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セクハラとパワハラ、どっちが良いか

24歳の頃に都内の小規模なビジネスホテルで働いていたのですが、ブラック甚だしい職場でした。

労働時間や労働環境もそうですが、なにより「やべえ」と感じるのは上司の支配人のパワハラでした。
支配人のほかに女性従業員2人、男性従業員3人、男性のうち1人は夜勤のみのパートタイマーという人員。あとは昼間に掃除のおばちゃんたちと接するくらい。

支配人は40代半ばで未婚、実家暮らし。
女性従業員の前では比較的穏やかなのですが、男性従業員には連絡不足やミスがあると「なあ、これどうすんの?お前がどうにかできんの?なあ?」と他の従業員に聞こえるようにネチネチ説教していました。
夜勤の男性従業員は支配人より1周りほど年長でしたが、夜勤明けの交代時に細かい尋問を受けて重箱の隅をつつくような嫌味を小一時間言われ続けていました。従業員の方もなかなか癖のある人物だったため、時には支配人が声を荒らげて怒鳴りつけられていたり。

このようにトップの人間がリテラシーに欠ける人物だと、周囲もそれに慣れて「大人社会のいじめ」の構図が生まれます。夜勤のおじさんに対しては、20代の従業員もネチネチと嫌味を言っても良いという慣習ができていました。
どの職員も女性には穏やかに、注意する際にも「気を付けてね」で済むのですが、支配人がいない場で夜勤のおじさんに対しては「普通に接しちゃいけないのかな?」と感じるほど冷遇が当たり前でした。
女性は夜勤のおじさんと顔を合わせること自体が少なかったので、交代時間に「また怒られてる・・・」と半ば呆れていましたが、あれは狂気でした。
かくいう私も夜勤のおじさんのような扱いを受けないよううまく立ち回り、支配人に嫌味を言われないよう愛想を振りまいて仕事をしていました。

入社したての時には、支配人は馴れ馴れしいほどの笑顔で丁寧に仕事を教えてくれていたのですが、私はある日の帰りがけに宿泊予約に関してダブルブッキングになりかけるミスをしでかしてしまいました。
下手に取り繕って翌日は早々に支配人に呼ばれ、事務所で相対することになり、怒鳴り散らされると思い委縮していたため、私は何も言われないうちから泣いてしまいました。

すると予想に反して支配人は穏やかに「今回の重複予約は何が原因だった?」と聞き、私がそれに応答するかたちで「今度から気を付けてな」と収まることになりました。
支配人が私の頭をポンポンと触って。

あとから同僚女性に聞かされたのですが、支配人のスイッチが入ったのが「私の泣き顔を見た時」だったのだそうです。

その後、支配人は私にベタベタに甘く接してきました。
外回り営業の帰りにはケーキを買ってきてねぎらい(女性従業員の分しか買ってこない)、ケーキを食べていると写真を撮られました。支配人のPC閲覧履歴には「橋本奈々未 写真集」と残されていました。当時、私が頻繁に似ていると言われる芸能人が橋本奈々未でした。
仕事の上達を褒めるときには頭をポンポンして、それまでは自分で用意したスーツで働いていたのに「お前に似合いそうだから」と、フロントっぽいスカーフ付きの制服を買ってくれました。
同僚女「私には買ってくれないんだけどww」

いじめの構造を持つ社内で、社員たちは「また支配人が(私)にデレデレしてる・・・」と私を憐れみこそすれ、誰もワンマン支配人に口出しはしません。
セクハラでは?ということは全員が思っているのですが、誰もが大なり小なり支配人にパワハラを受けているので、「セクハラで済んでマシなほうだ」と思っていることは明らかでした。


ある時ついに、仕事後に食事に誘われました。
24歳の新入りが、45歳の上司の誘いを断れるわけがないのですが、未婚の実家住まいの支配人には食事を断らない私に気があると思ったようです。

私「支配人とラーメン食べに行くことになったんだけど」
同僚女「絶対デートだと思われてるじゃん・・・」
私「一緒に行く?」
同僚女「行かねえwwでもどんな感じだったか報告してww」

