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バレエシューズを買いに(2)

前回までのあらすじ:バレエシューズを前向きにあきらめるため、yourfit365を予約しました。


◎trippenから伊勢丹へ

その日のスケジュールは強行軍でした。
午前中に着付けの教室、昼食を食べたら原宿のtrippenへ。その後新宿へ移動し、伊勢丹のyourfit365。大まかにいえば新宿も原宿も同じ方向にあるし、2日に分けて行ったら意志が挫けてどちらかで終わりそうだなと思ったのでこのスケジュールにしたのですが、それにしたって強行軍です。

いやいや原宿も新宿伊勢丹もなにするものぞ。

少し前、自分の誕生日祝いとして清水の舞台から飛び降りる気持ちで買ったCabaNのスカートにお気に入りの指輪、ディオール展で買ったピンクのトートバッグをお守りにずんずん進みます。

まずはtrippenへ。 
初めて歩く竹下通りを抜け、グーグルマップを頼りに進んだ道の先に、trippenのこじんまりした店舗はありました。自問自答ガールさんのtweetで知ったブランドでしたが機能性を重視していること、有名な劇団がインスパイアを受けていること、また好きな映画「ジョジョ・ラビット」とコラボしていたこともあって気になったブランドでした。
(とはいえ「ジョジョ・ラビット」とのコラボは正直どうよと思います。いやいい映画だし、靴が印象的な映画ではあるのですが……)
正面がガラス張りのお店は奥までよく見通せて、お客さんが誰もいないことがわかります。ここで入ったらわたしと店員さんと1対1になるのは確実。普段だったらお店の前まで行っても回れ右をして帰っていたかもしれません。
しかし。わたしにはお守りの(以下略)がある。

気になっていたのはこちらでした。パンプスっぽいシルエットもありつつ、ひも靴の要素もある。

(オンラインストアの写真がわかりやすいです)

一番小さいサイズをお願いして、早速試着。
ひも靴でありつつも足の甲が見えるので、履いていたアイスグリーンの靴下が交差されたひもの下からのぞいて、この前履いたドクターマーチンのメアリージェーンより映えて見えます。何より、足の甲から足首へ交差しながら上っていく靴ひもが。

………バレリーナの靴だ、と思いました。

今日の服にもお似合いですよ、と店員さん。
それでも不安なのでいわゆるレースアップシューズも比較用に出してもらいました。あれ、ちょっと大きい。ここで、最初に履いた靴は足型自体が普通のものより小さめなのだと教えてもらいました。それが問題なく履けるということは……ということです。 
うーむと考えていたら店員さんから「ヒールはまったく履かれないんですか?」とご提案いただいたのがこちら。

足裏が十字架(正確にはX+O)になってるのがかっこいい。踵の部分もちょっと凝ってます。
アンクルストラップで厚底なので、踏みしめてみると驚くほど安定感がある。え、これ、公演にも良いのでは? 何より、久しぶりのヒール!

2つの靴を繰り返し脱いでは履くわたしに、ヒールの方は定番品で、最初の靴は今シーズン久しぶりに出たタイプなのだと店員さんが解説してくれます。これは。……これは。

待て、落ち着け。わたしにはまだ、伊勢丹yourfit365の予約がある。

ちょうど別のお客さん(新作を見に来た常連さんのようでした)が来たこともあり、品番を名詞にメモしてもらったものを頂戴し、お店を出ました。
やればできるじゃないか自分……!
達成感と共に向かうのは新宿伊勢丹、本日の本丸です。

◎新宿伊勢丹yourfit365

新宿伊勢丹はきらきらしていました。
先日CabaNのスカートを買ったとはいえ(近所のお店にはワンピースしかなかったのがどうしても諦められず新宿に行き買ったものです)、明らかに他のお店より照明の数が多い。みんなおしゃれに見える。でも今日のわたしは(以下略)。
緊張しながら四角いクッションの椅子に座って待っていると、スタッフさんがやってきました。

本日はローヒールかローファー、レースアップシューズをお探しということですが。
はい。
これはどこに履いていかれるための靴ですか?

さあ、経験談でよく読んでいた足測定だぞ、とわくわくしていたところへの質問に、わたしは目をぱちくりさせました。どこに?

