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恋もスーツもしたてちゃお! 第三話

前回までのお話はこちらから読めます。

【第3話】
○『四大陸』本社・仕立て部


樋口凜「急ぎの案件への対応ありがとうございました」

 神野さんのスーツをオーダーしてから10日が過ぎた。
 常時、修理担当や仕立て担当がいるスーツの仕立て部で、私は完成した新品のスーツを受け取った。

樋口凜(完成品、問題なくできてる)

 神野さんの身体に合わせた肩幅の広い、スーツ。
 それは他にはどこにもない一緒に作った唯一無二の特注品。

樋口凜(これを納品したら私の仕事は終わりか。私はスーツ屋としてちゃんと神野さんに寄り添えたかな)

 スーツの入った袋にそっと封筒を忍ばせた。

○凜の自宅

 納品のアポ取りに何度か神野さんに連絡を入れたけれども、電話がつながらず、夜になって、折り返しの電話がかかってきた。

樋口凜(メールで返信でもいいって言ったのに、わざわざ……)
樋口凜「もしもし……、神野さん?」
神野篤志『悪かったな。電話出れなくて』
樋口凜「いいえ。お忙しいところわざわざ折り返しありがとうございます。こちらからかけなおします」
神野篤志『いいよ。お前は、そうやって最後まで仕事モードだな』
樋口凜「え……?」
神野篤志『なんでもない、このままで構わねぇよ』

 目的の納品のアポ取りを終えたが、どちらともなく電話を切れずに他愛も無い話が続いた。
 神野さんは最終試合を目前にし、不似合いな途切れ途切れの会話を重ねる。

神野篤志『ガキの時からの集大成を目の前にすると……寂しいもんだな』

 かすれるような声に、いつもの神野さんの力がこもってない。こんな哀愁漂わせる神野さんなんて初めて。フィールドに立つ最後の機会。神野さんが縦横無尽に駆け抜けた日々が終わる。

樋口凜(神野さん今どんな顔してるんだろう。そばに居たい。やっぱり私、神野さんのことが好きなんだ)
樋口凛(でも、私はスーツ屋。神野さんにはつりあわない)

 思いに蓋をすると思わず涙がこぼれた。

神野篤志 『おい、聞いてんのか?』
樋口凜「はい。もちろん」

 ぐすん、ひっく。と鼻をすする。

神野篤志 『何だよ……泣いてんのか?』
樋口凜「……いつもの神野さんじゃなくて……どんな顔してるんだろうって思ったら……ぽろぽろと……」

 涙の理由は嘘ついた。

樋口凜(明日、スーツを納品したら、私と神野さんの関係は終わる。それが辛いんだ)
神野篤志『おまえ……馬鹿かよ……。でも、ありがとな……』

 それからしばらくして、電話は終わった。
 ベッドに転がり、届かない思いに別れを告げようと、流れるだけの涙を流しきった。

○『四大陸』本社・営業部

 翌日、渥美さんが笑顔で声をかけてきた。

渥美静香「樋口、朗報だよ! 四ノ宮さんが、新任さんの頑張りに感謝して担当に戻ってくれて大丈夫だって」
樋口凜「えっ、本当ですか!?」
渥美静香「あんたが丁寧に作ったあの1枚の紙きれ見てね、『たかが1枚の紙きれ。されど1枚の紙きれ、若者だが、見直した』って褒めてたよ。次からはしっかりね!」

 スーツのメンテ表がまさかこんな風に効果を発揮してくれるとは驚きだ。

樋口凜(良かった)

 ほっと肩をなでおろす私の頭を渥美さんはくしゃくしゃと撫でた。

○寮・談話室

 その日の午後、最後の納品のため、神野さんの寮へ足を運んだ。

樋口凜「こちらがご依頼いただいたスーツになります。それから……これなんですが……神野さんのお部屋にあった自主トレメニューを参考に、作ってみたんです」

 神野さん向けのスーツのメンテ表を差し出すと、神野さんは優しい目をして呟いた。

神野篤志「お前は間抜けな奴だ。こんなの作らねぇほうが営業としては好都合だろ」
樋口凜(神野さんの言う通りだ。私って馬鹿。これを渡さなければ……もっと頻繁に神野さんと会えたかも知れないのに……)
樋口凜「お客様とマメに会えないほうがスーツ屋としてはありがたいことですから」

