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森田童子 - ぼくたちの失敗「高校教師」1976

ドラマ「高校教師」は色んな意味で衝撃的な内容だったと思うけど(それまでのドラマには、ない系統のドラマという意味で)。

この、どこかほんわりした朴訥でありながら、特徴的な曲が、あの異常性のあるシリアスなテーマの毒気を少しぼやかすような…そんな役割を担っていたようにも思う。

「男のくせに泣いてくれた」1976

それは遺体の写真とかエロ・グロ・ナンセンスなものを、そのままリアルかつ写実的にそのままにではなく…ディティールをぼやかして、芸術的なアーティスティックな、別のものに錯覚させてしまうようなそんな感じ。

なんていうか、抽象的な言い方でゴメン。

「みんな夢でありました」1980

その、ようするに音楽。背景に流れるテーマの旋律って、映像のインパクトに対して、そのような効果があるという意味合いを言いたかったりする。

ちなみに森田童子さんとこの曲の事は、このドラマに使用される以前から知ってはいたけれど、とくにちゃんと聞いたことは無かったのです。

「知ってる」という程度で…

だから、この曲があのドラマに使用されたとき、懐かしい曲だなって思ったものでした。しかし、よくは知らなかったので、この曲がリバイバルヒットしたことで、森田さんが女性だと知った次第。それまでずっと、男性だと思ってたのでしたっっつ トホホ

3年前に森田さんはお亡くなりになられてしまわれましたが、20歳の時にご友人の死をきっかけとして、歌を歌われることになったとのこと<1973から

そして、童子という芸名の部分は「笛吹童子」からとったとのことで、お好きな番組だったのかしらっっ 私はこれ見てません。親世代の番組だからww 内容は知ってはいますけれどもねっっ

ドラマ「高校教師」1993

「さよなら ぼくの ともだち」1975

こちらがデビュー曲ですね。亡くなられた友人に捧げた曲。少し調子っぱずれというか、一歩間違えると音痴に聞こえなくもない。ところどころ音ずれのある、危なっかしい上ずった歌い方が、個性的というか実に独特で…でも、そこが彼女の語りのような歌の特徴で、持ち味だったりしますね。

一言で言うと、ヘタウマな世界ってやつかしらっっ

「ラスト・ワルツ」1980

声は滑らかでソフトなのに、悲哀と苦悩が詰まっているというのかな。淡々と語り口調で歌っているのに、胸に切々と響くものがあります。

どちらかというと、インディーズ的な活動をなさってた方で、メジャー的な活躍を望まれていなかったから、一部音楽雑誌やマスメディアとか、テレビとかで語られることはあっても、お姿をお見掛けすることは無かったです。
だから、男性だと思ってしまったのだけれども<名前と写真から 

歌はラジオで聞くくらいでしたかね。結婚もされているし、お子さんもいたようです。私生活を公表されないので、ミステリアスな存在というところ。

「たとえばぼくが死んだら」1980

死と言う重たいテーマを、羽のように軽く、さりげなく淡々と…立て板に水が流れるように、淡雪が溶けていくかの如く さらりと歌っていたりする。

だからこそ、この歌の意味や歌詞が、聞き終わった後で、胸に沁み込んでいたことに気づくのかな。

さて、ドラマ「高校教師」好きなドラマでした。大人になってから見たものでしたけれど、インパクトありましたよね。真田広之さんにとっては、演技者としての新境地を開いたドラマだし、桜井幸子さんが儚い透明感のある美しさを漂させていて、とにかく素敵でした。

上戸彩ちゃんの続編も見たけれど、やはりコレでしょう。映画は違うなーって気がしました。このドラマの醸し出す雰囲気、世界観は何とも切なく愛おしい。

「ぼくたちの失敗」1976

ホントにピッタリな選曲だったと思います。この曲があったからこその、ドラマでもあるかなー。引き立てていたというか~ドラマの一部となりえた曲でした。この曲のために作られた曲ではないけれども…

ありがたいことに、ドラマも、森田さんの曲も、動画とか、今でも見たり聞いたりできることに感謝です。

気になった人、いいなと思った人はどうぞ全曲、他の曲も聞いてみて下さいましね。

アルバム「Good BYE」1975

生ライブ


他blogに書いてあるものを、訂正・加筆・リンク修正の上、こちらに再度マガジンとしてまとめてUPしています。

「My Favorites〜音楽のある風景」
 2021/03/13 掲載記事より転載


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