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雨宿りのクロ 7

ボクがこの「こがねや」に来てから
早いものでもう十年が経とうとしている。
京子おばちゃんや洋子ちゃん、マー兄さん。
ううん、「こがねや」の人達は言うに及ばず
お客さん達にも随分と可愛がられたんだ。

そう言えばね、マー兄さんの下にもう一人、
兄弟がいるって話をしたと思うんだ。

博さんと言うんだけど、一人暮らしをしていて滅多に実家には顔を出さない人で、皆んなから

「フーテンの寅さん」

みたいと呼ばれている。
たまに帰ってきた時、ボクを見つけると

「お〜クロスケ!元気でロックしてるか?」

なんて言いながら頭をクシャクシャに
撫でてくる。
怒るわけにもいかないからとりあえず

「ミ〜」

とだけいつも鳴いている。

この十年間で色んな人達の相談や、愚痴を
聞いて、様々なアドバイスを送ってきた
京子おばちゃん。

時には優しく、時には厳しくはっきりと
アドバイスしていたなぁ。

他人からどういう風に思われているか
不安でしかたのないOLには、

「大丈夫。世の中の人は自分の事で精一杯。
あなたの事なんてあなたが気にしてるほど、
何も思ってないよ。
そんなに暇じゃないんだからね」とか、

周りの人達、全てに気に入られようとして
八方美人でいた為に何事も断れなくなった
女子大学生には

「あなたねぇ、全員に好かれようったって
そんなもの無理だよ。あの皆んなが好きと
いわれている夢の国を嫌いだって言う人も
いるんだから。
それにあなたには嫌いな人はいないの? 
思い出してごらん、それが答えだよ」

浮気がバレて奥さんにひたすら
「二度としません!神に誓って!」と
謝っているサラリーマンには

「バカっ!神に誓うな、己に誓うの!」

一喝してたっけなぁ。

そうやって色んな人達の心を少しでも
軽くしていた京子おばちゃん。

皆んなの前では弱音や愚痴を吐いた事が
なかったけれど、ボクと二人きりの時、
たまにボソッと、ほんとにボソッと
ボクに話しかけてくるんだ。

洋子ちゃんはすでにこの家を出て結婚もして、子供までいるんだよ。

マー兄さんは相変わらず独身だけど……

だから余計に寂しくなってきてるのかな?
それにこの頃身体のどこかが悪いのか、
時々辛そうな顔をする時があるんだ。

心配だな。

ある日の朝。

何故かボクの左脚の付け根が痛くて、
歩くのも辛かった時があったんだ。
こんな事は初めてだったけど、

" ボクも歳をとったもんだなァ〜 " 

ぐらいにしか捉えてなかった。

今日は定休日のため、洋子ちゃんと一緒に
ランチに行く約束をしていたみたいだった
京子おばちゃんだけど、浮かない顔を
何故かしていたんだ。

「お母ちゃん、おはよう!
支度はもう済んでる?」

ガラガラと引き戸を開けながら
洋子ちゃんが入ってくる。

「あぁ洋ちゃん、おはよう」

「お母ちゃん、何かあったの?
浮かない顔つきしてるけど……?
どっか具合でも悪い?」

「ごめんね、ちょっと足が痛くてね」

「大丈夫?いつ頃から痛いの?」

「いや、今朝起きた時からなんだよね。
昨日は全然平気だったからさ」

うん?今朝?
ボクと同じじゃないか!
これって単なる偶然か?
それとも何か意味があるのかな?

そしてボクはこの日を境に夢を見る様に
なったんだ。 
今まで夢なんて見たりした事もなかったし
あれから思い出したりもしなかった事が鮮明に浮かび上がってきたんだ。

そう、ボクの母さんが夢に出てきたんだ。
                                                                          つづく



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