Don't Stop the Music、あるいは彼女の自由について

みんなで連続小説 Advent Calendar 2014、22日目。twit_natashaさんから引き継ぎました。

2014年12月21日18時。
週明けまでに終わらせておきたい細々とした仕事に足を取られ、少し遅れてしまった。年の瀬の表参道を行き交う人々の足取りはどことなく気ぜわしく、北風の冷たさも手伝い、僕の足はいっそう速くなった。くたびれたピーコートのポケットに手を入れ、水色の封筒が確かにあることを確かめる。エリのカフェは次の信号を曲がった小さな路地にあるはずだ。

あれから亜矢からの連絡はない。僕は鉛のように蒼くなった天を仰ぎ、白いため息をひとつ漏らした。彼女は今夜のパーティに来るだろうか。それならば僕はどんな顔で会えるというのだろう。いや、それとも来ないのではないだろうか。それならばいくらか気楽ではいられるけれど、きっとそれが分かった時、僕はぽっかり空いた心を自ら騙し隠すことはできないだろう。

エリの作った店の名はプリムローズと名付けられていた。僕はその名前に思い当たりがあった。イブニング・プリムローズ、月見草。「自由な心」の花言葉をもつこの花を彼女は好み、僕はなんども贈ったことがあった。

プリムローズの店内デザインはエリらしい若々しさと挑戦に満ちあふれていた。一見凡庸なようでありながら、基調を大きく飛び越えるような大胆な要素がそこかしこに見える。その中でユウの絵がひときわ重要な役割を負っていることは明らかだった。いかにエリがユウを信じ、ユウがエリの仕事を理解していたか。胸の奥がすこしだけ痛む。

「圭一さん!」ざわめきの中から聞こえた竹内の声に僕は顔を上げた。「どうしたんです、海の底を歩いてるような顔して。また二日酔いですか?」
そんなわけあるか、あんなのは年内はもうたくさんだ。僕はなんとか笑って返した。
「『年内』は? 年始になったらまた全休ですね、勘弁してくださいよ」
どう転んでも憂鬱な日曜日、彼を連れてきたのは正解だったと思ったのもつかの間、竹内はちょうど海外から帰ったという気鋭のデザイナーと話し込んでしまった。大学の先輩だということだった。

さて、どう過ごす。探し回れば知り合いは何人でもいるだろう、でもそんな気分じゃない。なによりここを下手にウロウロしていたら、彼女にばったり出会ってしまうかもしれない。その時の気まずさを思うと耐えがたい気持ちになった。

スピーカーから聞こえるのはマービン・ゲイの「Got to Give it up」。なにやら向こうの方でDJが音楽をかけだしたようだった。軽快なリズムはますます僕の心を重くした。

帰ろうか。ユウの境遇のことなど僕は知らない。ユウが亜矢に送った本当の想いも僕は知らない。ただエリにひとことお祝いを言うのだ。おめでとう。ユウさんと仲良くね。ぴしゃり。オーケー。それでいつもの日々が戻ってくる。僕はまるで昼間の蝙蝠のような気持ちでエリを探した。

日頃の行いのよさだろう、みじめな蝙蝠が美しくて気まぐれな猫の姿を見つけるのには、ほんの1分もかからなかった。

「あなたはね、なんにも分かっていないのよ」アペリティフ代わりのシェリーを口に含んでエリは言った。おかしい。ひとことお祝いを言って帰るはずが5分付き合えと言われ、気づけば10分も話している。

「どうして私たちは別れることになったのか、それをずっと考えていた」彼女は続けた。「あなたはどう思うの?」
「さっきも言っただろう。僕らはあんまり若かったし自由にすぎたんだと思う」
「そうね、私もそう考えてた。でもそうじゃないって最近になって分かるようになったの。私は多分あなたのように自由にいつづけることはできない、そのことを、私はあの頃からぼんやりと分かっていた。うまく言えないけれど、分かっていたと思うの」
「君が自由じゃないっていうのかい」
「ユウに出会って分かったの。ユウは自由に見えて決して自由な人ではなかった。どうしようもない冷たい壁の前にあって、それを乗り越えることは難しいと分かっていて、その中で精一杯羽ばたくしかないのよ」
彼女が彼のどんな状況を指して言っているのかはよく分かったが、僕はしらばっくれるしかなかった。「ユウさんが、冷たい壁に? 君は何を言ってるんだ?」

「私は自由になりたくて自由なあなたと一緒に過ごした。けれどもそれがなぜだか怖くなった」彼女は不意にふっと近づき僕の手を取った。とても冷たい手だった。

「圭一、あなたユウの手紙の内容を知っているでしょう」

はっと顔を上げると亜矢の姿が見えた。来ていたのか! 彼女はエリが僕の手を取るところをずっと見ていたのだ。目が合ったことに気づいてすぐに彼女は走り去った。

「……主役を独占しちゃまずい、僕はそろそろ帰るよ」
「逃げるの、亜矢から」
「亜矢から何を聞いた」
「そうね」悪戯っぽくエリが笑う。「自分のことを『馬鹿みたい』だって。」

スピーカーから流れる音楽がまるでフィルタでもかけたかのようにくぐもって聞こえる。こんなときにtofubeatsの「Don't Stop the Music」か。出来すぎていて気持ちが悪い。

僕は亜矢の消えた後を追って走りだしていた。

勝手に残りクライマックスが2回分、そしてエピローグへ…という残り構成を考えてしまい、佳境が見えてきたという感じにさせていただいて、次回は@asahi935さん、よろしくお願いいたします! 

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