 唇かみしめ、無理やり笑顔を作る。
 神野さんは私の顔から視線を逸らすと、早速スーツに袖を通した。
 ところがスラックスの太ももがぴっちぴちで窮屈で動きにくそうだ。

樋口凜「え……どうしてだろう? サイズ通り作ったのに……」

 慌てて、太もものサイズをメジャーで測ると驚きが走った。

樋口凜「えっ……! この短期間でサイズUPしてますよ! 引退会見明日ですよね? 大変! 急いで修理しないと……」

 驚きと焦りで手に持っていたメジャーを床に落としてしまった。

神野篤志「そうか……」
樋口凜「ああ……破ける……脱ぐのお手伝いしますから……ちょっと動かないで……ってわあ…」

 慌てたその時、メジャーに足を滑らせ私は背中からひっくりかえった。

神野篤志「おいっ!」

 神野さんが慌てて、背中を支え受け止めようとしてくれたが、間一髪間に合わず、二人で床に倒れ込んでしまった。

樋口凜「ああ……スーツが……それに神野さん、膝は大丈夫ですか……」
神野篤志「……」
神野篤志「お前、この体勢で人の心配してる場合かよ」
樋口凜(うわぁ……)

 熱い吐息を感じるくらいすぐそばまで神野さんが覆いかぶさるように迫っていた。その顔はほのかに赤く紅潮し、瞳にまで熱がこもっている。
 唇が少しずつ近づいてくる。
 頭の中がくらくらするくらい熱くなった。

樋口凜(このまま口づけられてもいいかも……)

 思わずぎゅっと目を閉じる。
 しばらくの沈黙があったが唇は降りてこなかった。
 先に起きた神野さんに手を差し出され、私は身体を起こす。

神野篤志「この前お前、藤沢に話してただろ。太ももフェチだとか」
樋口凛「あれは……冗談で」
神野篤志「はぁ? こちとら必死こいて鍛えたんだぞ」
樋口凛「えっ、どうして……」
神野篤志「どうしてって……俺も、よくわからない。ただ藤沢に取られるのだけは嫌だったんだ……」

 神野さんの顔をじっと見ると、赤くなっている。

神野篤志「見るな!」

 慌てた勢いで、ビリッと音がする。

樋口凛「あ、大変! スラックスが破けちゃいました」
神野篤志「ど、どうすればいい?」
樋口凜「任せてください。神野さんの新しいユニフォーム絶対明日の会見までに納品しますね」
神野篤志「頼んだぞ」
樋口凛「はい。それと……またお会いする理由が出来て嬉しいです」

 そのあと神野さんの太ももをきちんと採寸し直し、慌てて会社に戻ると、私は仕立て部の社員さんを徹夜で励まし、翌日の引退会見に間に合うように神野さんの新しいユニフォームの準備をした。

○サッカースタジアム

 大慌てで迎えた神野さんの最終試合の朝、急いでスーツを納品した。

樋口凜(はあ……怒涛の1日だった……)

 徹夜にも関わらず不思議と目は冴えていて、私はそのまま、渥美さんの計らいでもらった有休で、神野さんの引退試合を見に来た。神野さんが席を一つ準備してくれていた。
 試合は無事ウィナーズ川崎の勝利で幕を閉じ、最後のセレモニーを前に、スタジアムは神野コールで沸いていた。

樋口凜(神野さん、すごい……これだけたくさんの人に愛されてたんだ)

 そして、神野さんは、引退後も第一線での活躍を示唆するように、びしっとスーツで決めて、最後の晴れ舞台に立った。
 ファンへの感謝のメッセージで締めた後、次から次へと報道陣からインタビューが飛び交う。

報道陣「どうしてスーツで引退会見を?」
神野篤志「サッカー人生が終わっても、神野篤志の人生は終わっていません。俺はこの新しいユニフォームに袖を通し、これからも自分らしく歩んで行く決意をファンのみなさんに示したかったので今回このスーツを新しく仕立てました」

