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寝ずの踊り子【MSS】

時計の針が、チクタク。チクチクと私を刺す。
布団から顔を出し、時計の文字盤をにらみつける。深夜1時過ぎ。
ベッドから起き上がり、ペットボトルの水を一口飲む。さっきからずっとこの繰り返し。
なんだか、眠れない。
いや……
なんだか、眠りたくないんだ。
窓の外を見ると、さっきまでぱらぱらと降っていた雨は止んでいる。
ベッドに戻ろうとして、コルクボードの写真がふと目に入った。
みんなの声が脳内で再生される。

「だって、最後の文化祭だよ! うちらのダンスで、盛り上げるしかないでしょ」

あかね……。

「やっぱり見せ場は、千夏のアクロバットだよねぇ」

ゆず……。

「誰かっ、来てっ! 千夏が」

こじぃ……。

「文化祭のダンスだけどな、危険な振り付けはなしだ。篠田だって、足捻ったんだろ? 大ケガしてからじゃ遅いんだ。いいな?」

なんで、あんなヘマをしたんだろう?

ペットボトルの残りの水を、私は一気に飲み干した。
窓を開けると、夏前なのに、少しひんやりとした空気。
2週間以上、踊ることができなかった。
結局、先生には内緒で、文化祭用のダンスの振り付けや構成を変えないことに決めた。みんなは心配してくれたけど、私が提案した。

「必ず、ケガは治すし、本番は成功させるから!」

こんな気持ちのまま、本番は迎えられない。

「よしっ」

グレーのパーカーを、Tシャツの上に羽織り、キャップを被って、私はそっと家を出た。
軽くランニングしてみる。うん、痛みはないんだ。大丈夫。
近所の公園まで走って、入念にストレッチをし、ダンスの振り付けを確認する。練習はずっと見学していたんだ。ほら、振りだってちゃんと頭に入っている。
一通り確認をし終えると、私は公園のブランコに乗った。ブランコを漕いで、勢いをつける。そして、小学生の時にしていたみたく、ブランコから高く飛んだ。
「あっ」
着地の瞬間、あの時のイメージが頭をよぎった。
足首をかばうような着地になって、右半身がぬかるんだ地面に突っ込み、汚れた。

なんでよ……。

今まで怖いと思ったことなんてなかったのに。こんなケガくらいで。
情けなくて、思わず笑いと涙が同時に込み上げてきた。
泣きながら笑って、ぱっと顔を上げると、公園の入口付近を通りかかった人と目が合った。その人は私の存在を打ち消すように、足早に去っていった。
そりゃ、そうだ。こんな私なんか今すぐ消えちゃえばいい。

そのまま帰宅するつもりだったけど、やっぱり、もう少し歩くことにした。
その夜は、変わった夜だった。
お隣の飼い犬にやたら吠えられて、犬語でむっちゃディスられていたりして、なんて考えていた。
「お前、負け犬みたいな顔だわん」
えっ?
私に喋りかけてきたような気がした。き、気のせいだよね。

喉が渇いて、自販機でカルピスを買おうとして、小銭をぶちまけた。とことん、ついてないなぁ、と考えていると、散らばった小銭が、私を囲うようにして、回転し続けていた。まるで、ダンスのスピンみたく。
そして、同時に回転が止まると、小銭を入れていないのに、自販機の取出口にカルピスが落ちてきた。ラ、ラッキー?

駅前のコンビニに寄ろうと、角を曲がると、交番の前にさっき公園の前にいた人がいて、警官と何やら話している。
あっ、こっち見た。やばっ。
反射的に反対方向に、私は全力で走った。
走っていると、前方に赤い風船が浮いているのが見えた。近づくと、赤い風船は暗闇に紛れた黒い車に引っ掛かっていた。手を伸ばして、とろうとすると、風船はひとりでに、浮きあがり飛んでいった。まるで、私が来るのを待っていたみたい。
風船を追いかけて走っていくと、私の通う高校へとたどり着いた。2駅分も走ってきたみたい。
正門前には、文化祭のアーチがあり、風船は役目を終えたかのように、飾りの一部へと戻っていった。