経験者、あるいは経験談を読んだことのある方はご存じかと思いますが、yourfit365はweb予約の際、事前に買いたい靴のタイプにチェックを入れておくことができます。
わたしはローヒール、ローファー、レースアップシューズにチェックを入れていました。本命がレースアップシューズ、過去にも履いていたのでまあ大丈夫だろうとローファー。ローヒールは最近、以前よりは引きずらずに履けている気がするのでもしかしたらワンチャンあるかな、といったところです。

ええ、と。

まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったので、しどろもどろにわたしは説明しました。趣味で音楽をやっていて、年に数回公演があるので、そのための黒い靴が欲しいんです。楽器ですか、立って演奏されますか、と店員さん。いえ楽器は座って演奏するんですが、でも歌もやっているのでそちらではずっと立ちます、とわたし。それと、仕事の会議とか、ちゃんとした場でも履ける靴がほしいんです。
……それは、と店員さんが言います。心配するような、訝しむような声でした。

今のお話をお伺いすると、お客様はフォーマル用の靴が必要ということですよね。だとしたら、パンプスの方が良くありませんか?

そうです。 
その通りです。
店員さんの言葉は、まったくもって正しい。

履けたらいいとは思うんですけれど、とわたしは応えました。なんだか追い詰められたような気持でした。でも履いてもいつも、痛くなるんです。足が小さくてでも幅があって、だから絶対、無理だと思うんです。
……たぶん、第三者が見たら、その時のわたしはほとんど駄々をこねているように見えたと思います。

なんでこんなに無理だ無理だと言ってるんだろう。

言い募る自分を、どこかびっくりして眺めている自分がいました。いや腰痛になったからなんですが。だけどこれじゃあ、自分はパンプスを履きたいと言ってるみたいじゃないか。
(これを書いている今なら、レースアップシューズを買って悲しくなる時点で圧倒的に「そう」だとわかるのですが、その時は全然自覚がなかったのでした) 
わかりました、と店員さんが言いました。まずは足を測定しましょう。それで試してみて、やっぱり駄目だったらレースアップシューズなど他のタイプの靴も試してみましょう。


◎データは強い、しかし

というわけで足測定です。
みんな言ってるけど本当に機械があったかいなー……とぼんやりしている内にデータは取り終わり。じっとタブレットを見ていた店員さん、振り返って一言。
「いや、これは靴を探すのご苦労されると思います」

店員さんいわく。
まず、足が(自分でも思っていたよりも更に)小さい。具体的に言うと左足は20.9。なんと21もない。
次に、踵のカーブがない。ローファーなどがぱかぱかするのはこれが原因。ちなみに足幅は平均的とのことでした。 
甲は確かに高め。足幅というよりは高さで引っかかるのではないか。しかも足長は小さい左の方が高い。
そして足全体の形。一般には親指が突き出ているエジプト型、人差し指が突き出ているギリシャ型、この2つが日本人は多いそうなのですが。

「お客様はそのどちらでもありません」
「えっ」
「足指がすべて並行に並んでいます」

予想外のところから来ました。
つまり足の甲というよりは、足先の幅が広い(後で調べたらスクエア型などと言われるようです)。
あー、そりゃあ先の尖ったパンプスなんて絶対無理ですよねー……。
説明を受けながら、なんだか肩の力が抜けていく自分がいました。

どうしてパンプスを履かないの、と母親からよく言われていました。その方が似合うのに。パンプスなんてみんな大なり小なり痛いものなんだから。綺麗には我慢が必要なんだから。履かないなんてもったいない。
だけど痛いのに。
足が痛い、腰が痛い。体が痛い。歩くのが辛い。
みんな我慢してるはずなのに、どうして自分はできないんだろう。

そうではなかった。
わたしの我慢が足りないから履けないのではなくて、それは本当に、仕方のないことだったんだなあ……。

「ではいくつかお持ちしますね」
「えっ」

えっこの、靴探しの難易度激高の足であることに圧倒的データの力で本人もすごい納得した、この状況で? レースアップシューズとかに方向転換するのでなく?

