萬平ホテルのある一日

【劣等感は雪の軽井沢にとけて編】

びーとるず好きの本田キョンは売れないミュージシャン。茶川賞作家である弟の本田テツを名乗り、びーとるずのじょん・れのんも宿泊した軽井沢の萬平ホテルに出掛けることになる――

※短編シナリオです。バナーイラストは二階堂ちはる様に制作いただきました。

◆人物
本田キョン(27)ミュージシャン
本田テツ(27)キョンの一卵性双生児の弟。作家
三条菜月(25)美女
山上護(52)萬平ホテル・支配人
白川悠作(60)萬平ホテル・バーのマスター
三条登喜男(58)菜月の父。社長

■柏駅前ロータリー

ロン毛に髭面の本田キョン(27)が路上ライブをしている。
びいとるず「いえすたでー」を歌うキョン。
人々はキョンに見向きもせず、通り過ぎていく。
強風でキョンの顔面に号外が飛んでくる。
歌を止め、紙面を手に持ち視線を落とすキョン。
そこには「茶川賞決定!」の文字とキョンと同じ顔をした男の微笑む写真。
 

■マンション・外観(夜)
5階建てのマンション。

■同・エントランス(夜)
ギターを背負ったキョンが駆け込んできてポストを開け、赤い封筒を取り出しすぐさまエレベーターに乗る。

■同・リビング(夜)
キョン「ハァ…………ハァ…………」

息を切らして、リビングに入ってくるキョン。
ダイニングテーブルで本田テツ(27)が座り、ラップトップを見ている。
顔はキョンと同じだがヒゲがなく短髪。

テツ「おかえり。そんなに慌てて帰ってこなくてもいいじゃん」
キョン「おめでとう」
テツ「あ、ありがとう。夢叶ったみたい」
キョン「くそ。先を越されたか。はい、お前に手紙」

赤の封筒を差し出すキョン。
赤い封筒の上部に一ミリ幅程だけ、ハサミを入れ、中からカードを取り出しそれを開くテツ。
キョンはテツの向かいに座る。

テツ「茶川賞副賞、萬平ホテル2週間招待券だってさ。数々の文豪たちが滞在した由緒ある当ホテルでの時間をお楽しみ下さい。と」
キョン「へえ。すげえなあ。茶川賞ってのは」
テツ「嬉しいけど、俺行かない」
キョン「何で? 萬平ホテルって言ったらじょん・れのんも泊まってんだぞ」
テツ「びいとるず好きは兄貴だろ。俺家じゃないと寝れないし、書けないからな」
キョン「お前はホント神経質だよな。ってことはさ、俺がお前の変わりに萬平ホテル行ってもいいわけ?」
テツ「いいよ。一卵性双生児の特権を利用するんだね。但し、プロフィール上、俺は音楽が嫌いなことになってるから気をつけてね」
キョン「心配すんな。お前の短所を長所に変えといてやるさ」

■軽井沢駅・ホーム

新幹線が到着する。
ホームにスーツ姿の山上護(52)が立っている。     
新幹線から降りてくるキョンはヒゲをそり、髪をひとつに束ね、テツそのもの。
しかし背中にはギターを背負っている。
山上はキョンを見つけると近づいていく。

山上「初めまして。本田様」
キョン「あっ。初めまして」
山上「萬平ホテル支配人の山上と申します」
キョン「よろしくお願いします。私は本田テツです。ここまで迎えに来てくださるんですね」
山上「当ホテルはお客さまとの繋がりを大事にしておりますからね。さあ、行きましょう」

キョンのギターに気が付く山上。

■萬平ホテル・外観
レトロな佇まいのホテル。

■同・アルプス館内廊下
129号室前に立つ山上とキョン。

山上「実は隣の128号室はかつてじょん・れのんも宿泊した部屋なんです」
キョン「へえ。そうですか。それはすごい」
山上「それではこちらでごゆっくりおくつろぎ下さい。落ち着いたらカフェテリアにいらしてください」

頷き、部屋に入るキョン。

■同・129合室内
128号室と隣り合う壁にほおをすり付けるキョン。

キョン「俺は今じょんと同じ空気を吸っている!」

■同・カフェテリア
20ほどの座席があるカフェテリア。
キョンが入ると、山上が居て席へ案内する。

山上「こちらはじょん・れのんもかつて座った座席です」

座席に着くと、ウエイターがロイヤルミルクティーを運んでくる。

キョン「ああ! これは、じょん・れのんが作ってくと頼んだロイヤルミルクティー!」
山上「その通りです。やはり本田様は音楽好きでいらっしゃいましたね」
キョン「…………(焦り顔のキョン)」
山上「この滞在にわざわざギターを持ってくるなんて相当の音楽好きでしょう」

苦笑いしてミルクティーを飲むキョン。
そこへ近づいてくる強面の三条登喜男(58)と三条菜月(25)

三条「山上さんが直々にじょんのミルクティーを飲ませるとは。どちらの御子息で?」
山下「彼は今年の茶川賞を受賞した本田テツ様ですよ。三条様」

表情を真面目に戻すキョン。
驚く三条と菜月。

菜月「『どぶねずみの逆襲』ですよね。私読みました。とってもハラハラして面白かったです」

笑顔の菜月に見とれるキョン。

山下「本田様。こちらは、四菱自動車社長の三条登喜男様。そして愛娘の菜月様ですよ」

慌てて立ち上がるキョン。

三条「娘がファンだったとはね。宜しく」
キョン「よろしくお願いします。読んでくださって嬉しいです」
三条「君もじょんのファンなのかい?」
キョン「ええ。実はびいとるずの大ファンでして」
菜月「あれ、本田さんって音楽はお嫌いではなかったでした? 確かそうプロフィールに」

