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木箱記者の韓国事件簿 第2回 下宿に住む駐在員

 本紙の読者は多くが駐在員の方だろう。みなさんがどんなところに住んでいるのか少々気になっている。知り合いの駐在員のお宅を何軒か訪問したことがあるが、みなさんとても立派なところにお住まいだ。家族連れはもちろん単身赴任でも部屋がいくつもあるマンションはごく普通だ。韓国に来てふらふらと転職を繰り返している私は現在ワンルームのオフィステルに住んでいるが、駐在員ではないので家賃は自己負担だ。広いマンションに住みたければ住めばいいのだが、収入と家賃のバランスを考えればそれは容易ではない。会社が家賃全額あるいは大部分を負担してくれ立派な家に住める駐在員とは選ばれたエリートと言って間違いないだろう。私もそんな身分になりたいものだ。

 いや、実は1999年に韓国に赴任してきたときはれっきとした駐在員だった。当時の旅券には駐在員の証しである「D-7」のビザが押されている。そして住んでいた部屋の家賃は会社が全額負担していた。それは夢にまで見た駐在生活のはずだった。だが赴任当初に住んでいたのはマンションではなく、なんと「下宿」だった。

 駐在員でありながら下宿住まいとなったのには会社の資金事情が背景にあった。韓国支社は設立されたばかりで利益が出ていない。本社からの資金支援はあるが、支社の運営が軌道に乗るまで削れる経費は削らなければならなかった。日本にいた韓国事業チームの3人を韓国に派遣するのはいいが、最初に多額の保証金がかかり月々の家賃も安くないマンションを社員それぞれにあてがうのには少々苦しかったのだ。当初はソウルでマンションを1部屋借り、日本から3カ月ずつ交替で1人ずつ勤務させるという案もあった。当時韓国事業チームは九州支社にあり、東京から派遣されてきた社員はそれぞれが会社借り上げのマンションに住んでいた。交替勤務にすればこのうち1部屋分の経費が浮くことになる。しかし東京から縁もゆかりもない九州に来て1年近く、韓国で勤務できることを希望にがんばってきたのに交替勤務ではあまりに中途半端だ。九州の部屋とソウルの部屋が同じチームの社員同士とはいえ共有することになるのも落ち着かない。そこで担当の上司に直談判した。「家賃負担が問題だというのなら下宿住まいでも構いませんから交替勤務ではなく正規の駐在員として派遣してください」。当時の韓国では会社員の下宿住まいは決して珍しくはなかった。また、以前に語学留学でソウルに滞在していた時に下宿に住んでいたので勝手もわかっていた。

 この提案は案外すんなりと受け入れられ、かくして新村駅近くの下宿が韓国に赴任して最初の住まいとなった。思い描いていた広いマンションに住むことはできなかったが、念願の韓国勤務が実現したので不満はなかった。もっとも同時に赴任してきた他のメンバーは下宿住まいの経験はなく、とばっちりだったかもしれないが。結局下宿に住んだのは10カ月ほどで、その後晴れてちゃんとした部屋に会社負担で住めるようになった。しかしそれとてマンションとはほど遠い、れんが造りのいわゆる多世帯住宅。6畳と3畳ほどの部屋に台所がついた日本風に言えば2Kという間取り。入居に当たっては500万ウォンの保証金がかかったが、月家賃は下宿と同じ35万ウォンで、良く言えばリーズナブルな物件だった。ただ下宿よりましになったとはいえ、駐在員が住むのに適当な部屋かどうかは疑問なところだ。それでも住めば都で、その後1年もたたずにその会社を辞めてしまったが、部屋は保証金を会社に弁済することで契約をそのまま引き継ぎ、最終的に7年ほど住み続けた。

 立派なマンションに住む駐在員になるのも簡単ではないが、下宿に住む駐在員になるというのもめったにできない経験だ。周りの日本人のほとんどが駐在員という海外生活で下宿住まいは話のネタにもなったし、決して悪くはなかった。もう一度下宿に戻りたいとまでは思わないけれど。

初出:The Daily Korea News 2016年7月11日号 note掲載に当たり加筆・修正しました。

*掲載写真はイメージです。



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