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「嘘」をつけない男

昔から人を騙すのも疑うのも苦手だ。

性善説って多分おれが言い始めたんだ、と言うくらい ナチュラルに性善説を信じている。
でもほんとは孟子だってのも知ってる。

とにかく自分が正直に真面目に生きていれば 周りの人も自分に対して正直に親切にしてくれる。そう思って疑わずに生きてきた。

だから嘘をつくのが苦手だし、つくべきではないと思っている。

就活や人事研修なんかでも

自分の強みは正直で誠実なところです!

なんて大真面目に言ってきたし、実際倫理観を持って行動することは何ら否定されるわけでもないはずである。

ところが40年も生きてくると世の中の状況というか真理というのが朧げに見えてくるのだ。

出世するあの人は上手に「嘘やずるさ」を使っている人だし、私よりも輪をかけて真面目で馬鹿正直なあの人は決して仕事ができる人とは見なされていない。
チームメンバーを上手く動かすのも、真正面から真面目さだけを武器にぶつかっては何も進まない。


確かに『白い巨塔』でも人を蹴落としながらのし上がる財前とは対照的に 愚直に医療と向き合った里見は不遇な扱いを受ける。『沈まぬ太陽』の主人公恩地も真面目に働くも不遇な人事に翻弄される。

小説やドラマだけでなく、これは我々のスモールワールドでも毎日起きている現実だ。

では私が何故今のようにコテコテの正直人間になったのかと言うとやはり親の影響が強い。

「嘘はついたらあかん。」
「一回ついた嘘は絶対バレる。バレないようにまた嘘を重ねることになる。正直が一番や。」


そりゃ
「嘘も方便よ。嘘も上手につきなさい」
なんて教える親はいたとして圧倒的に少数派だろう。

右も左も分からない子供に嘘をついてもイイよということは相当リスクな気もする。

そして実際に 嘘はダメよと言われながらも、みんな大人になる頃にはそれなりに上手に嘘をつけるようになるのだ。

何故それが自分にはできないのか。


何故だろう。





古い記憶の中に一つだけ思い当たる出来事があった。

🟰🟰🟰🟰

大学に入って間もないころ、人生で初めて女の子とお付き合いすることになった。
彼女はスキーが大好き。
シーズンになり、2人で2泊のスキー旅行を計画した。


計画してからそれはもうウキウキだった。
だって、女の子と2人で旅行なんて初めてだったし、健全な18歳の男の子にとっては心躍るイベント以外の何物でもない。

ただ一つ立ちはだかる壁があった。

うちの母は女の子とお泊まりなんて許してくれるはずもない。正直に言ったら 許可されないのは火を見るより明らかだ。


なので、誰と行くんや?と聞かれた時 咄嗟に口をついて出たのは高校からの友達の名前だった。
母が信用している私の親友の名前を出せば納得してもらえると安易に考えた。ただ男友達と2人というのも不自然なので、5人で行くという話にした。

母は案の定あっさり納得し、「〇〇君と行くんやったら安心やな。大学入っても仲良くするのはいい事や」とのこと。


嘘をついてしまった罪悪感よりも、彼女と2人でムフフな旅行に行く楽しさが遥かに大きくて、その後は出発の前日までウキウキワクワクが止まらなかった。


そう、出発の前日までは。




ウキウキワクワクは周りにダダ漏れていたのだろう。


当時私は実家暮らし。

毎日息子がウキウキワクワクしていたら、これは何かあるなと勘づくのが親というものだ。




運命の時は突然やってきた。

出発の前日。部屋でスキーの準備をする私。
ウキウキワクワクも最高潮だ。


コンコン、とドアをノックされ、母が現れる。




開口一番、

「チケット見せて」





What's!?




え?



お花畑で楽しく漂っていた私の脳ミソはフル回転し始める。


チケットだと?チケットに書いてあるのは宿泊先と日程。それは問題ない。問題はそうだ、人数だ。人数。勿論2人だ。あれ、何人って伝えたっけ。そうだ、5人。ん、5人?部屋は1部屋だ。行けるか?いや行くしかない。くそ、なんてこった。こんな地獄のチェックが待っていたとは。なんて日だ。


ここまで0.1秒で逡巡し、とりあえずチケット探すから少し待ってと母を外に追い出す。




ヤバい。どうしよう。どうやったってバレる。
バレたら明日から行けない?それは嫌だ。絶対行くんだ。でもバレるよね。いや、ダメだ。さっきも彼女からメールが来ていた。楽しみだねって。そうだよ、楽しみなんだよ。この日のために受験勉強死ぬ気でやったんだよ。大学生って言ったら彼女とスキー旅行なんだよ。ああ、バレないようにするには。どうしたら。神様、哀れな私に知恵をお授けください。。


追加の0.1秒でグルグル考えた。もはや僕の脳ミソはマトモに動いてくれない。




そして、






気づいた時には人数の「2」をボールペンで「5」に変えていた。



ほぼ同時にドアが開く。チケット見つかったか?



はい、ママン。チケットデスどうぞ。




チケットを審査官におずおずと差し出す。




そこには明らかに縦長に間延びした手書きの

5

という数字。





ドキドキ




自分の鼓動が母に伝わるのでは、というくらいのドキドキ






バレたか?バレるよね。





オワッタ。。







「ふうん、楽しんできーや」




ドアが閉まる音で我に返る。

え、バレなかった?
行っていいの?



ホントに??






その後私はすぐさま友人に連絡をし、万一母親から確認の連絡がきても口裏を合わせて貰うようお願いをした。



後から冷静に考えれば確実にバレていたと思う。
そして、親が耳タコなレベルで言っていた 1つの嘘が新しい嘘を呼ぶ、という『嘘ドミノの法則』を身をもって体現してしまった。

オマケに一瞬で姑息レベル上限までレベルアップした私は 大事な親友にまで嘘を押し付けてしまったのだ。




🟰🟰🟰🟰


恐らくこの経験がトラウマのように引っかかり、私が嘘をつこうとすると執拗にブレーキをかけてくる。


嘘をつけない男。




そして今日も正直者は馬鹿を見続けるのだ。

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