【2019/08/05】ノンストップ・ライティング3(フィクション/六井今日子)

わたしは青ばかりをずっと追いかけている。学校帰り、なんとなくのぼってみた歩道橋から見上げた空、お父さんの運転する車からぱっとあらわれた眼前の海、水平線。そこに浮かぶ白いボートに乗ってみたいと思った。そうすれば、ずうっと広がる青に囲まれることができるだろうから。
わたしがなぜ青を追いかけ始めたのか、それはわからない。でも、幼稚園の頃は男の子の着ている淡いブルーの制服が羨ましくて、ピンクの自分がいやでずっとごねて先生を困らせたし、小学校に上がるとき、どうしても鮮やかな青のランドセルがいいって泣いたら、お母さんに赤をすすめられて、そのまま逃げて迷子になってやったりもした。わたしはいつから青に執着するようになったんだろう。図工で描いた水彩画も青の深い海、裁縫セットも青のチェック柄だったし、髪留めも、シャープペンシルも、ずっと青じゃなきゃ気が済まなかった。
「さきちゃんは、ずっと、空みたいだよね」
小学四年生の時、わたしのクラスに引っ越してきた、瞳の青い男の子がいた。その瞳からは想像もつかないくらい美しい日本語で、彼はわたしの空色のワンピースを見てそう言った。わたしは恥ずかしくてろくな返事もせずに逃げ出したが、あの子からみて自分は青なんだとなんだか誇らしくなって、ひとりでお手洗いにかけこんで、その場で二、三度ワンピースの裾をつかみながら回って見せたりした。
「さきちゃんはほんとうに青が好きなんだね。ぼくは自分の眼がきらいだから、青が好きじゃないんだ」
偶然席がとなりになったとき、ブルーのランドセルに教科書を入れ帰り支度をしていると、碧眼の彼がぼそりとそう言った。
「えっ!どうしてそんなこと言うの」
わたしは彼のブルーダイヤモンドのように澄んだ青をとても気に入っていたのに、彼自身がそれを好きじゃないなんて、なんともったいないことだろうと思って、大きく驚いてしまった。
「前の学校で、からかわれていたから」
「そんな、綺麗な瞳なのに」
わたしがそう言ってのぞき込むと、彼は恥ずかしそうに目をそらして、小さな声で、さきちゃんならそうやって褒めてくれるかと思って、と言って、少しはにかんだ。わたしは、彼の瞳はこれまでみたどんな瞳よりもきれいだと思っていた。いいなあ、わたしもそんな瞳で生まれたかった、と言うと、彼は笑いながら、さきちゃんのは、綺麗な青を見つけるための瞳なんだから、さきちゃんの目まで青くなくていいと思うな、と言った。
わたしはそんな風には思ったことがなかったので、わたしの瞳で彼の青を見つけられたことに嬉しくなって、そっか、そうだよね、と言って笑った。
彼はそれから青い海を渡って遠くに引っ越してしまった。大人になった今でも、わたしは色にあふれる雑踏のなかで、あの青い瞳のことを、無意識に、奇跡のように探している。

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