はじめに

世の中はどんどん便利になっているなぁ。

と、思う。
そうそう、ついていくのに必死だよ、とお思いになっている方はきっと同世代に近いだろう。
今手元にあるものを当たり前に使いこなせている人は、まだまだ自分の人生というnoteのページの行く先をひたすらにめくりたくて仕方のない世代ではないか。

iPhoneが世に出た時、当時まったくの偶然によって、私はSoftbankでいわゆる「携帯ショップのお姉さん」をやっていた。
本部に指示されたiPhoneの研修のようなもので、そこで初めてiPhoneに出会ったことを覚えている。
これまでのガラケーとは全く違う操作性やビジュアル。
一体だれがこんなものを発明したのだろう。
初めて手にしたものが面白いと感じるより先に戸惑いという感情が沸いてきたことを記憶している。
子どものころはゲームにしろ機械の操作にしろあんなにすんなり入ってこれたことも、そのころからすでに一つの抵抗として頭の中でひしひしと感じていた。

「今はいろんな機械があってー。アプリっていうの?難しくてそういうの分かんない」
そういう友人をいくつも見てきた。
好奇心という勢いでいえば、そういった友人よりは一歩前に進めたかもしれない。
だけど、大勢の人がやってきたように、さまざまなアプリケーションに乗っては、新しいものが出るたびに乗り捨ててきた。

つまりこれは、インターネット過渡期を経てきた私の記録でもあり、まだまださまよう迷路でもあり、一人の大人の叫びでもある。
トウキョウには住んでいない田舎者の私でも、インターネットの世界では横に並ぶことも可能なのだということのひとつの証明のためでもある。
「便利さ」をうまく使いこなすことが、現代の命題とも言えよう。だからこそ私は、自分の声をカタチにして届けたい。
年々あたまの中の抵抗は大きくなってきているのを実感はしているけれど、自分の生き方のnoteを一ページずつ楽しみながら書いていこうと思う。

スティーブ・ジョブスは言った。
「ハングリーであれ。愚か者であれ」
と。

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