見出し画像

元オタクが語る『香港映画近代史(と自己紹介)』


オタクへの道のり

私が初めて映画館で観た香港映画は、ジャッキー・チェンの『酔拳2』だった。
当時トム・クルーズの大ファンだった友人が、何故か一緒に行かないかと誘ってくれたのだ。
彼女にしてみればただのつまみ食いだった『酔拳2』は、その後の私の人生を方向づけることになる。
『酔拳2』に感激して香港映画を手当たり次第に観始めたのが、私にとっては全ての始まりだったからだ。

香港映画の隆盛期、私はどっぷり香港映画にハマり込んだ。
当時はVHS主流の時代、1本15,000円超えで販売されていた日本語版を、当時中高生だった私が何本も買えるはずがない。
足しげくレンタルビデオ屋に通い、漁るようにあらゆるジャンルの作品をレンタルした(ホラーとエロ以外)。
レンタルビデオ屋にない作品は、日本語字幕がないのを承知でVCDを取り寄せた(当時中国語はさっぱりだったがそこはオタク魂で華麗にスルーした)。
当時私の住んでいた地方都市では、香港映画が劇場公開されることは多くなかった。
だから地元に劇場上映作品が上陸したときは、どんなに公開期間が短くとも、胸を躍らせ全てもらさず観に行った。
繁華街の外れの小さな無名の映画館に、女子高生が足しげく1人で通ったのだ。

当時のアジア作品の認知度は今よりずっと低かったから、想いを共有し熱く語り合える知人などいるはずもない。
止める人もいないから、溢れる想いに素直に従い、台湾映画や大陸映画にも手を出した。
周りの友人たちがジャニーズに色めき立っているあの時代、私は一人悶々とマニア気質を拗らせ続け、そして立派なオタクへと成長したのだ。

『酔拳2』: 主人公は実在人物の黄飛鴻

香港映画の変遷

近代香港映画史を語るなら、ランラン・ショウ(邵逸夫)が映画会社『ショウ・ブラザーズ(邵氏兄弟香港有限公司)』を立ち上げた1960年前後から始めるのが良いのだろう。
ランラン・ショウは、当時アジアでは最大規模の撮影スタジオを建設し、日本映画界より優秀な人材を招いてノウハウを吸収、斬新な手法で香港映画を開花させた。
それまで香港映画といえば、広東オペラを映像化したものか実在のヒーローを語る『黄飛鴻』シリーズかだったのだが、カンフー映画というジャンルを完成させたのである。

ショウ・ブラザーズが一時代を築いた後の1970年、ショウ・ブラザーズから離脱したレイモンド・チョウ(鄒文懐)は、レナード・ホー(何冠昌)とともに『ゴールデン・ハーベスト社(嘉禾影片公司)』を設立する。
この会社の名前は、ブルース・リーやジャッキー・チェンなど70〜80年代にアクション映画を観たことのある人たちなら、何度も目にしているはずだ。
また、70年代にはマイケル・ホイの『Mr.boo!』シリーズのようなコメディ映画も多く作られるようになった。
70年代の後半になると、海外留学経験者たちが香港のアイデンティティを題材にした作品を多く生み出し、ニューウェーブといわれる流れを興す。
80年代には、ツイ・ハーク監督の『男たちの挽歌』に代表されるような「香港ノアール」というジャンルの黒社会映画、そして『霊幻道士』のようなキョンシー映画が流行する。
そう、この頃から90年代前半にかけて香港映画は黄金期を迎え、大きなうねりとなりアジアを席巻したのだ。

このロゴに見覚えのあるアナタは
80年代に香港映画を何度も観た人に違いない

この隆盛期には、毎年あらゆるジャンルで数多くの作品が作られ、魅力的な俳優たちがアジアをまたにかけて活躍した。
しかし1997年の香港返還後、純粋な意味での香港映画は衰退する。
ジャッキー・チェンやミシェル・ヨーやジョン・ウーなど香港映画の顔とも言える大物たちは、返還を見据えてその随分前からハリウッドへ積極的に進出しており、活躍の場を世界へと移していった。
あるいは、その集客力を見込まれて中国映画界に活路を見出した俳優や監督も多い。

返還後香港は経済不況に陥り、映画界においても中国資本が流入するようになって、中国との合作映画が増えた。
ショウ・ブラザーズもゴールデン・ハーベストも、中国資本に買収された。
何でも好きなように表現できた香港という舞台と引き換えに、香港映画界は大陸という資本と市場を得たとも言えるが、制約の多い中国映画界で作られる映画はもはや香港映画とは呼べないのではないか。
私個人はそういぶかるところである。

香港映画の父と呼ばれるランラン・ショウ氏

ここで私に語らせて欲しいこと

『酔拳2』を劇場で観た日からウン十年、進学・就職・結婚・子育てといろんなことがあった。
私自身の人生のステージが大きく変わったのと香港映画が元気をなくしたのとで、アジア映画からいっとき離れたこともある。
でもまた引き寄せられた。
結局、あの大国で脈々と受け継がれてきた何かや、あの街の持つ不思議なエネルギーや、あの島の独特の感性が、私を惹きつけてやまないのだ。
香港映画は確かに衰退したが、代わりに今は中国映画が面白い。
台湾映画は大きく変貌を遂げ、目が離せない。

私も大人になった。
今はもうオタクではない。
もはやビョーキだと自覚している。
そんな私がこの数年間で観てきた作品のごく一部をご紹介したい。
私はただの元オタクであって映画の神様ではないのだから、なるべく作品の良し悪しを断定しないように心掛ける。
私の紹介を見て、自分もこの作品を観てみようと思っていただけると嬉しいと思う。
あの頃私の胸を熱くさせた何かは、いまでもここにちゃんとあるのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?