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未来の〈サウンド〉が聞こえる ─ 訳者あとがき全文

『未来の〈サウンド〉が聞こえる 電子楽器に夢を託したパイオニアたち』(マーク・ブレンド 著 / ヲノサトル 訳 / アルテスパブリッシング 刊)から、あとがき全文を以下に掲載いたします。どんな本か、どういう経緯で当方がこの本を翻訳するにいたったか、ご理解いただければ幸いです。

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本書は "The Sound of Tomorrow : How Electronic Music was Smuggled into the Mainstream" (明日のサウンド: 如何にして電子音楽は主流に密輸されたか) の全訳です。


 原題は、第6章に登場する実在のバンド「ザ・サウンズ・オブ・トゥモロー」(The Sounds of Tomorrow) のもじりですが、 同時に、来たるべき未来にふさわしい「明日のサウンド」を信じて奮闘を続けた、発明家や技術者や音楽家といっ た過去のクリエイターたちへのオマージュとも読み取れます。

 新しい発明がさらに新しいアイディアを喚起し、作り手どうしの出会いが次の創作につながっていく。電子楽器や電子音楽に熱中した (しすぎた) マニアックな人々の、そんなバトン・リレーによって、最初は奇妙で不気味な謎のサウンドと思われていた電子の音は、大衆も好んで耳にするマス・カルチャーやポップ・カルチャーの中心部へと少しずつ「密輸」されていきました。

 通信、電話、ラジオ、テレビ、テープ、レコードといったメディアの歴史。オシレーター、真空管、電磁誘導、トランジスタなど、音楽に影響を与えたテクノロジーの歴史。テルハーモニウムやテルミンに端を発する個性的な電子楽器から、発振音、テープ音楽、モーグやブックラのようなシンセサイザーまで、紆余曲折をたどって進化し続けたハード (楽器) とソフト (制作手法) の音楽史。こうした様々な「歴史」の重なり合いから、「点」と「点」を結ぶようにして複合的に電子音楽の成立事情を活写してみせたところが、本書のユニークな点です。

  メディアやテクノロジーの発達史に興味のある方。ミッド・センチュリー時代のSFやホラー映画や海外テレビ・ドラマに関心をお持ちの方。ラウンジ、モンド、エキゾチカなどのムード音楽から、サイケデリックやプログレのようなロックまで、ポピュラー音楽ファンの方。電子音楽や電子楽器の愛好家に限らず、様々な趣味嗜好の方に幅広くお楽しみいただける内容だと、自信を持ってお勧めいたします。


 プロローグで著者も述べている通り、これまで電子音楽の歴史は、しばしばアカデミックな芸術音楽 (現代音楽) の視点から語られてきました。それに対し本書は、あくまでも雑多な大衆文化 ── 娯楽番組やハリウッド映画の 音楽、CMやサウンドロゴや企業フィルムなどの商業音楽、ポピュラー音楽やロック ── の中に電子の音がどのように侵食し、どうやって市民権を得ていったかを描き出します。

 放送や映像の効果音に使用されることで、電子音が耳慣れたものになっていった様子 (第2章)。BBC放送の一部門であった「レディオフォニック・ワークショップ」の影響力 (第4章)。ビートルズやローリング・ストーンズのような有名バンドから、サイケデリックでマニアックなバンドまで、ロックの世界に電子楽器が普及していった過程 (第6章)。 少しずつ進行していった「密輸」の様々なシーンを、本書はカメラを切り替えるように見せていきます。

 ただし、時系列を行き来しつつ展開する構成上、それぞれの出来事の前後関係など、わかりにくい部分もあります。そこで巻末には、本書の作品や出来事を一覧できる年表も追加しました。ご活用いただければ幸いです。 またイギリス人の著者による本書では、やはりイギリスとアメリカのトピックが中心となっています。年表では、同時進行していた他国の電子音楽や、芸術音楽についても簡単に紹介しました。


本書には、たとえば「ポール・マッカートニーは〈イエスタデイ〉の電子音ヴァージョンを作ろうとしていた」とか、「イギリスで最初にモーグ・シンセサイザーを買ったのがジョージ・ハリスンという通説は間違いだ」とか、「ビーチ・ボーイズはテルミンを使ったと言われるが、正確には〈エレクトロ・テルミン〉という別の楽器だった」とか。トリヴィア的なエピソードも散りばめられていて楽しめます。しかし何よりも興味深いのは、電子の音に取り憑かれてしまった情熱的すぎる人々の、人間ドラマかもしれません。