今日の放課後も遅くまで準備に追われ、賑やかで忙しそうだった校内もさすがにひっそりとしている。
「そうだ」
裏門へと回り込むと、私は門を飛び越えた。
部室棟にいくと、1階のダンス部の窓を開けてみる。まったく、不用心もいいとこだ。
電気はつけないまま、スマホのライトを頼りに、自分のダンスシューズに履き替えて、汚れた服を着替えた。
恐る恐る部室の扉を開けると、ひんやりとした廊下は静まり返っていた。模擬店の準備の終わった各教室を素通りして、一段一段が装飾され、下から見ると一枚絵に見える階段アートをそっと昇り、私は目的の2階の渡り廊下にやってきた。

この廊下には大きな鏡が並んでいて、自分の踊りの最終確認をするのに、最適な場所だと思った。
文化祭のSNS撮影スポット用に、鏡には翼だったり、着せ替えだったり、人型のシールだったりが所々に貼られていたけど、そんなには気にならない。
私は鏡に向かい、ひとつひとつの踊りと流れを改めて確認していく。
本番はみんなで選んだ同じ衣装で登場。入りは、お客さんも一緒に真似できるようなシンプルな振り付け。ちょっと表情が固いぞ、私。
曲が変わって、ここからは、みんなでぴったりと息を合わせて魅せるダンス。今日の練習でも、私だけタイミングに微妙なズレを感じていた。
ひとりだけど、なんとかイメージしながら……。
えっ?
鏡の中では、私のほかに大人数が踊っていた。明日のダンスと同じ人数、同じ立ち位置。目を凝らすと、鏡に貼られていた人型のシールだった。
もしかして、一緒に踊ってくれるの?
シールが頷いたように見えた。
ありがとう。
やっぱり、私だけ少し呼吸がズレている。スマホで、音楽を流しながら、集中してタイミングやイメージを合わせた。
「ここまでは、大丈夫。あとは……」

夜のプールの飛び込み台の上に私は立っていた。
プール横にはオレンジ色の外灯が並んでいて、ここは校内でも一際明るい場所だった。
ダンスシューズを脱ぎ捨て、飛び込み台の上に私はプールを背にして立っている。
ラストのアクロバティック。
深呼吸をする。さっきとは違うんだ。
私は短く息を吐くと、心を決めて、後方へ力強く踏み切った。

夜空が見えて、

揺らぐ水面が見えて、

正面には飛び込み台、

着地。

やった!

私の体はプールに沈むことなく、水面への着地に成功した。
その流れのまま、私は水上で踊った。
足が水面を蹴ったり、動き回るたびに、水飛沫があがる。
バク宙を決めた私は水を得た魚のように、水面を飛び跳ねて、眠ることすら忘れて、夢中になって踊り続けた。
私の心と体は、ケガをする前よりも潤って、瑞々しく躍動しているみたい。
早く、踊りたい。
みんなと踊りたくて仕方ないよ。

準備を終えた私は、窓を開けた。
良い天気だ。
あの変わった夜があったから、私は今の私に変わった。
コルクボードに貼った去年の文化祭の写真を見る。みんないい顔をしている。その中央に写る私だって負けていない。最高の思い出の1枚だ。
もう制服を着なくなった私は、姿見の前で、1回転してみる。
「よしっ」
キャップを被って、私は部屋を出た。私の体は自然と踊っていて、私の心も躍っている。
今日から始まる大学生活。
新しいステップを覚えるときは、いつだってワクワクするから。

(了)

音楽の音や言葉から物語を紡ぐMSS(ミュージックショートショート)。

今回のお話は、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの『モータープール』から想像を広げて書いたお話です!(最新アルバム『ホームタウン』より)

実は、このアルバムの次曲が『ダンシングガール』という曲なのですが、僕はこの曲にダンシングガールを思い浮かべました(笑)
音楽から感じることは人それぞれですが、面白いなぁと思いました。
物語と音楽を合わせたり、曲からアルバムに広がったり、色々と楽しんでいただけたら最高です!

アジカンは、このMSSを始めようと思ったきっかけとなった大好きなバンドです。

アジカンのMSSは、これからも書き続けていきます!

小説好きの方、音楽好きの方はもちろん、アジカン好きの方もcheckしていただけたら、とても嬉しいです!

文章や物語ならではの、エンターテインメントに挑戦しています! 読んだ方をとにかくワクワクさせる言葉や、表現を探しています!