卯木悠里

シナリオライターです。お仕事と趣味で小説を書いています。 【WEB】 http://w…

卯木悠里

シナリオライターです。お仕事と趣味で小説を書いています。 【WEB】 http://write.jpn.org/

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おばけのキーホルダー

 遠くから聞こえてくる澄んだ音色に、少女は重い瞼を上げた。もたれ掛かっている鉄格子は体温を吸って生温い。いつの間にか眠っていたらしい。身動ぎすると不自然な姿勢で固まった身体がぎしりと軋んだ。  城の地下深くにあるこの牢獄は中心を貫く石畳の通路に沿っておよそ三十の監房があるが、使われているのは少女のいる最奥にある一つだけだった。捕らえられておよそ十年。少女は音のない孤独と共にあった。  病も飢饉も人の心に芽吹く悪の心さえも、この世界の厄災は全て少女のもたらすものである――そ

    • 春色小道

       冷え切った冬の風がマントを巻き上げて去っていく。既に身体は氷のようだったが、外気に曝されぶるりと悲鳴を上げる。かじかむ指先で前をかき合わせ、僅かな熱を抱き締めるために身体を竦める。吐き出した息が立てた襟の内側に籠もって、頬と鼻がじんと痺れた。  城が攻め落とされたのは、もう半月も前の事になる。王城に火矢と刃を向けたのは、侵略を企てた隣国などではなく、庇護下にある国民たちだった。少女はその時初めて、自らの居心地の良い生活が誰かの苦悩の上に成り立っていたのだと知った。  自

    おばけのキーホルダー