 思わず涙がこぼれた。
 周囲のファンたちからの声援は、スタジアムが揺れるほどに響き渡った。

○スタジアム裏側

樋口凜(ホントに良かった)

 スタジアムから出ようとしたとき背後から大きな声がした。

神野篤志「樋口さん!」
神野篤志「待ってくれ」

 スーツ姿の神野さんが走ってくる。
 完成されたその姿に惚れ惚れせずにはいられなかった。

樋口凜「神野さん、すごく素敵です。本当にお疲れ様でした」
神野篤志「ありがとう」
樋口凜「晴れ舞台のお手伝いをさせてくださって、とてもいい経験になりました」

 温かい笑顔を向けると、困ったような顔をして神野さんは口を開いた。

神野篤志「最後みたいなこと言うな。俺はこれで終わりたくねぇんだ。お前との関係を」
樋口凜「神野さん」
神野篤志「ちょっと初心だが、素直で一生懸命なお前に惚れた。この新しいユニフォームと共に歩む俺の未来には、お前が必要だ。俺と付き合ってくれないか」

 熱のこもった瞳がまっすぐにこちらを見下ろす。
 その視線は一瞬たりとも私の瞳を捉えて離さない。

樋口凜(そんな風に思ってくれてたなんて……)
樋口凜「あなたが居なければ、私は生意気な営業だったと思います。でも、大事なことを神野さんが教えてくれました。私にとっても神野さんは必要な存在です」
樋口凛「私もあなたのことが、好きです」
神野篤志「お前……」

 そのまま強く神野さんの胸に抱きしめられた。

神野篤志「絶対……離さねぇ。これからは一人の男として、俺を見てくれ」

 そっと優しいキスが降りてきて、神野さんの温かい熱が伝わり、心の底から湧き上がるような幸せに包まれていった。

○マンション一室

 神野さんの新居のタワーマンションに遊びにきた私が、夕食を作っているとスーツ姿の神野さんが帰ってきた。

神野篤志「ただいま。何作ってるんだ?」
樋口凜「おかえりなさい。ハンバーグです」
樋口凜「打ち合わせはどうでしたか?」

 サッカー選手を引退した神野さんには、サッカー解説者やアスリート向けの料理番組の出演オファーが来ていた。
 忙しくなりそうだけど、いつも充実した表情を見せている。

神野篤志「問題ない。手が空いたら、スーツ脱ぐの手伝え」
樋口凜「はい」

 付き合ってからというもの、俺様っぷりを本領発揮する神野さん。
 あれからもスーツはずっと大事にしてくれている。
 ソファーに座った神野さん。

樋口凜「どうしてそこで」
神野篤志「俺のスーツを脱がすお前の顔が見たい」
樋口凜「神野さんは趣味が悪いです」
神野篤志「悪くて結構だ」

 そう言う彼のジャケットを脱がせ、ネクタイを緩めていく。
 ワイシャツのボタンに手をかけると、楽しそうに神野さんは言う。

神野篤志「自分で作ったスーツを脱がせる気分はどうだ?」
樋口凜「恥ずかしいですけど……楽しいです」
神野篤志「どうして?」
樋口凛「だって、神野さんがドキドキしてる表情もよく見えるので」
神野篤志「おい、生意気言うとキスするぞ」

 ボタンが外れる度、ワイシャツの中から、分厚い胸板が露わになる。
 熱っぽい視線で私を見つめる神野さんは色気が溢れて魅力的だ。

神野篤志「あんまりジロジロ見ると、分かってんだろな?」
樋口凜「そっちから仕組んだくせに」

 甘い口づけが降りてくる。
 とろけるように唇が絡み合ったのを合図に、そのまま深く愛し合うのだった――。


はじめは嫌なやつだったのに、大事なことを教えてくれた私の大切な人。
彼の新しい人生に寄り添いながら、共に歩んでいく未来に想いを馳せるのだった。

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逆原リエ

副業でシナリオライターや作家をしている会社員の逆原(さかはら)リエ と申します。 出身は福島県いわき市です。noteでは短編小説やエッセイを綴っていきたいと思っています。

小説・シナリオ

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