『怪盗クイーン』を布教したい!

 ひらり。赤い赤い月の夜、どこからか突然舞い降りた一枚の予告状に、人々の目は釘付けになる。 
「予告状!予告状です!怪盗クイーンが予告状を出しました…!」 
大騒ぎする人々を、その人はほほえみながら見下ろしている…。

 今回は、私が小学生の頃から10年以上読み続けている(!)『怪盗クイーン』という児童文学をご紹介します。主人公は、性別・年齢・国籍、一切不明の謎の怪盗、「クイーン」。超巨大飛行船で世界中を飛び回り、どんなに厳重に警備されたお屋敷からも華麗に獲物を盗み出してしまう、天下無敵の大怪盗です。
 自由奔放でマイペース、そしてどんな追っ手も毎回あっさりかわしてしまうクイーンには当然(?)、敵がいっぱい。クイーン逮捕を狙い続ける国際刑事警察機構に、世界各国の犯罪組織…。ほら、クイーンが予告状を出したと聞いて、今回も様々な思惑を持つ人々があちこちで動き始めました。果たしてクイーンは、今回もお目当ての獲物を盗み出せるでしょうか?
 とにかくキャラクターの設定・描写が魅力的な作品です。二人三脚ならぬ三人四脚で、毎度華麗に犯行を成し遂げるクイーン、パートナーのジョーカー、飛行船を管理する人工知能のRD。クイーンの師にして、その自由奔放さは負けず劣らずの「世界一の大怪盗」皇帝(アンプルール)。クイーンと何かと縁がある、ドイツの武装組織・ホテルベルリン。クイーン逮捕を狙う国際刑事警察機構は「超エリート集団!」のはずなのですが、なぜか一癖も二癖もある個性豊かなメンバーたちが集まっています(そして毎回クイーン逮捕に失敗するのがお約束です)。

 子どもの頃はとにかく楽しく読んでいた本作の読み方が変わり始めたのは、ここ数年のことです。一見明るい子ども向けのお話ですが、登場人物の多くは「戦争」と根強い関わりを持っています。例えばジョーカーは、物心ついた頃には謎の収容所で暮らしており、そこで「兵器」としての訓練を受けながら育ちました。収容所から脱走して凍死しかけていたところをクイーンに助けられ、今に至ります。RDは元々軍事用に開発されたAIですが、訳あってクイーンの飛行船に搭載されました。皇帝のもとで料理人として働く少年ヤウズも、ジョーカーと同じ収容所出身です。体に染みついてしまった「兵器」としての技術を上手くコントロールできず苦しみ、収容所脱走後も人込みを恐れます。
 普通に生きていたら、出会う機会もなかなかないであろう存在たち。でも、出会わないだけで、私たちが生きる現実世界のあちこちにも、彼らのようなひとたちが存在しているのではないでしょうか。戦争も、戦争によって生き方を狭められる子どもたちも、私たちが生きる現実社会が抱えている課題です。
 
 『怪盗クイーン』は、そんな子どもたちが周囲の支援を受けながら前向きな生き方を切り拓いていく姿を描いた物語でもあります。RDを開発した倉木博士は、政府が望む「軍事用AI」を本当に作っても良いものか、迷いながらRDを完成させました。RD開発に取り掛かるよりもずっと前に、実の子どもを交通事故で亡くしている博士。わが子のように大切なこの存在を戦争に利用されるのは、やっぱり嫌!最終的には腹をくくって、政府ではなくクイーンの手にRDを引き渡します。この際の、「戦争が起こったら、あなたのように子どもに先立たれる母親が続出しますよ」「お正月とお盆には、必ずあなたの下にRDを帰省させます。約束します」というクイーンの言葉は、涙無くしては読めませんでした。
 子どもらしく過ごせる時間を奪われ、「微笑むこと」のできない無表情な青年に成長したジョーカー。彼はクイーンやRDと過ごす日々の中で変化していき、シリーズ8巻目にてついに微笑みを浮かべられるようになりました。皇帝に拾われたヤウズも、皇帝や周りの人々に支えられ、人混みへの恐怖心を少しずつ克服していきます。彼ら「収容所組」が成長していく姿も感涙ものです。

 『クイーン』シリーズ誕生から約20年経ちました。この物語を読み始めた時は10歳だった私も、何と23歳に…(恐ろしさのあまり、文字を打ちながら指が震えました)。昔は「かっこいいお兄さん、お姉さん」だったキャラクターのほとんどが今となっては年下・同年代になったことに、一抹の寂しさを憶えます。年齢不詳のクイーンの存在がここまでありがたくなる日が来るとはまさか夢にも思いませんでした…。
 そして、物語が進むたびに浮上したのが、いくつもの謎です。
 国際刑事警察機構の真の目的とは?  クイーンはなぜ怪盗になったのか?
 新刊が出るたびに「この巻で今までの謎が解かれるかも…!?」とドキドキしながらページをめくっている私ですが、その気配はまだまだなさそうです(ていうか、登場人物も謎もどんどん増えてる気が…。作者のはやみね先生は、いったいどれほど大きな風呂敷を広げるおつもりなのでしょうか)。
 最後に、『クイーン』シリーズのプロローグともいえる『怪盗クイーンの予告状』に出てきた、印象的な言葉をご紹介します。

「怪盗クイーンは、いつか世界から戦争を盗み出すよ。そして、平和を持って来てくれるのさ」

 戦争を盗み出し、平和を持って来る。普通に考えて、不可能です。でも、考えてみてください。クイーンはちょっと普通じゃないくらいの大快盗なんです。RDから「軍事用AIとして利用されるはずだった存在意義」を、ジョーカーから「子どもらしく過ごせる時間を奪われたまま、凍死する最期」を盗み出し、全く異なる未来を与えたくらいです。ひょっとしたら、いやひょっとしなくても、本当に戦争を盗んじゃうんじゃない?って、ちょっと期待してしまいます。
 そして、あらゆる獲物を華麗に盗み出してきたクイーンが物語の最後に何を盗むのか、今まで浮上してきた謎たちがどのように解き明かされるのか…。シリーズ開始から20年以上が経った今もなお、この物語は神秘のベールで包まれています。
 そんなこんなで、とっくに成人した私が、図書館の児童書コーナーに通う日々はまだまだ続きそうです。その時点で私も、「『大人になっても児童書を読むなんて恥ずかしい』という固定概念」をクイーンに盗まれた一人なのかもしれません。

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