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ピカソから学ぶ、美意識と美学の違い。

まさに「ひらめきの原点」

GWは家でお仕事しまくる、と覚悟をしていたので、初日はクリアリングしておかなければ。ということで、パナソニック汐留美術館の「イスラエル博物館所蔵 ピカソ ひらめきの原点」へ。

年末年始に二度も行ってしまうほど「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜展」がめっちゃ良くて、「イスラエル博物館のセンス、好き♡」とインプットしたばかりだったので。

ピカソ、しかもイスラエル博物館所蔵、これは是非とも見たい。ピカソの人生にどっぷり浸かりたい。そんな思惑で行ってきました。

初めてのパナソニック汐留美術館。美術館というよりオフィスビルなので、エレベーターを上がり、受付を通ると急に広がるピカソの世界観に、タイムスリップしたかのようなワクワク感。

そんなに広くはない空間にいっぱいの作品が展示されていて、ピカソの人生がぎゅーっと詰め込まれていました。

彼の作風と愛の変遷をダイジェストで見られるような感じ。どちらかといえばデッサンやラフスケッチが多く飾られているので、本当にピカソの想いや哲学、思考の中を覗いているようで、めちゃくちゃワクワクした。

その時代の出来事だったり、彼の興味・好奇心の先、恋人=ミューズが変われば、作風も変わる。なんてピュアなんだ。

でも変わらない哲学と美学、そして彼のジャーナリズム。不思議な世界観の根底にある、愛とピュアリティこれが「ひらめきの原点」なんだろうな。


ピカソの「美意識」と「美学」とは。

ピカソにとって、美意識と美学は違うのかも。

ふと帰り道に、こんなことを考え出したら止まらない。

だって、そもそもピカソは絵が上手い。そして恋人はみんな美しい20代。彼自身だってお洒落なイケオジ。「美意識」が高いに決まってる。

でも、彼の描く作品は「美しい」のか?

正直言って一般的な「美」はそこにはない。逆に醜さすら感じる。ピカソは、あえて美しく描くことをしていないのだ。でもいくつもの層になった下層に「美」があるような…

そんなことを感じながら、家でピカソの本をぱらぱらめくると、

The chief enemy of creativity is ‘good’ sense.
創造の一番の敵は美意識だ。

というピカソの言葉に出会ったのです。

それで彼の作品に感じたものが腑に落ちた。そっか、やっぱりピカソの「美意識」と「美学」は違うのね。

ちなみに、「美意識」と「美学」の意味を辞書で引くと、

美意識
美に関する意識。
美しさを受容したり創造したりするときの心の働き。

美学
美の本質、美的価値、美意識、美的現象などについて考察する学問。
美しさに関する独特の考え方や趣味。

つまり、美しいと感じることが「美意識」であり、それを考察して表現することが「美学」。ピカソが感じた「美しさ」を、彼の「美学」で表現された作品なのです。

見たままを表現する写実性に価値はない、そう考え、キュビズムやシュルレアリズムで表現したピカソにとって、美しさもまた、そのままの美しさを表現することではなく、その美しさを深く感じ、考察し、表現した。

ピカソの作品は、愛とピュアリティ。そして彼の哲学・美学の創造なんだ。

彼の思考の変遷とひらめきの原点に触れ、さらにピカソの作品が、ピカソが、愛おしい存在となりました。

そして、私にとっての「美意識」とは?「美学」とは?
GW中にゆっくり言語化して考察してみようと思ったのに、気がつけばすっかり平日に…。まぁいいか。

明日はお休みなので、ゆっくり図録を見ながら考えてみます。


気になった方はぜひ、パナソニック汐留美術館の「イスラエル博物館所蔵 ピカソ ひらめきの原点」へ。

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