呆然と見送ってから数分後、店員さんは4つほどの箱を抱えて帰ってきました。まずはこちらから、と取り出した箱の蓋にはrepettoの文字。

……嘘でしょう、と言った気がします。

バレエシューズの定番、repettoの靴は、その存在を知ったときから憧れていました。フランスの、バレリーナ達のために作られたことから始まった靴。甲の見える浅いつま先、シンプルなリボン。
repettoに限らず、靴という分野においてダンサーのために作られたのが始まりというものは沢山あると思いますが、わたしが最初に知ったのはrepettoでした。機能と美の両立。鍛えられた足を支えるための、美しくロマンチックな靴。repetto、似合いそうじゃない。履いてみたら。そう言われたこともあります。でも履いたことはありませんでした。きっとすぐ痛くなるにきまってる。痛い、辛い、やっぱりね、と思う位なら、最初から試さないほうがいい。

靴は、違和感なく嵌りました。

鏡の前に立ちます。お似合いですよ、以前からこういうの履かれてたみたいじゃないですか。店員さんの声にぼんやりわたしは頷きました。 
本当に、自分でもそう思ったのでした。たぶん私は靴以外はずっとパンプス、いえ、「バレエシューズが似合うような」ものを選んでいたのです。まるで最後のピースがぴったりはまったような、そんな気持ちでした。
歩くとやっぱり、少しだけ左足が浮く。そのことを言うと店員さんはすぐに近寄ってきました。
スタイルだけ真似している他の靴は違うんですが、実はrepettoの靴はこのリボンで足の差し入れ口を締めることができるんですよ。
初耳の知識とともにリボンはいったん解かれ、結ばれると左足の甲が少しだけ抑えられました。

◎つよいつよい呪いの話

その後、いくつかの靴を試着しました。
repettoと同じくらいのヒール高のスクエアトウの靴を2,3足。念のため持ってきてくれたレースアップシューズ。エナメルの靴。足先に大きな飾りのついた靴。

いろいろ履いてみることで改めて身に染みて気付かされたのですが、とにかくわたしは靴という物に絶望していて履いて痛くないという機能面しか求めていなかったので、かわいいとか綺麗とか素敵といった側面から靴を見たことが殆どなかったのでした。飾りのついた靴なんて、何年ぶりのことか。ステージ用ならこういうのもどうですかと差し出された、マット素材でない、きらきら光る黒エナメル靴を見た時のわたしは、明らかに目を輝かせていたと思います。ヒールのある靴で視線が高くなるのも久しぶりの体験でした。
こんな靴が履けるんですか。本当にこれが履けるんですか、と。何度も呟いていた気がします。
そして。

これを買います、と。

最終的に選んだのはつま先に光る飾りのついた黒エナメルの、4センチヒールの靴でした。
ブランドはyoshinoya。昔からある老舗ブランドです。とてもよい選択だと思います、と店員さん。防水機能もありますし、お手入れも簡単ですよ。
後日、この話をした時、母親には拍子抜けした顔をされました。あんなに長年パンプスに苦労して履くのも嫌がっていたのに結局買ったのが、伊勢丹でしか扱ってない特別な海外ブランドやオーダーメイドではない、というのが不思議だったのだと思います。 
でも、わたし一人では絶対にたどり着けなかった靴でした。

最初に履いたrepettoももちろん迷いました。ずっと憧れていたブランドです。でも試し履きしながら、とてもかわいいけれど恐らくたくさん歩くことは難しい靴だな、という気がしました。
それならもっと、ヒールが高くてきらきらした靴がいい。たくさん歩くのは難しいけれど自分の足にぴったりな、特別なお出かけ用の素敵な靴を自分もちゃんと持っているのだと思いたい、そう思ったのです。
履けるけど履かないというのと、履けないというのと、どうせ履けないのだからと履かないのは、まったく違う。


夢幻能パンプスと名付けました。

伊勢丹2階のカフェは運よく席が空いていたので、買い物を終えて放心状態のまま、しばらく休憩しました。
目の前にはオニツカタイガー、その隣にはMARC JACOBS。カフェに行く前、靴売り場のフロアを抜けてフロアをぐるりと一周したので、ジミー・チュウのセーラームーンコラボの靴も見ることができました。本当に、伊勢丹はどこもかしこもきらきらしています。

