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疾駆するエレガンス ─ 不破聖衣来

(お花畑が戦争を招く intermission編②)

今年の2月頃、たまたまアップされてきた駅伝の動画を見たら「6人抜き」との表示がありずいぶん速い選手がいるものだと思い、見入っていました。それで、初めて知ったのが、不破聖衣来(ふわせいら)という選手でした。名前からして負けそうにない。
その動画は、実況中継するアナウンサーがいたし、解説は高橋尚子氏でしたので、テレビ放送されたものをキリヌキとしてYouTubeにあげたもののように思えました(それともTV局によるもの?)。高橋の解説があるということで、付加価値があって、興味深く観戦と相成ったわけです。
駅伝にしろ、マラソンにしろ、放送にしろ、通信にしろ、アナウンスや解説がその面白さを大きく左右すると思いますが、それ以前に斬新なランナーが登場すれば、それだけでニュースバリューがあるし、視聴者の興味は倍増することは当然でしょう。

走ることの美しさ

その駅伝は、昨年の2021年10月に仙台で行なわれた第39回全日本大学女子駅伝の5区のようすでした。なぜ駅伝の動画がスマホにあがってくるのかわかりませんでしたが、今年2022年中に仙台に帰ることになっていたので、仙台関連の検索をしていた関係で、アルゴリズムのせいなのかもしれません。

奥の、仲の瀬橋を渡り広瀬川を越えてやって来る!

私は「ごぼう抜き」を目の当たりにし、そのスピードに驚いていましたが、同時に不破聖衣来のその走りに見入っているのでした。まず、そのコンパクトなボディは均整がとれていました。女子ランナーといってもそのフォルムは様々で、首の長さや、腿の太さ等、十人十色は当たり前です。

走りについては、なおさらに特徴が出てくるのですが、彼女の走りには駆けぬける車を思わせるような滑らかさがありました。通常腕の振りや、足の踏み出しに微妙な癖があり、個性的といえばそうも言えるのですが、彼女が先行選手を追い抜く際の並走の瞬間は、他の選手の癖を照射してしまい、赤裸々にあぶり出してしまいます。しかも、走行アクションが柔らかく、しなやか。背をピンと立て、ひたすら走ることに集中する表情とともに、安定した流れるようなフォームは躍動感にあふれています。車でいえばエンジンの駆動力にあたる心肺機能の高さを感じさせます。また、そのレースでのライトブルーのシューズは、彼女の走りをインスパイアさせ、彼女をどこまでも軽やかに運んでいるかのようにも見えました。キリヌキ動画で「走る妖精」と表現しているユーチューバーがありましたが、正に彼女は「フェアリー」のように、私には見えていました。

才能が、ほとばしる

不破聖衣来選手を見てまず思うのは、才能の発露です。天性のものがほとばしっていると感じられます。小説などでいえば、新人作家が己の才能のままに感性を炸裂させ、新人賞すなわち文学界では芥川賞をとったりします。しかし、この時自分の方法論に十分に自覚的であるかといえば、必ずしもそうとは限りません。その後の精進で、自分という作家を俯瞰し、方法的自覚が持てる場合は、その後の作家としての成長が見込めるでしょう。
芥川賞の一作品だけしか世にでていない方が何人もあります。もちろん、意図して創作をやめる場合は別の話です。

1980年代に新潮社から「フォーカス」という写真週刊誌が出て話題になりました。その「フォーカス」の報道でずっと私の記憶に残る記事として、そのページタイトルに「芳紀
十九歳·····」というのがあって、タイトル1本の完成形としては思い出せないのですが、あと「未完の大器」というフレーズです。もしかしたら、「芳紀十九歳、未完の大器 」なのかもしれません。「フォーカス」は廃刊になっていますが、たぶん、国会図書館にバックナンバーがあるのでしょうが、写真は寺越さおりという選手が大きく掲載されていたと思っています。割合長身だったと思いますが、長距離選手です。この写真とフレーズがずっと頭の隅に残っているのです。十八歳だったかも知れず、もうあやふやになってしまいました。何を言いたいかというと、およそ40年ぐらい前の時代において、将来を嘱望された若いランナーがいたということです。

第4中継所 たすきを受け取った!