 今で言う配信ビジネスを一度は成功させながらも、やがて倒産に追い込まれたテデウス・ケーヒル (第1章)。映画会社に抜擢されて斬新な電子音響を生み出したものの、訴訟で争うハメになりハリウッドから見放されてしまったバロン夫妻 (第3章)。商業音楽の制作では成功したにもかかわらず、オリジナル楽器の完成にこだわるあまり、 音楽界から忘れ去られていったレイモンド・スコット (第6章)やダフネ・オラム (第8章) 。訴訟やドラッグの問題を抱え、悲惨な最後を遂げたジョー・ミーク (第8章) 等々。

 商業的・経済的な成功と芸術的・個人的な欲求の間で葛藤し続け、極度に内向的だったり完全主義の度がすぎるあまり自滅に向かわざるを得なかった彼らには、ものを作る人間特有の「業」というか、悲哀のようなものも感じざるをえません。


 ここで訳者の個人的な話をしておきましょう。本業は作曲家でミュージシャンです。用いる楽器の大半はシンセサイザーなどの電子機器で、コンピューターを多用して音楽制作を続けています。同時に大学の教員も務めており、 論文など英語の文献にふれることも少なくありません。しかし、まさか自分がこれほど本格的に「翻訳」という 仕事に取り組むことになるとは思ってもいませんでした。

 本書と出会ったのは、2014年に休暇で訪れたドバイの書店。もとより旅先で、知らない書店をぶらつくのは 好きな方です。なんとなくアート・ブックや音楽書のコーナーを眺めていた時、本書が目に入りました。題名が、 日本語にすると『明日のサウンド』。おっ、これは前衛音楽、それともテクノにまつわる本かな?パラパラめくっ てみると「モーグ・シンセサイザー」だの「テルミン」といった単語が目に飛び込んでくる。なるほど電子楽器を 紹介する本か。それなら自分の専門ど真ん中。この分野に関しては、様々な媒体に寄稿もしています。たとえば、本書にも登場するドキュメンタリー映画『モーグ』の日本版パンフレットに「電子音に恋した〈発明家〉たち」という記事を執筆したこともあります。資料は常に探しているのです。 

 ページをさらにめくると『遊星よりの物体X』『禁断の惑星』といった映画のタイトルが目につくではありませんか。いよいよ面白くなってきた。当方、大学では映画を論じる講義も担当しており、しかもこの手のレトロな娯楽映画 は個人的に大好物。そういえば『禁断の惑星』はフランスのフェスティヴァルで、生演奏つきの爆音上映を鑑賞し たこともあるぞ。読み進むと、今度は「レス・バクスター」だの「ペリー&キングスレイ」なんて固有名詞が出現。 ミュージシャンとして「現在進行形のムード音楽を追求」と自称する当方にとって、エキゾチカやラウンジ音楽は昔から愛聴のジャンル。

 ここまで自分の嗜好や知識に合致する書物もなかなかありません。これは読むしかない! いや日本語に翻訳して、世に知らしめるしかない!それができるのは自分しかいない!......とまあ、旅先特有の躁状態もあって、本書の登場人物たちに負けないぐらい熱く興奮して、帰国するやいなや出版社に連絡をとったわけです。

 とはいえその後は、音楽制作や大学業務が繁忙期になると、何週間も筆が止まることもあり。また年代や固有名詞や事実関係に間違いがあってはならないと、文献やネットを駆使しての「裏取り」にも時間がかかり。気がつけば着手から脱稿まで、あっという間に4年以上が過ぎてしまいました。


 そんな訳者の仕事を辛抱強く待ち続け、校正に校閲、訳文チェック、資料写真の掲載確認まで奮闘し、第一稿から「これは面白い! ぜひ多くの人に読まれるべきですよ!」と持ち上げまくってモチベーションを維持してくださった編集担当の沼倉康介さんに、まずは大感謝です。「専門書的になりすぎないよう、読みやすいレイアウトで」 という訳者のオーダーに見事に応えてくださった装丁の加藤賢策さん。クールなイラストレーションを提供してくだ さった今井トゥーンズさん。そして出版を快諾し、ゴー・サインを出してくださったアルテスパブリッシングの木村元さんと鈴木茂さん。皆さんのご協力に感謝を捧げます。どうもありがとうございました!

2018年9月 ヲノサトル


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(2018.11.30)

www.wonosatoru/com

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