ラーメンはすぐに食べ終われるので良いのですが、帰り際に次の外食の約束を取り付けられました。
次はスペインバルで飲みでした。

支配人「今度、休みの日にどっか遊びに行く?」
私「・・・どこ、らへんですか・・・?」
支配人「ディズニーランドとか」
私「・・・いいですね」

私の長所であり短所でもあるのですが、とりあえずその場では良い顔をしてしまうのです。風俗業経験の後遺症です。ただ相手は出禁にできるお客ではなので、この対応は悪手でした。

私「支配人にディズニーランド誘われた」
同僚女「wwwwwどうすんのwww」

この時私には彼氏がいて、当然支配人とディズニーランドに行く気はなかったのですが、彼氏は大学の試験で切羽詰まっていてほとんど会えておらず、支配人は私に彼氏がいるのかどうかを聞いてくることは一度もなかったのです。

同僚女「彼氏に頼んで迎えに来てもらえば?支配人がいる時に」
私「でももう別れるまで時間の問題って感じだし、上司に好かれてるとか言ったら嫌な顔されるだけだと思う・・・」
同僚女「年下彼氏役に立たねえな」

とか悠長なことを言っている暇もなく、スペインバルの翌々日にはディズニーランドのチケットを支配人に渡されました。
支配人「休日合わせて行こうと思って(^_^)」

後にも先にもあんなに幸せそうな支配人を見た記憶がありません。
ああ、恋している人だな、と思いました。

さて、ディズニーランドを阻止したい私は、掃除のおばちゃんのリーダー格のKさんに事情を説明しました。
私「支配人にディズニーランドのチケットもらいました」
K「え!?(私)ちゃん彼氏いたよね!?」
私「いますけど聞かれないので言う機会がなく・・・」
私「チケット返したいんですけど、彼氏いるって言うの今更気まずくて・・・」
私「ていうか逆恨みされてキレられるかもしれません・・・」
私「思わせぶりな態度取ってた私が悪いとかいわれるかも・・・」
K「あの人ならそういうこと言いそうだね・・・」

ここでいらぬ気を遣ってくれたKさんの「私から支配人に(私)ちゃんには彼氏がいるって言ってチケット返しておいてあげる!」という、今考えれば最悪の愚策を弄することになりました。
その時はとにかく支配人に対しての生理的嫌悪が勝り、会いたくない喋りたくない説明したくないというその場凌ぎの態度を取りましたが、案の定裏目に出ます。

私の休日にKさんから「支配人にチケット返しておいたよ!」という連絡をもらった翌日、出勤すると早々に事務所に呼ばれ、また支配人と相対することになりました。

支配人「彼氏いたんだ」
私「はい・・・」
支配人「最初に言えばいいじゃん」
私「はい・・・」
支配人「せめて断るなら自分で言えよ。何でKさんからチケット返されないといけないんだよ」
私「はい・・・」
支配人「恥かいたよ。お前、思わせぶりな態度取って俺を弄んでたんだろ?」
私「いえ・・・」
支配人「俺はお前と付き合えると思ってたよ。踏みにじられた気分だよ!」

セクハラ行為に甘んじて怒鳴られないでいるか、性的な扱いを拒絶してパワハラに耐えるか、選択した結果がこれなので、私にも非はありました。
でも生活のために日銭を稼ぐのってこんなにつらかったっけ?
こんなセクハラに吐き気を感じながら昼職するより、セクハラされて相応の金額もらう夜職のほうが合理的だな。
という考え方により、この後の私は数年間専業風俗嬢で生活することになります。
結論から言って、社内でセクハラを受けるより、風俗のほうが良いと思いました。

社内を混乱に陥れた戦犯として、居心地が悪くなり退職しました。
というのは割愛が過ぎるのですが、最終的には「上司にセクハラを受けた」と聞かせてしまった私の父が、私がいない間にホテルに乗り込んできて職員一同を怒鳴りつけ、私は「やべえ」となって消えるように退職しました。
いまだにつるんでいる同僚女性から聞かされたのは、私の退職後に支配人は休職しているということでした。

「なんで45歳が24歳と付き合えると思っちゃうかねえ」
「支配人、(私)ちゃんの泣き顔見て『可愛い』って思っちゃったんだってさ」
と、同僚女性に聞かされました。オエ。
今では飲みの席での笑い話です。

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