2022年10月30日その日は晴れ、青空が望まれました。以前知って、この日に全日本大学女子駅伝大会があることを思い出した私は、「そうだ、駅伝へ行こう!」と気持ちは固まっていました。本音は、「不破聖衣来の実物に会える日だ!」ということに他なりません。私は予定通り引っ越していたので仙台にいて、こう思い立ったわけでした。


5区がドラマの主戦場


さて、まずどこで観戦しようかとなるわけですが、彼女は5区を走るようです。では第5中継所だな、と考えたらそれは一見さんの証拠です。5区は第4中継所~第5中継所の区間です。第4区中継所でたすきを受け取って以降が観戦対象コースとなるべきです。私は、うっかり見るべきコースを間違えそうになりましたが、修正して5区の西公園沿道にしました。広瀬川を仲の瀬橋を渡り越して左折し、定禅寺通りへ向かうあたりです。10月30日のこの日はまだ暖かく樹木で陰となる、日射しに当たらないあたりに決めました。選手の通過時刻が近づくと、反対車線の車両通行も減るようで、路上は静かになり、何ともいえない空気が立ち込め、心なしか緊張が高まってきます。先導車としての警察車はコース整理の確認仕上げといった感じです。少し間がありもう一台車が通ります。さあ、その直後は選手を牽引するかのような車に続いて第1位の大学が来ています。沿道からの声掛けは禁じられているので、拍手がどんどん近づいてきます。トップランナーが見えました!

ライブとラインの協奏曲

実はこの日、関東にいる友人に、この地での大学女子駅伝を観戦することをラインで知らせておきました。地元でのレースをライブで応援することを伝えたのです。
私は観戦場所を決めた時に、レースの概況を把握するために、念のためラジコを点けてみましたが、地元局は、我関せずのようで、市内で繰り広げられているこの報道価値とリソースを水に流してしまっています。東北放送にそこまで期待してはいけなかったのでしょう。(翌日河北新報を確認してみましたが、扱いが小さく、独自取材した片鱗も見られません。)

撮影バイクが伴走しつつ不破が来てる!

友人からのラインでテレビで実況中継しているようでした。たぶん、日テレでやっている筈でした。「拓殖大学が7位で走っている」とのことでした。概況の一報が入ってきたことで、俄然私のテンションが上がります。

4人選手が通過した後、5位6位はほぼ並走でした。次、不破が来るはずです。来ました!あのあざやかなオレンジのユニフォームは間違いなく拓大です。撮影バイクが彼女と並走しています。姿がどんどん迫ってきます!走っているわけでもないのに私の心拍数は上がるばかりです。沿道の拍手も他選手の時よりも高鳴りがあり、みんな彼女を知っているんだ!と迷わず思いました。ついに、不破聖衣来が私の目の前を走り抜けていきます。なんと、なめらかな走りなんでしょう!これほど「さま」になっている走りを見たことがありません。

前の2人とは開き過ぎていて、今日は追い抜けないかもしれないとの思いがありました。しまった!と後悔しました。前とのタイム差を計っておいて、「〇〇秒差だ。がんばれ~」と声をかけることに気づけなかった自分に落ち込んでいました。

「駆けぬける歓び」!?

それにしても、不破が切り裂いた空気の波動は私に届き、紛れもない感動が私を包んでいました。なぜか、私の頭のなかで、BMWのキャッチコピー「駆けぬける歓び」のフレーズがリフレインしています。正確には、「駆けぬける不破を見る歓び」でしょうが、気品に満ちたステータス感と、素晴らしい駆動力を体感した気になっていました。友人から「不破すげえー、3人抜いて拓大4位に上がった!」と知らせて来ました。『まさか!ここ過ぎてから3人抜いたとは!!』もう、私は不破に酔いしれ、駅伝観戦を満喫していました。

