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ぼぎわんが、来た

 最近みた映画で、最高に最高で最高だったのは『来る』だ。周囲の友人・知人にアホほど激賞しているが、本当におもしろいので観てほしい。あまりにおもしろいので、この映画については「時代の想像力としての「神学」を空想する」『空想神学読本』(季刊Ministry 2019年2月・第40号)にて熱く論じた。手前味噌ながら読んで頂けるとうれしい。が、何よりも映画を見てほしい。なお、上掲の原稿を書いていた1月18日(金)朝の夢で、ぼぎわんが来た。

 あまりに楽しい映画だったので、当然、原作・澤村伊智『ぼぎわんが、来る』が気になる。しかし、原作小説を気にはしていたが、バタバタと日常の義務と雑事に追われて、なかなか書店で買うまでにはいたらなかった。で、先日、京都二条でアベンジャーズ・エンドゲームを観た際に、やっと購入し、翌日、一気に読んだ。久しぶりに「一冊の小説を一気に読み切る」という贅沢な時間と快楽を得た。

 映画と原作の違いは、映像化による「外連味」だろう。設定も多少変わっていたりする。映画をみた後に原作を読むと、あぁ、あの人、ほんとはこんな感じだったのか、ということが分かっておもしろい。原作の良さは、「容赦なく粛々と描かれる日常のリアリティ」である。その筆致のゆえに、日常に潜み来たる恐怖が日常を壊していく感触が生ぬるく冷たく迫ってくる。

 贔屓の喫茶店で、原作『ぼぎわんが、来る』を読了した。その足で、映画化へのアンサー短編「鏡」が掲載されたという『怪と幽』を買いに行き、続きを読んだ。脳がシビれる、薬をキメるような快楽がある。そして原作、映像化、評論、作者という、文学的循環について考えさせられた。

 まず、原作を読んで驚いたのは、作中で怪異「ぼぎわん」と宣教師到来の関係が指摘されていた点である。映画のみ、原作未読のぼくは映画『来る』にキリストの生誕物語を見出した。作品の解題と評価としては、少々アクロバティックであることは、我ながら承知している。

 加えて、ぼく自身が何を観てもそこに神を見出せる程度には狂った究極原理主義キリスト教徒なので、映画もそうやって解釈している感は否めない。その批判は甘んじて受け入れる。そもそもシネフィルでも何でもない素人の感想である。しかし、原作でも怪異「ぼぎわん」とキリスト教の関連が示唆されているのだ。

 無論、原作は、キリスト教の話ではない。完成度の高いホラー小説、エンターテインメント作品である。それは、映画へのアンサーである短編「鏡」を読めば自明である。作家は、あくまで原作をホラーとして執筆し、成功している。余談ながら短編「鏡」は、「ぼぎわんが、来る」の最終話としてふさわしい。嫌な終わり方が文学的硬度と恐怖を高めている。

 では、これらが、どのように「原作、映像化、評論、作者」という文学的循環を構成するのか。ここまでを要約すれば、あるキリスト教徒が、日本のホラー映画を観た。そこにキリスト教を見出した。興味をもって原作を読むと、キリスト教との関わりがあった。その後、映画化に応える形で作家より短編が追加された。

 言い換えれば、ある映像作品のロゴス≒ダバルとしての原作は、未読の視聴者に対しても遡及する力を持ち得る。同時に、ロゴスと映像(ハーゾーン)の差異は、視聴者の内部に往復運動をもたらす。その運動の熱が作品の評価、評論の原動力となる。視聴者は読者となり、評論は作家の意図を探す。作家は作品で読者に応える。結果、往復運動に再び熱が加えられる。つまり、幸いなメディアミックスの動態である。

 これを聖書解釈に引き寄せていえば「ヨハネ黙示録」解釈の多様性に似ている。または旧約聖書と新約聖書の関係に近い。分かりにくい例えになるが、聖書正典の多くがverbalであるのに対して、「ヨハネ黙示録」はvisualなものである。つまり映像的な黙示録から、その資料と方法たるロゴスへ遡及する作業こそが、「ぼぎわんが、来る」作品群における往復運動である。当然、神学と同様にロゴスの果てとしての作家の意図は、どこまでも隠されている。

 ぼくの場合は「キリスト教」という作品舞台に配置された小道具が、この文学的循環を起動するものとなった。当然、他の人の場合は、別のものとなるだろう。

 要するに何が言いたいか。この文学的循環の体験、メディアミックスにハマることの快楽、それこそが読者にとって「ぼぎわんが、来る」ことである。原作に置かれた大小様々な装置や工夫は、出版され映像化されて、未読初見の人間が観ても、何か伝わってしまう。その何かは膨大な数の人間の手によって次から次へと手渡され形成されて、読者のもとへ「来る」。気がつくと、いつのまにか誰かの何かが、無数の指紋がベタベタとついた何かが自分の中に潜み、蠢きはじめる。娯楽と恐怖が合致して時間と金が消える。

 松たか子扮する、比嘉琴子の声が聞こえる。「怖いでしょう?」

 ということで映画も原作小説も未見・未読の方はぜひ!オススメです!

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