トータル・リコール

 そんなわけで、本日は「トータル・リコール」のお話です。90年代の幕開けとともにアーノルド・シュワルツェネッガーさんとポール・バーホーベン監督が作ってくれたあの最高な映画のことです。原作はフィリップ・K・ディックの短編「追憶売ります」で、確か公開前にそれが収録された本が新潮文庫から出ましたので、もちろんすぐに買って読みました。いかにも昔のディックらしい早いテンポのサスペンスフルな展開と意外なオチが楽しめる傑作でした。しかしこのオチはほとんどギャグで、いくらなんでもこのまま映画化しないだろうと思っていたらやはり冒頭の設定を借りただけでその後はほとんど映画オリジナルの脚本という感じでしたね。余談ですがこの冒頭は寺沢武一さんの漫画「コブラ」のオープニングにも引用されていますので、どこかで観たという人も多かったのではないでしょうか(そのせいで映画「トータル・リコール」が「コブラ」のパクリだと言う人が一時期いました)。

 一応あらすじを書きますと、遠い未来、主人公のクウェードは火星を夢見る肉体労働者で、現実には火星には行けそうもないので、希望通りの夢を見させてくれるリコール社を訪ねます。そこでトリップ処理の最中に彼自身の記憶が呼び覚まされてしまいます。つまり彼は実際に火星に行ったことがあり、偽の記憶を与えられ、偽の生活を送っていることが明らかになってくるのです。一体俺は何者なんだ? ということで自分探しのアドベンチャーが始まるわけです。

 この主人公のシュワちゃんのまわりが嘘つきだらけというのが面白いです。妻をシャロン・ストーンが演じているのですが、これでポール・バーホーベン監督に目をつけられただけあって楽しそうに悪女を演じています。冒頭からの展開の早さはまさにディックの短編の映像化としては理想的です。悪役で出てくるマイケル・アイアンサイドも貫禄たっぷりです。

 お話はどんどん二転三転していきますので油断することは全く出来ません。ド派手なアクションやSFXに目が奪われがちですが、実はこれSFとしてお話がよく出来ています。バーホーベンの演出も意外なくらい緩急を使い分けていつもより丁寧な感じがします。しかしバイオレンス描写は相変わらずです。特に地下鉄構内でのチェイスで見知らぬ人を盾にして銃弾避けに使うのを、主人公がやっているという凶悪な描写など、もろもろのインパクトのせいでストーリーが面白かったというところまで気を回す人はやっぱり少ないかも知れません。

 さらにこの映画では美術というかデザインなどが、かなり遊び心に溢れています。未来がどうなるか真面目に考証したというよりも、50年代60年代のパルプマガジンSFの表紙などでおなじみの未来世界を意図的に再現しているかのような楽しさなのです。普通だったらそんなことしたら映画全体が嘘くさくなってしまうか、映像だけが一人歩きした映画になってしまうところなのに、主演がアーノルド・シュワルツェネッガーなので全く違和感がありません。と言うよりもこの人には現代よりも未来世界とか中世のファンタジー世界の方が似合うと思うのは私だけでしょうか。もう水を得た魚のように暴れ回っています。

 公開時には話題になりましたし、ヒットもしたのですが、案外忘れられているような映画かも知れません。私もバーホーベンと言えば「ロボコップ」だね、シュワルツェネッガーと言えば「ターミネーター2」だね、ディックの映画化と言えば「ブレードランナー」だね、と答えてしまうので、結構盲点になってしまいがちな映画です。劇場で見た時の興奮を思い出して、ちゃんとこれからもこの面白さを語っていきたいものだと思います。

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