「走る妖精」とは、観客視点の表現ですが、
ここで用いた「駆けぬける歓び」は、走者と観客双方の視点で構成しています。BMWのスローガンを借用するという難点はあるものの、「フェアリー」といったお子さま向けレトリックで終わることのない、それこそBMWの歴史にあやかって、熟成した走りに仕上げ、世界を駆けぬける存在をめざしてほしいとの思いがあります。形容するレトリックは借り物でも、存在の非凡さは紛れもありません。「走る妖精」とは、若々しい選手のデビューを言い得ても、「走り」を装飾してティンカーベルのように飛び回るだけで、そのサブスタンスへ肉薄できていないように思われます。

「駆けぬける歓び」─ 不破聖衣来

走りが芸術品になった

私は、陸上競技について詳しいわけではありませんが、不破のスピードがクセのない端正なフォームから導きだされていることに、驚きを禁じ得ません。高橋尚子氏の解説もあり、あの柔らかいフォームと、伸びるストライドがスピードをもたらしていることが、素人にもわかります。

昔のマラソンランナーで君原健二という選手がいましたが、彼は首を横にして苦しそうにして走るのが特徴的でした。2009年に9.58秒
を出した100メートルのウサイン・ボルトの記録はまだ破られていないようですが、実は、彼の歩幅は左右で違うようなのです。いま、「NHKスペシャル」を検索すると歩幅に関する記載がなく確認できず、それは私の記憶だけになります。その要旨は、脊柱側弯症を抱えているボルトは、疾病をカバーすべく身体を鍛え上げることによって、強靭なスプリント力を導きだしているという科学的分析
でした。ここで私が述べたいのは、フォーム的にハンディを負いつつスピードを獲得している選手がある一方で、美しいフォームがそのまま速さを達成している事例のことです。
この機能美は芸術品と呼びたいくらいです。

スピードと肉体の相克

不破のストライドは伸びやかで、一体歩幅は
何センチになるのでしょう。私の考えは古いのかもしれませんが、彼女がピッチ走法への転換を奨められやしないかと気が気でなりません。以下、当然ながら素人の憶測です。彼女は今シーズン足を痛め、病み上がりで今日の駅伝に臨んでいます。回復途中で、この仙台で参加しているわけです。それで、3人抜き、しかも区間賞ということですが、先行きが心配でなりません。あの歩幅とスピードが足に負担をもたらしていることは明らかですから、監督なりコーチなりが、足への負担回避としてピッチ走法への切り換えを奨めたら、絶対ブレーキになり、大きな壁にぶつかるでしょう。それは、選手の成長にとって、リスクとなるに違いありません。ということは、下肢を鍛え上げることしかないのでしょうか。妹に対する兄のような、それが無理なら娘に対する父親のような心配が、疼くばかりです。

「エレガンス」は彼女を待っていた

こんな素質に満ちた19歳の選手を、今から心配ばかりしていてもどうにもなりませんが、今後レース経験を重ねて、試合に対する駆け引きを習熟し、戦略的なレースプランの構想や、勝負どころの設定・判断などに磨きをかけてもらいたいものです。「未完の大器」とならぬよう願うばかりです。私は彼女をメルヘンで終らせるわけにはいかないという意味で、スター扱いして「走る妖精」などと浮かれる人たちのたすきを受け取ることはないでしょう。ライブでのファーストインプレッションにおいて捧げる言葉、それが「疾駆するエレガンス」ということです。
10000メートルでは日本歴代3位、2022年1月の全国都道府県対抗女子駅伝では13人抜きしての区間賞というステータスとなっています。いずれ、世界を駆けぬけるであろうその日を私は待ちわびています。

この日、私の気持ちの高ぶりは尋常ではなく、帰り道を歩きながら、この日の体験をブログ記事にしようかとひらめくものの、夢うつつのように仙台の秋の空を眺めるばかりでした。★


追記
記事中、私が観戦している所から不破選手が
3人抜いたと書いていますが、2人が正しい情報です。つまり、私の前を通過する前に、彼女は1人抜いていたということです。これは、後からわかったことで、記事は当日の私の現場での感覚のままにしておくことにします。




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