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天の川を渡りたい


 放課後の教室。栗山紗綾香は青い短冊に刻んだ鉛筆の文字に赤面した。昨年と同じ言葉。隣のクラスの九條誠也に向けた想い。
 願うだけでは叶わないと、頭の中で何度も繰り返されるフレーズに目を回した紗綾香は、短冊を大学ノートに封印した。七夕の夜に解放される青い紙。何処かの笹飾りの、沢山の願いの奥に埋もれるであろう言葉。
 どうせなら雨が降ればいいのに。
 紗綾香は自嘲気味に頷いた。彼女の耳に遠く聞こえる声。部活に向かう生徒の喧騒。そっと廊下に視線を送る紗綾香。隣の教室を出た誠也と、うっかり視線が合わないだろうかと願う彼女は、笑顔を作る準備を始めた。
 まだ少し幼いような、声変わりしたばかりの男子の声が遠くに響く。唇を横に広げて、固まった頬をほぐしていた紗綾香は、廊下を横切る誠也と本当に目が合ってしまう。鞄を片手に友達と談笑する誠也。白い前歯を見せたまま固まる紗綾香。重なった視線をスッと外した誠也は、特に気に留めた様子もなく部活に向かった。
 さっと視線を落とす紗綾香。やっと口の形を元に戻せた彼女は、違和感の残る唇を指で押さえた。恥ずかしさに滲み出る涙をグッと堪える。
 笑われたのかな?
 耳につくクラスメイトの話し声。バスケ部の誠也が体育館で男友達と笑い合う姿を想像する紗綾香。その笑顔に侮蔑が含まれていない事を、必死に彼女は願った。
 想いの綴られた青い紙。大学ノートを開いた紗綾香は、短冊に書かれた文字を消す。叶った事のない願い。届いた事のない想い。七夕の夜が晴天であろうとなかろうと、失態の後の祈りに望みはない。
 でも、どうしても、伝えたい。
 深く愛し合ったが故に離れ離れになった二人。それでも遠くから愛し合う二人。
 ゆっくりと立ち上がった紗綾香は廊下に出た。階段を降りると、校庭の音に交じる楽器の音色が鼓膜を震わせる。保健室の先、渡り廊下の手前で立ち止まった紗綾香は、外の風が抜ける道の先を見つめた。
 たとえ、それが片想いだったとしても、織姫は広い川を渡るのだろう。
 願いの先に踏み出せない一歩。校舎と体育館を結ぶ道。
 天の川を渡りたい。
 紗綾香は前を向いた。
 
 

 
 
 

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