焦るキョン。
キョンを見つめ、首を傾ける山上。

キョン「じ、実はびいとるずだけは特別でして……」
三条「ほほ。なるほど。若い子が私らと同じ歌手を愛してくれるなんて嬉しいことだ。ご相席してもいいかい?」
キョン「ええ」

冷や汗のキョン。

■同・129号室(夜)
ベッドにうつ伏せで電話をしているキョン。

キョン「テツか。お前の受賞作ってどんな話なの? なんだ、買って読めだと。はあ。疲れた。お前になるのも大変だが、早速、じょん・れのんと触れ合って、社長令嬢の美女とお友達になったぞ。いいだろ。彼女はお前のファンなんだが今に俺のファンにしてやる」

にやけるキョン。

■同・従業員室
革製のソファーに座り白川悠作(60)がテレビを見ながら新聞を読んでいる。
テレビのニュースで、茶川賞受賞者会見の中継が流れている。

■同・中庭
雪が積もる中庭。
ベンチに座って、「へい・じゅーど」の弾き語りをしているキョン。
菜月が中庭に出てくる。

菜月「本田さん」

菜月は小走りでキョンの元へとやってくる。

キョン「三条さん。こんにちは」
菜月「お隣座っても良いですか?」
キョン「ええ」

額に汗をかくキョン。

菜月「お上手なんですね」
キョン「びいとるずだけですが」
菜月「父と一緒ですね。私たち家族は毎年この時期に萬平ホテルに来るんです。部屋は必ずじょんが宿泊した128号室」
キョン「三条さんが128号室に泊まっていたんですね。羨ましい……」
菜月「実は私、昨日本田さんの他の3作も買ってきて、今読んでるんです。もう、ほんとに面白い」

キョンは苦笑いをする。

キョン「三条さん。びいとるずでは何が好きですか? 良かったら僕が演奏してあげますよ」
菜月「いいんですか。えっと、おぶらでぃおぶらだは?」

微笑んで菜月の前に立ち歌いだすキョン。
笑顔で口ずさむ菜月。
二人の様子二階の窓から見ている白川悠作。

■同・129号室(昼)
ベッドに横になり「どぶねずみの逆襲」を読んでいるキョン。
扉がノックされ枕の下に本を隠す。

■同・入口
扉を開けるキョン。
白川が立っている。

白川「こんばんは。突然失礼します。私、当ホテルのバーに勤めております白川と申します。今日がじょん・れのんの命日であることはご存知ですか?」
キョン「そういえば、一二月八日は今日だったか!」
白川「そうなんです。当ホテルには毎年この日にじょんのファンの方が大勢宿泊されるんです。先ほど中庭でのあなたの演奏を聞いて私、感動してしまいました。急ですが、今晩、私のバーで演奏をしてくれませんか」
キョン「そんな急に」
白川「そこを何とか。お願いいたします」
キョン「だけど、無理ですよ」

ギョロッとした目でキョンを見つめ両手を掴む白川。

白川「実は先ほど、茶川賞の記者会見ががテレビで中継されておりましてね」
キョン「マジすか。ええっ!」
白川「どうしてあなたがここにいるのでしょうね」
キョン「やります。やります。ライブ。ですから(小声で)内密にお願いしますね」
白川「(微笑んで)かしこまりました」

   
■萬平ホテル内・バー(夜)
カウンターでカクテルをつくる白川。
店内の奥に設けられた譜面とマイクが置かれた特設のステージでスーツ姿のキョンが演奏を始める。「れっといっとびー」が流れ出す。
物静かな歌い方から徐々に熱がこもってくるキョン。
お客たちの視線がキョンに向く。
三条と菜月がカウンターの前に来る。

三条「マスターいつものね」
白川「霧の軽井沢ですね」
三条「お。びいとるずの弾き語りか?」
菜月「パパ。あれ、本田さんよ」
三条「本当か?」

菜月がキョンに近づいていく。
情熱的な歌声に聞き惚れているお客達。
歌い終えると大きな拍手が沸き起こる。
菜月に気がつくと微笑むキョン。

キョン「続いては、『へるぷ』!」

雰囲気がガラリと変わり、ロック調で演奏が始まる。

三条「いいぞ。本田君!」

カウンターで手をたたく三条。
お客たちは自然と歌を口ずさみ、歌声は徐々に大合唱となる。
それをリードするキョン。
バーに入ってくる山上。
カウンターに入って白川に耳打ちする。

山上「白川さん、さっきテレビで今日が茶川賞の会見のニュースが流れていたのですが。そこに本田様が映ってたんですよ」
白川「おやまあ。それはなんということだ」
山上「歌ってる彼は一体誰なんでしょう?」

お客を盛り上げるキョン。
笑顔のお客たち。

白川「謎ではありますが、今のお客様方の表情を見れば、謎は謎のままでもいいような気がしますなあ」
山上「そうですね。人が来ては去っていく。それが萬平ホテル」

演奏が終わり拍手をする白川と山上。

おわり

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逆原リエ

副業でシナリオライターや作家をしている会社員の逆原(さかはら)リエ と申します。 出身は福島県いわき市です。noteでは短編小説やエッセイを綴っていきたいと思っています。
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