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マスタリングの変遷

皆様は、「マスタリング」と聞いてどのような作業を想像するでしょうか?

マスタリングに関わらない多くの方は、漠然としたイメージで、何をしているのかよくわからず、「要するに曲間作ったり、ID入れたりして工場に送るためのマスターを作っているのね?」というような理解の方が多いと思います。
又は、最終的に音圧を上げるお仕事、みたいな感じでしょうか?

予算がなくミキシング・エンジニアの方が最後まで仕上げて、マスタリングまで担当される作品もありますが、
マスタリング・スタジオでは、どういう作業が行われているのか、そして、どういった編集システムが使われているのかなど、話を進めて行きたいと思います。

さて、私がマスタリング・エンジニアを目指してスタジオに入ったのは、
1995年、今からちょうど20年前になります。一応その頃からの歴史的な変遷にも触れておきましょう。

当時、マスタリングの編集機の主流は、SONYのDAE-3000(DAE-1100)という編集機を中心としたPCM-1630システム、それから、ちょうどその頃、やっとパソコンを使ったシステムとして多くのスタジオが使い始めていたのが、今のSonic Studio社のsoundBladeの元となったSonic Solutions(以後Sonicと省略)というMacintosh 英語版OSでのパソコンを使ったシステムでした。また、Digidesign社のMaster List CDというのもありましたが、多くのマスタリング・スタジオでは、前述の2つが主なマスタリング用のシステムでした。
この頃は、CDプレス・マスターは、U-MATICテープと言われるビデオテープに楽曲データを記録、また、Sonicが使われるようになってからは、PMCDと言われるCD-Rも納品形態として少しずつ浸透してきました。

ちなみに、U-MATICテープ《3/4(シブサン)とも言う》は、通称「お弁当箱」とも呼ばれていましたが、これは、テープの大きさがだいたいそれくらいの大きさのものだったからです。





PMCDとは、「プリマスターCD」の略です。CD-Rがプレスマスターとして運用可能にり、本来のPMCDというものが作成出来なくなってしまった現在は、「プレスマスターCD」という意味として、「PMCD」という言葉だけが一人歩きしてしまっているようですね。
ちなみに、皆さんが通称「マスタリング」と呼んでいる作業(ここでも便宜的にマスタリングと書いていますが)は、本来「プリマスタリング」というのが正式名称なのですが、随分前から、「プリマスタリグ」が正式名称と認識している方でも、便宜的に「マスタリング」と言うようになっています。ですから、もちろん「マスタリング」という言い方で問題はありませんが、正式には「プリマスタリング」ということになります。

さて、PMCDについては、当時(そしてその後も)いろいろと誤解もありましたが、SonicとソニーのCDW-900EというSCSI仕様の、もうとっくに販売終了になっているCD-Rドライブの組み合わせでしか作成出来ないもので、日本独自の規格です。一時の時代のもので、あまり長くは続かなかったですが、CD-Rは、当初、記録媒体としての耐久性が良く「CDは100年持つ」と言われるくらいでしたから、信頼性が高いという触れ込みだったのですよね。
結局は時間と共に劣化は免れず、保管状態が悪ければ、何年も持たないし、記録媒体に依存するのでプレスマスターとしての信頼性というのが崩れてしまったのです。


U-MATICは、結構長く続いていましたが、これを使えるのがSONYのPCM-1630というプロセッサーとDMR-4000というレコーダーの組み合わせしかなく
(注:私が業界に入る前には他の機器もあり、PCM-1630+DMR-4000というのは最終バージョンの組み合わせです)これが生産完了になり、また、生産完了から10年経つと保守メンテナンス義務がなくなること、そして、修理のパーツがもう手に入らないという時期にきてから徐々にプレスの納品形態はDDPファイルというものに切り替わっていきました。

DDPとは「Disc Description Protocol(ディスク・ディスクリプション・プロトコル)」の略で、メリットとしては、ファイルなので、保存性に優れている事です。
HDDなどへのバックアップも可能ですし、海外とのやりとりもインターネットを使ってすぐに送ったり、受け取ることができます。
日本では、だいたいDDPファイルのプレス・マスターをDVD-Rでレコード会社やプロダクションへ納品しますが、
自主制作やインディーズ、小規模なプロダクションなどで、取引先のプレス会社さんに寄っては、データ納入が可能だったり、データで納入してください、というところもあります。
実際のところ、DVD-Rに焼いてしまうということは、Disc に依存してしまうことになるので、データでそのままお渡し出来る方が良いんじゃないかと思うんですけどね。

