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財産法と損益法

商人が一定の期間(今期)の間にいくら儲けたか? これを割り出すのに2つのやり方がある。ひとつは、前期末の財産の総額、あるいは有高(ありだか)と今期末の総額をそれぞれ集計し、前期末の有高よりも今期末の方が増えていれば儲かっている、その反対に減っているなら損しているとするものである。この計算方法を財産法と呼ぶ。

一方、別のやり方もある。今期の初めから行われてきた無数の日々の取引それぞれで、プラスとマイナスとが発生しているのだから、それらを合計したものがプラスかマイナスをみれば、儲かっているかいないかわかるというものである。これを損益法と呼ぶ。

もし記録や計算が正確ならば、財産法によって割り出した金額と損益法によって割り出した金額とは一致するはずであるが、実際には一致しないこともよくある。財産法によって算出した利益を損益法によって算出した利益によって確認あるいは証明し、もし差異があればその原因に遡って一致するように修正を加えるのが複式簿記の利益計算の考え方である。

複式簿記の「複式」 double-entry とは財産法と損益法の二面から計算するという意味もあるし、例えば個別の取引記録(仕訳、しわけ)や残高試算表 trial balance において、左側(debit 借方、結果、債権)と右側(credit 貸方、原因、債務)とを区別させつつも対応させるという意味で二列で計算するという意味と両方あるようである。ただ、歴史的には単に二列で記録と計算をおこなえば複式簿記なのだとすると不都合で、財産法と損益法との突合(とつごう)による修正利益計算をもって複式簿記の完成(出現)としているようだ。なぜならば、二列で記録するだけなら単なる収支表も「複式簿記」だということになってしまい、複式簿記の体系性の完成や画期的な側面がみえないからである。

私はまだ不勉強なので今、「資産負債アプローチ」とか「収益費用アプローチ」と呼ばれるものと財産法・損益法との関係がまだ明確にわかってはいない。ほぼ同じ区別なのだろうと今は思っている。現代では「資産負債アプローチ」の方が優位になっているという話はよく聞く。

財産法によって算出された利益の優位な点は、それが現在現実に利害関係者に分配し得るものであるということである。つまり、例えば仮にいかに損益法でみて多額の利益が認識できていたとしても、期末の財産がそれよりなぜか目減りしていれば、それを補填することはできない(ただ、何かが間違っていて、不適切であることはわかる)。

一方、損益法によって算出された利益の優位な点は、その計算根拠が過去の膨大な日々の取引記録まで遡行追跡(ドリルダウン)できることであり、この取引記録は第三者によって証明可能な信頼性がある、ということである。なぜならば、取引記録にはその反対の(つまり例えばこちらが買い手なら相手は売り手というように)取引記録が取引先の帳簿に記録されているはずであるからである。

いわゆる財務三表として貸借対照表 B/S、損益計算書 P/L、キャッシュフロー計算書 C/Fが挙げられるが、このどれが最も重要なのか? 全部なのか? B/Sは言わば仮にその時点で仮に企業を清算したらどんな風に会社の財産を分配する羽目になるかという死亡診断書、解剖結果のようなものである。債権者や投資家は必ずしも会社の事業継続に関心を持たないから、短期的にはB/Sの内容が良ければよいと考えるかもしれない。

一方、経営者は自分の一定期間の経営能力を証明する成績書としてP/Lを一番見るかもしれないし、あるいはその会社の財務部はその月ごとの取引を継続可能なだけの運転資金━━C/Fが維持できるのかどうかに血眼(ちまなこ)になっているかもしれない。

最近は以上のようなことを学んでいるが、しかしそれにしても世の中の事業者すべてがこのようなややこしい仕組みを理解した上で事業を営んでいるとは到底思えない。非常に不思議である。自動車を運転できて、そして現にしている人は数多いが、自動車の仕組みを知っている人はほんのわずかしかいないのと似たようなものだろうか……。

(1,704字、2024.01.30)

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