星空への憧憬

星空を探していた。
降り注ぐような、星空を。
手を伸ばせば触れられそうな、星空を。

 石垣島に行った。北海道にも行った。オーストラリアにも行ったし、ニュージーランドにも行った。ベトナムの地方都市にも、“日本一の星空”と謳われる那智村にも行った。

 けれど、一度も思い描いていた星空に出会えたことがない。どこの星空も、あまり覚えていないのだ。

 いや、本当は覚えていないのとは少し違う。どの星空も

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二歳半の記憶

二歳半の記憶

 幼い頃、お気に入りだったおもちゃがある。幼稚園児が人差し指と親指で挟めるサイズのプラスチックのボール。透明な球体に液体が浸されており、その中に一回り小さなボールが浮かぶ。中のボールには何か模様が描いてあったが、それが何だったかはあまり覚えていない。万国旗か地図か……。白地に緑が基調、黄色や赤も入っていた気がする。

 好きなのは模様ではなく、その球体の不思議な動きだった。外側の球体をくるりと回し

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だから、会って話したい。――『会って、話すこと。』刊行記念 田中泰延×今野良介トークイベント@青山ブックセンター

だから、会って話したい。――『会って、話すこと。』刊行記念 田中泰延×今野良介トークイベント@青山ブックセンター

もう11月に入ったというのに、小走りに歩くとじんわり汗をかくような暖かさ。「数週間前は冬が来たと思うほど冷え込んだのになぁ」なんてぼんやり考えながら青山の大通りを歩いていると、長方形を規則正しく積み上げて三角形をつくったような国連大学が見えてきました。その横の道を抜けて、奥のエスカレーターをトトトと軽く降りていきます。

弾む息と心を小さく整えて通り抜けた自動ドアの先は、青山ブックセンター。着込み

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祖母と約束

祖母と約束

 丸い粒の電子音が車内に流れ、女性の声がまもなく次の駅に到着すると告げる。ゆっくりと瞼を上げ、頭をもたせていた窓の外を見ると、田んぼが広がっていた。新幹線が少しずつ減速し、田園の中に大きなイオンモールが見えてくる。

 富山・高岡。最後に来たのは、2019年の年末。この2年で、世界は変わった。けれど窓の外に見える景色は、2年前のそれと何一つ変わっていなかった。

 東京は数日前から急に冷え込んだ。

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祈りと、返せずにいたお便り / #会って話すこと

祈りと、返せずにいたお便り / #会って話すこと

まだ太陽が眩しかった、9月初旬。少しは緊急事態宣言という長いトンネルの出口の光が見えてきて、失った夏を取り戻そうと、外を眺め出した頃。

『会って、話すこと。』(ダイヤモンド社)について、「noteを書きましょうね」と、まだ本を手にする前から、著者本人と気軽に約束していました。

もちろん、9月14日の発売前に予約し、届いたその日のうちに最後まで読み切りました。

姉妹本の『読みたいことを、書けば

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あの銃声を聞いた日、私は喰らうことを知った。

あの銃声を聞いた日、私は喰らうことを知った。

 私たちが日頃食べている肉は、どこからくるのだろうか。

 スーパーに行けば、綺麗に切り分けられてトレーに並んでいる。当たり前にそれを買って、料理をする。それが一般的だろう。反対に、もとが動物だということを強く意識して、殺生だから肉は食べないという人もいる。

 私には、そのどちらも「動物」から「肉」になる過程や、そこに携わる人々の営みや想いへの想像と知識が抜け落ちているように感じる。なぜなら、一

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反応する勇気と、反応に敏感であることと

反応する勇気と、反応に敏感であることと

雑誌が好きだ。最近は、本屋にふらりと立ち寄ると、だいたい1冊雑誌を抱えて出てきている。

雑誌を買う楽しみは、福袋を買う感覚にも似ている。webメディアや本とは違った、街で穴場のお店を見つけるような記事との出会いが嬉しい。

好きな雑誌は、と聞かれて真っ先に思い浮かぶのは『ソトコト』。福祉やソーシャル分野に関心の高い人にとってはベタな一冊かもしれない。「ソーシャル&エコ」をテーマに、ポップで愛らし

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