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人生、何週目?

 白血病と診断されてから、やたらと「余命」が気になるようになりました。担当のS医師にたずねると「生存率」という用語で返されます。
 「○○の抗がん剤を使うと3年生存率はだいたい30%です。その理由は・・・」
 ワタシはこの生存率という表現がしっくりときません。自分が生存なのか生存しないなのか、どっちに入っていそうなのか、を探りはじめている自分に気がつくからです。
 S医師の口調を素直に聞いていると、どうにも「生存しない」の70%のように聞こえて、「まぐれか奇跡で30%に入るともうけものなのかな」という感覚になってきたりします。
 
 「ああ、こうやって患者はあきらめの境地になっていくのかなぁ」
 
 と思ってしまっている自分がいます。
 
 さて、話は変わって・・・
 いまNetflixで配信中のドラマ「ブラッシュアップライフ」にハマっている。(huluでもOK)。昨年3月、日テレで放送されたものの総集編(全10回)です。
 脚本はバカリズム。平凡な30代女性・近藤麻美(安藤サクラ)が事故死するたびに0歳から人生をやり直すという物語。「徳」を積んでこなかったので人間以外の生きものになる宣告を拒否し、2周目からふたたび同じ自分に生まれ変わる。つまり「自分やりなおし」。
 
 ただしそれまでの記憶は残っている。「人生2周目だから、同じ失敗はしない」と徳積みをがんばるが、設定が微妙に変わっていてやっぱり失敗したり、うまくいったり。なんとか「徳」を積もうとがんばる波乱万丈の話です。
 なぜか笑いながらも心に刺さるワードがいっぱい。
 そのなかのひとつが「人生、何週目?」。
 
 さて、私たちは「人生を終える」ことにビビるのか、考えました。
 
 なぜ「死を恐れる」のか?それは未経験だから?だけではないのでは?
 今生(こんじょう)に存在がなくなるから・・・後戻りのできない一方通行だからかもしれません。万に一つ、ドラマのあるあるの三途の川から戻ってくる蘇生をしても、いずれはだれもが死を迎えます。長生きしても125歳以上も生きた人はいない(はず)。つまりいずれはあちら(彼岸)に行かざるをえない。
 
 それがいつ来るかわからない不安からでしょうか?
 
 それとも次の世界(あの世)の環境や様子がさっぱり想像つかないから?
仮に転生するとして、何に生まれ変わるか、自分では選べない、というのもかなりきびしいもの。
 地獄や天国は人間が作り出したファンタジー、つまり宗教上の物語と理解しているので、ワタシはあまりアテにはしていないけど、その気持ちはわかります。
 
 でも、ドラマ「ブラッシュアップライフ」のように、徳積みするために「人生のやり直し」ができるとするなら・・・。
 こういう「あの世」なら悪くはないなと思ってしまう自分がいます。
 もちろん、そんなこたぁないことは十分承知です。
 しかしやみくもに怖がるくらいなら、自分なりに「次はやり直そう」と決めてみるだけで心は落ち着くのではないかな、と思います。
 
 なにしろかくいうワタシが若干そうなんですよね(笑)。
 生まれ変わっても、この人生を生き直してもいいかなと思っている自分がいます。
 
 さて・・・どうして、そこまでこのドラマが気になるのか?
 うちの妻さんが「もう、人生何週目を生きてんのォ!」とワタシを叱ることが前からよくあるからです。
 もしかして妻さんは3周目あたりか?
 
 今度、「オタクは何週目?」と尋ねてみよう、かな・・・(^^;)

※「徳積み」が「得積み」になってました。誤植に気がつかない自分がうらめしい(>_<)
 

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