ちなみに、東日本大震災時には、大変大きな揺れにより、プレス工場で、ディスクの落下、破損事故があって使えなくなったマスターがあり、レコード会社のバックアップから、マスターを再作成した例もありました。
データをそのままバックアップしておけるという点でもDDPファイルはとても利便性がありますが、物として形がないので、データの消失など、保管には気をつけなかればならないですね。
Winns Masteringでは、二重にバックアップを取っておくことをお勧めしています。

なお、DDPのデメリットとしては、専用のソフトウェアがないと再生できないということになるのですが、これはU-MATICテープにしても、再生する機器がなければ聴くことができなかったので、当時は、音承用としてDATなどにコピーをしてU-MATICテープと一緒にクライアントさんへ渡していました。ちなみに、「音承」(おんしょう又は、おとしょう)とは、サウンド、レベル、ノイズ等含めて、これを聞いて最終承認ということでよろしくお願い致します、という意味でお渡しするものです。 そして、今はDDP(DVD-R)と一緒にCD-R(CD-DA)、又はWAVファイルに切り出して、それを、CD-R又はDVD-Rに記録したり、Wavファイルをそのままお渡しするなどして、確認用、試聴用としております。

なお、DDPについて詳しく知りたい方は「CD用マスタDDPファイル互換性ガイドライン」というのが日本レコード協会のウェブサイトにありますので、そちらを参照してください。
又は、こちらのnoteでも簡単に解説をしていますので、ご興味ありましたら読んでみてくださいね。

機器に話を戻します。

当時、主流だったSONYのDAE-3000システムですが、これは元々、再生も録音もU-MATICテープでDMR-4000を2台使って編集するシステムでした。私もこれを使っていた時代がありましたが、今は既に製造されていない機器です。

DMR-4000は、デジタル機器ですが、使い方はアナログ的で、フェードアウト・フェードインは手動でフェーダー握ってやりましたし、一応、クロスフェードもかけられたはずなので、ポイントを決めて、、、と言っても、今のパソコンのような波形画面が出てくるわけではないので、音を聴きながら、ポイントを決めていくというようなやり方をしていました。

ですから、CDの収録時間の規格を超えそうなぎりぎりのアルバムなどの作業の場合、曲のENDや曲間の取り方等、とても神経を使って、最後に「あー、ギリギリ収まったー!!」なんて安心したり、結構、音作り以外のところでも神経を使ってましたね。(笑)

ちなみに、このDAE-3000の編集機システムでは、ビクターのデジタルEQとSONYのLIMITERの組み合わせがよく使われていたようです。

私がいたスタジオもそのようなシステムでしたし、他のスタジオさんに見学に行った時にも同じようなシステムだったと記憶しています。このシステムに途中に噛ませるデジタルEQやCOMP/LIMITERなどの機器がほとんどなかったのでしょうね。

そして、もちろんこのシステムではデジタルテープ(U-MATIC)同士の編集だけでなく、アナログテープ(1/4や1/2など)やDATからの編集も、ポン出しですが可能でしたので、本当にアナログ機器と同じような、集中力を要する、まさに技術者の仕事でした。

さて、このSONYのシステムに対して、Macベースで動くSonic Solutionsですが、これは昨今の編集システムと同じようにパソコン取り込んで編集することが出来たので、作業的には、かなり楽になりました。
アナログEQやCOMPなども使えるようになり、そして、最後にU-MATICテープにコピーするだけでしたので、編集のやり直しも出来て、曲間も後から調整出来るし、、、今では当たり前のことですが、それまではSONYのシステムが長く使われてきたので、それに比べると画期的だったわけです。


元々、Sonic Studio社は、ノイズ除去のソフトウェアから始まった会社との話を後で聞いたのですが、当時から、NoNoiseというプラグインが入っていて(オプションだったと思います)、これがなかなか使いやすく、当時から結構性能が良かったのを憶えています。

そのうちに、Sonicを使うマスタリング・エンジニアも増えてきて、Sonicユーザー・ミーティングという会も開催されたりして、バージョンアップの度に説明会があったり、ユーザーから、バグなどの改善や要望など、意見交換する場もあり、マスタリング・エンジニア同士の交流も時々ありました。Sonic Solutionsはその後、Sonic Studio HDへと名称が変わり、Mac OS9で最終バージョンを迎えディスコンとなり、今は、soundBladeというソフトウェアとして残っています。私としては、OS9のSonic Studioがとても使いやすく、2016年頃までは、ずっとこのOS9での最終バージョンを使ってきました。
その後、独立してからは、MAGIX社のSEQUOIAを使うようになり、今もSEQUOIAを使っています。

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