旅する日本語


20代半ばで、初めて実家を出た。

1年間の海外生活へと旅立つ日、両親が車で空港へと送ってくれた。どんよりとした曇り空、小雨も降る暗い朝。特大のスーツケースは重くて、空港で父が手伝ってくれようとした。
「いいよ!これからは何でも、ひとりでやらなきゃいけないんだから!」
知らないうちに叫んでいた。
父は一瞬、はっとしたような表情をして、その後とても寂しそうな顔をした。
ゲートへ向かう時間になり、私はなるべく軽やかに「じゃあ、行ってくるから」と笑顔で手を振った。エスカレーターから見える限界まで笑って手を振って、その後涙が少しあふれた。

フライトを待つ飛行機の座席からは、見送りのデッキが遠くに見えた。豆粒ほどのたくさんの人のなかに、私ははっきりと両親の姿を見た。大きく大きく、ちぎれるほどに手を振るふたりがそこにいた。機体が動き出しても、窓にしがみついて瞬きもせず見ていたけれど、ついには視界から消えていった。
母にもらったお守りサイズの手紙を握りしめ、私はそれから12時間、機内でひとり泣き続けた。

いよいよロンドンに着く頃、息を吐いてきゅっと目を閉じると、腫れきったまぶたの裏には12時間前のふたりの姿が刻まれていた。何よりも確かな差添いの存在を確認して、「ここまで来なくていいって」とようやく笑ってみた。

#旅する日本語 #差添い

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