……わたしの買った靴も、あの中に並んでいた。

オニツカタイガーの店先の大きな飾りを眺めながら、そんな言葉を頭の中でずっと反芻していました。
言い方を変えればわたしはずっと、わたしの履ける靴はそこにないと思いながら靴売り場を眺めていたのでした。だけど全てではないにせよ、ここにある靴をわたしも履けるかもしれない。そう思って見た時、靴売り場のきらきらは最早わたしを拒絶する別世界のものではなくなっていました。
もしかしたらまた、帰宅して改めて履いたら痛くなるかもしれないという不安はまだ少しだけありました。でも自分はベストを尽くした、という確信がありました。

と同時に、こうも思いました。trippenの靴も買おう
バレエシューズだと思ったtrippenの靴を即断で買えなかった理由。yourfit365の予約があるからというのもありましたが、今ならわかります。trippenの靴はヒールが低く、きらきらしていなかったのです。本革なので素材は大変良いのですが(柔らかい革です)、エナメルやビジューの浮き立つような華やかさはないし、ヒールもない。その点だけで見れば今まで履きつぶしてきた職場用の靴と変わらないのではないかと迷ってしまったのです。
たぶん、わたしは華やかなハイヒールがずっとずっとほしかった。だから今日それを買った。
trippenの靴はヒールがない。飾りもない。でも足首を固定してくれるし、歩きやすい。どこまでも行ける。何より、あれはたしかにバレリーナの靴でした。
だって試着した靴の写真の中で、いちばん枚数が多かったのはtrippenの靴だったのです。

服を処分しよう。それから、trippenの靴を買おう。
trippenの通販ページをのぞいたのは箪笥の服を処分した一週間後、靴が届いたのはその更に数週間後のことでした。

幼稚園時代に履いていたバレエシューズと。

(この服処分も結構な大作業だったんですが、それはまた別の話。)
(そしてこの休憩したお店にiPhoneを忘れたことに帰宅後気づいて慌てて取りに戻ったり、trippenの靴を通販しようとしたら既にサイズが品切れであの時取り置きをお願いしておけば……! と頭を抱えつつ追加納品メール申し込み→思い切って問い合わせたら神戸のお店に1つだけ在庫があるというのでそれを取り寄せてもらったりするのですが、それは余談です)

ところでわたしの買ったtrippenの靴、もしかしてギリーシューズに近いのでは、と後から気付きました。

ギリー(英語: Ghillies)は、ダンス用の靴の一つで、バレエ・シューズに似た柔らかい靴である。アイリッシュ・ダンスでは女性が、スコティッシュ・カントリー・ダンスやハイランド・ダンスでは男性・女性ともに着用する。

wikipedia

ギリーシューズという言葉はタイムラインに流れてきたこちらのニュースで知りました。コンバースのギリーシューズは2022年に発表されたのが最初みたいです。ギリーシューズ、2022年の流行りだったのか……。

ちなみにtrippenで買った靴の名前はBear。素足という意味です。これとは別にtrippenにはスコットランドのダンスシューズ(まさにギリーシューズ)を元にした靴もあり、サイトで見た時はこちらもかなり迷いました。

どうもこのタイプの靴、レースアップと呼ばれたりギリーシューズと呼ばれたりギリーパンプス、レースアップパンプス(!?)と呼ばれたり、ブランドによっても色々みたいです。

華やかなハイヒールと踊れる素足なら真逆のベクトルだよなあと今ならわかりますし、知らなくてもちゃんと踊りの靴を選んでいたんだな、と思います。

靴を買ってしばらく経った後、自分の足は内反小趾であることに気づき(というか現代日本人は大体内反小趾らしいんですが)、最近は小指というか足指全般の機能訓練をしています。
(なんでそんなことに? というのはこちらを参照。)

https://note.com/wordswordsworld/n/n4fa04874910f

そんな訳で最初に買ったレースアップシューズと交互に履こうと思っていた、昔買ったつま先の尖ったローファーは既にきつく感じるようになっています。yourfitの足測定は年1回くらいでやった方がいいとどこかで読んだ記憶がありますが、もしかしたら数年後、わたしの足先の幅は今より広くなり、今の靴も今よりきつく感じるようになっているのかもしれません。
でもたぶん、靴が無いと嘆くことは無いと思います。

ハイヒールはその後、(疲れはするものの)問題なく履けました。

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