コンビーフ殺人事件

幼稚園の時の話です。

私の通っていた幼稚園は、上空からみると漢字の「山」を二つ繋げたような形になっていて、その「山」の谷(窪み)の部分には、なぜかかなり大きめの、ステンレス製の配膳台のようなものが嵌まっていました。
病棟などでよく見る、滑車付きの配膳台よりも背は低く、1m20cmくらいで、二段になっています。長さは2mくらいだったと記憶しています。

と、ここで、今回のキーパーソンであるタックンのことを箇条書きで説明していこうと思います。いきなりですみません。

・同級生の中で一番標高の高い所に住んでいる(今でも雪が降ると山を降りれず仕事を休む)。

・モデルのように美しい妹がいる(小4で車に轢かれ骨折する)。

・父親は痩せぎすの長身で無口。母親は背が低くぽっちゃりしていてとてもお喋りという、よくある構図。

・当時山の斜面を利用して蜜柑農園をやっており、冬にはその蜜柑を投げて遊んでいた。

・とても老成していて、知識量が豊富。

・とても臆病。

・顔は平成ノブシコブシの吉村そっくり。

・私が中学の時に1500円で売ったジーンズを二十歳超えても履いていた。

・小5で急に足が速くなり、山のイノシシに鍛えられた説が流布された。

・倖田來未のパチスロで大当たりし、彼女のファンクラブに入ってしまった。

・思い込んだら一途な性格で、可処分所得ほぼ全てをつぎ込みお気に入りのソープ嬢を店のNo.3にした。

・シビック タイプRに乗りたかったが高くて買えなかったので、その辺のスポーツカーを購入。白塗りして見た目だけそっくりにしてしまった。

・ウルトラセブンのDVDとラーメンズのVHSを全巻持っている。

・同居している伯母を殺すため食器に緑青を塗ろうとしていた(のちに毒性はないと判明)。

閑話休題。

ある日差しの強い日、私とタックンはその配膳台に登り、何かしらの遊びをしていました。何の遊びだったかは忘れましたが、妖怪退治もしくは忍たま乱太郎ごっこの可能性が高いです。

座っていた私が何気なく後ろに手をつこうとしたところ、右手に激しい痛みが走りました。

「いて!」

見るとそこにはえんじ色の、尖った謎の物体が硬く屹立していたのです。
私は軽く出血した右手掌を舐めながら、彼に尋ねました。

「タックン!これ危ないよ!なにこれ!?」

タックンはその謎の物体の上にかがみこむと、しばらくの沈黙の後、こう言いました。

「これは,,,コンビーフですね,,,」

「こんびーふ!?!?」

当時の私はコンビーフを知らず、そのどこかバタ臭い響きにとても深い興味を覚えました。

「なにそれ!?こんびーふってなにそれ!?」

「コンビーフというのはだね、かつて太平洋戦争に敗れ、占領された日本に米軍がもたらした云々,,,そのままでは売れない牛や豚をミンチにして脂肪と云々,,,」

タックンはコンビーフについて(歴史的考証は置いておくとして)事細かに私に説明してくれました。

その説明を聞き、私は完全に心を奪われてしまいました。

「,,,,,,すごい,,,」

私は燦々と照る太陽を見上げ、人間の叡知の崇高さに祈りを捧げました。

「しかし、妙だね,,,なぜこんなところにコンビーフが,,,しかもこんなに不完全な、それでいて危険な形で,,,」

タックンのその言葉に私は我に帰りました。そうです。私はこのコンビーフに流血させられたのです。

「これは,,,きな臭い匂いがするよ、斎藤君,,,」

「,,,どういうこと?」

私はコンビーフの匂いを嗅いでみましたが、何の匂いもしません。

「ちがうちがう、見てごらん、ここに血痕のようなものがあるよ、きっと犯人が拭き取り忘れたんだね」

タックンが指で示したところを見ると、なるほど、たしかに赤い血痕のようなものが小さくついています。

「タックン、これはもしや,,,さつじんじけん!?」

「残念だが、疑いようがないね,,,」

こうして私たちは少年探偵団「YAMATO探偵事務所」を立ち上げたのです。

その後、捜査はトントン拍子で進んでいきました。園内のあらゆる場所、遊具を調べ、殺人事件の手掛かりとなるようなものを次々と発見した(こじつけた)のです。

結論はとても悲しいものでした。

資金難に喘いでいた幼稚園に救いの手を差しのべてきた地方銀行が、直前になってその融資を取り下げたのです。

そして、それが園長を狂気へと駆り立てたのでした。

園長は銀行の融資担当部長を夜中に配膳台の上に呼び出し、硬く屹立したコンビーフに部長の後頭部を打ちつけ、一息に絶命させたのです。

恐らく部長の盆の窪にはぽっかりと黒い穴が開いていたことでしょう。

園長は証拠隠滅のため血液を拭き取りましたが、夜だったためうまく拭き取りきれず、僅かに血痕を残してしまったのです。

死体は幼稚園の送迎バスの荷室に一時的に隠し、タックンの家のある山に埋めたのだと思います(タックンによるとある時期から急にカラスが増えたとのこと)。

私たちは今後の対応について話し合いました。

「どうしよう,,,警察に言わなきゃ,,,!」

「いや、無駄だね。ぼくたちみたいな幼稚園児の言うことなんて素直に信じるとおもうかい?たべっこどうぶつ持たされて終わりだよ」

「,,,たしかに」

「さらにこの幼稚園の母体は浄土真宗の寺、つまり宗教団体だ。檀家であるこの辺の大人に相談しても揉み消されるだけだ」

「,,,じゃあもう,,,」

「そう、ぼくたちでカタをつけるしかない」

私たちは組み立てブロックで剣を作り、その剣を掃除箱の中に隠しました。

決行はお昼休みです。

給食を食べ、腹を決めた私たちは掃除箱の中の剣を手に取り、職員室のドアの前に立ちました。

「タックン,,,いよいよだね,,,」

「斎藤君、もし危なくなったら君だけでも逃げるんだ」

「なに言ってんだよ。一緒に死ぬよ」

「,,,バカヤロウ」

私たちは大きく息を吸うと、

「えんちょう!!かくごーーーー!!!」

と叫び、職員室のドアを勢いよく蹴破り、突入しました。

結果10秒で御用となり、石橋先生の平手打ちを食らうハメになったのでした。

今思うと、あれは吐き捨てられたガムだと思います。ブルーベリー味の。

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