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【企画参加】夏の香りに思いを馳せて

梅雨が終わると改めて
日が長くなったことを実感する。
まだ外が明るい午後6時。

タイムカードを押し
事務所のドアを開けると
それまで厳然と分けられていた
冷気と暖気が融解し
私の身体にまとわりつく。

「あつー」
「今日はこれから予定はありますか?」
「ないですよ」
「じゃあ、いつものところに行きましょうか」

向かう先は課長の行きつけの店
駅前の繁華街にある。

事務所は駅から徒歩15分くらい。


店に着くころには冷房で冷えた体が
解凍されている。

「ああ武田さん、いらっしゃい。
梨花ちゃんもいらっしゃい」

すでに開いている引き戸の暖簾をくぐると
マスターが声をかけてくれる。


カウンター席も含めて20席ぐらいの小さな店。


「ぃらっしゃいませー」

中国人の趙さんが声をかけてくれる。
訳ありっぽいがマスターの彼女らしい。

「こんにちはー」

アルバイトの大学生、早苗ちゃんだ。
課長の情報によると彼氏は韓国人らしい。

「やぁ、武田さん久しぶりね。
あ、つい最近も会ったか。
梨花ちゃんはお久しぶりね」

カウンター席に先客として
座っていたのは山口さん。
手帳を広げて書き物をしていた。

山口さんは50代の男性で独身。


早苗ちゃんのことを気に入っているよう。


身だしなみには気を使っている感じだけど
ちょっと自信なさげで細かそうな気がして
私はあまりタイプではない。


この方たちが課長のお友達。

私はときどきお邪魔する程度だけど
顔は覚えてもらっている。

私はここに連れてこられた
何人目なんだろう。


カウンター席の角はすでに埋まっていた。

課長は私をほかの人と隣りにならない席に
案内してくれた。

私の隣に課長が座り、課長の奥には
山口さんが座っている。

「中生で大丈夫ですかぁー?」

趙さんに促され、ビールをお願いすると
早苗ちゃんが早速作ってカウンター越しに
渡してくれた。

課長は焼き物をマスターに注文すると
席を立ってしまった。

一人カウンター席に残された私。
課長が座っていた席の向こうには山口さん。


せっかく顔を覚えてもらっているので
山口さんに話しかけてみる。

「お忙しそうですね」

「そうね。人事考課もしなくちゃいけないから
大変よ。韓国語の勉強もしているから
忙しいけど楽しいよ」

韓国語を勉強しているんだ…。

ふと山口さんから良い香りがするのを感じた。

「いい香りがします。
何か香水をつけていらっしゃるんですか?」

山口さんは少し照れたような表情をした。

「これはね、ジバンシィ メン。
僕の憧れの女性上司がつけていたんだよ」

「女性でメンズの香水ですか」

「そう」

「素敵ですね」

「彼女はもういないんだけどね」


山口さんは遠くを見るような
でもとてもいい顔をしていた。

ちょうど課長が戻ってきて私の隣に座り
山口さんとの会話は終わった。

私に恋をしている男性の好意
恋心は見えないようで見える。

今回は私と関係のない男性の
女性への憧憬、思慕のかたちを
はじめて客観的に見た。


午後8時。

飲み方のきれいな山口さんは
じゃあ帰りますね、と言ってお店を後にした。

私は少しだけ山口さんが好きになった。


<了>


書いてから気づいた!
タイトルの「香り」によせていたら
テーマを忘れていた!!!
20代前半のころの思い出話なので
「青春」ってことにしといてください💦

ちなみに香水の名前はうろ覚え。
もう廃盤で検索もできません。

20年以上前の話だからねー。


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