薔薇の名前 上・下 ウンベルト・エーコ 東京創元社

 たぶん十数年ぶりの再読。かなりの分量であり、上下二冊のハードカバーは、なかなかの分量だと読み始めるには躊躇する方もいるだろう。ならば、ミステリのフリをした哲学書だと思って読むと良いかもしれない。先般、「100分で名著」で取り上げられた。その解説(ハンドブック)が丁寧で合わせて読むとグングン進むのが不思議ではある。ページを開けば中世の修道院に誘われ、ワトソン役であるアソドの独白に幻惑される。見事に異世界の感覚を味わいながら読み進むことができるだろう。

 舞台はアヴィニョン教皇庁の時代、フリードリヒ美王の特使としてバスカヴィルのウィリアム修道士が北イタリアの某所にあるベネディクト会修道院を訪れるところから始まる。ウィリアムはかつて異端審問官として活躍し、物語の語り手である見習修道士メルクのアドソは、見聞を広めてほしいという父親メルク男爵の意向によってこのウィリアムと共に旅をしている。彼らの目的は、当時「清貧論争」と呼ばれた、フランシスコ会とアヴィニョン教皇庁のあいだの論争に決着を付ける会談を調停し、手配することにあった。

 しかし、到着した修道院にて、会議が始まる前に様々な不可解な事件が多発する。ウィリアムは、その謎に対して立ち向かう。

 ミステリのネタや犯人自体は意外性なしだが、やっぱりそれだけではないのがミステリの面白さ、小説の醍醐味なんだろう。次々に発生する殺人、怪しい修道士、その最中に唐突に登場する異端審問官、謎の書物の存在する何人であれ出入りを拒む秘密の部屋等々が物語の奥行きと雰囲気を作り出す。難読なのは変わらないが、束の間、中世のイタリアの山中を垣間見せてくれる筆力は半端ない。さすが、エーコの代表作だろう。ミステリの醍醐味はトリックだけにあらず。中世の修道院にて、その時代の風を感じるのも一興である。

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有名だが、なかなか読了されないミステリかもしれない。読者を選ぶ一冊。


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