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寝ぐせ

ギャップにきゅんときたり、逆にがっかりしたりすることがある。勝手に期待して(または期待するのをやめて)おいて勝手に盛り上がったり盛り下がったりするのだから、大きなお世話な話だが、今日は、その中でも特にたわいもない話を書いてみます。

撮影現場に寝ぐせつけて来る人

仕事で人物のポートレートを撮影ディレクションすることがある。ヘアメイクさんが入るような類のものではないので、当日の準備として「身だしなみ」は当人でお願いします、とお伝えしているが、たまに、あまり気にせず現場に来られる方もいる。

忙しくてそれどころではなかったり、そもそも、そんな大掛かりな撮影とは思ってませんでした、というのがだいたいの理由だが、そんな中に、寝ぐせをしっかりつけてやってくる人がいる。

すみません、さっきから直してるんですけど、直らなくて。

いいですよーと、一応、持参してきた櫛などを使って整えてみるが、そういう人の寝ぐせはなかなか強力で、撫でつけてもピョコンっと元に戻る。

やり直し、そーっと撫でつける。

あー、今落ち着いてますね、今のうちに撮っちゃいますね!もう少しだけ右に寄れますか?

こうですか?とピョンっと動くから、また寝ぐせもピョコンっとはねる。

あー、髪またお願いします。

はいはい。

何度かやってるうちになんだか面白くなってきて、

あー、もうこのまま撮りましょ。なんか、いいかも、こういうのも。

寝ぐせのまま、照れた顔や憮然とした(無表情の意味)顔や、鼻の頭を掻く姿は、なんだかいい感じだなぁと撮影終了。

チェックではねられる

上がってきた写真を見ると、やっぱりいい感じ。その人の自然で飾らない雰囲気を寝ぐせが仕上げしてるみたい。

アングルを変えて寝ぐせが写らないようにしたカットもあるけど、いちばんいいのは、これだな、とセレクト案を提出するけれど、常識的な大人は、そんなセレクトは選んではくれない。

こっちの方が表情がいいんですけど、寝ぐせが、気になります。消せますか?

もちろん消せる。

だから現場でフォトグラファーさんと目くばせして、時間も限られてるし、このまま撮りましょう、となったのだ。

承知しましたー

選ばれた寝ぐせ写真をPhotoshopで開いてレイヤー複製し、寝ぐせ部分を拡大。ピョコンとはねた髪を丁寧に範囲選択して切り取り。背景と、切り取った親元の頭の髪の毛を少し伸ばして完了。簡単なものだ。

標準サイズに縮小して、不自然なところはないかチェック。加工の終わった寝ぐせのないレイヤーを非表示にすると、寝ぐせの彼が現れる。表示にすると、寝ぐせは消える。

表示、非表示、表示、非表示。
寝ぐせなし、寝ぐせあり。寝ぐせなし、寝ぐせあり。

寝ぐせの有無以外は何も変わらないのに、なんだかまったく違う印象。

ギャップの話につなげます。

撮影しますよ、と何日も前にオファーを受けてるにも関わらず、なんだか不用意に現れる隙間があることに、なんだかその人の素の部分を読み取ろうと興味が湧いてしまうのかなぁ。

自分だったらそんな日に寝ぐせ付けて来てしまったら、もっと焦ったり慌てたり、何度も謝って取り繕うのに、何にも気にしてない(ように見える)から、自分にないものを持ってることに惹かれるのかなぁ。

そのギャップを埋めたくて、もっと知りたい、と思うのだから、ある意味、寝ぐせあり写真は効果的なのかも?

もちろん、撮影している時の出来事とかやりとりを知ってるからこそ感じることであって、見る人はそもそも寝ぐせの存在を知る由もないから、ギャップも感じないし、ただただ「寝ぐせついてるやん、だらしがない」と思われて終わり。だからこれでいいんだろうけど。

私は、寝ぐせ付けて来ちゃう人は、割と好きです。

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