「近代的知識人の本体とは何であるか。私はそれは、罪の意識の欠如ということに於いて規定し得ると思う」

　日本語キリスト教の批評家として著名な佐古純一郎（1919-2014)の言である。オーソドックスなプロテスタント信仰から論じた彼については別所にて掲載するので、ここでは措く。本題は、近代人の「罪」意識である。

　佐古のいう「罪の意識の欠如」とは、超越の不在と読み替えられよう。すなわち絶対的な価値規範の蒸発である。佐古は、彼のデビュー作『評論集　純粋の追求』において、芥川龍之介と太宰治を並べて、それぞれのキリスト教との接点を論じて述べている。

「太宰は人間に於けるエゴイズムの醜悪という問題を芥川から継承しつつ、聖書の前に立って芥川の魂が持たなかった罪の意識にまでそれを深めたのであった。このことは私達の近代精神史に於ける重大な飛躍であったと言わなければならない。」

　しかし佐古によれば、太宰はどうしても神を信じるには至らなかった。超越に指が触れる前に挫折した。

　先ほど教会の前を通りがかって、ふと思った。本当に近代人に罪の意識はないのだろうか。自明のことながら、ないわけない。近代人にも「罪の意識」はあるのだ。では、それはどのようなものか。

　まず近代における「罪の意識」が法的であることは言うまでもない。超越的な神の代わりに国家が「罰」を握る。宗教法ではなく、世俗法によって「罪」が規定されるからだ。無論、こんな退屈な話は当然である。佐古がいう「罪の意識」とは、宗教的な、より実存的で存在論的な危機の感覚だろう。

　プロテスタントの源流の一つ、ジャン・カルヴァンに戻れば、いわゆる世俗的人物にも「罪の意識」がある。それは「バチあたり」という馴染み深い日本語と同義だ。超越的な神仏を信じていなくとも、何かしらの予感、因果応報に惹き寄せられる。なぜなら、誰もが「良心」を持っているからだ。

　「良心」は麻痺しない限り、自己批判を行うものである。自己を批判的に検証する以上、そこには悪の問題が見出されるだろう。

　結論から言えば、この良心と悪の問題こそが「罪の意識」の内容である。ただ宗教的人物の場合は、この内容を神の前に差し出す点が俗人との違いである。言い換えれば、神に放り投げる人が「罪の意識」を持つと分類され、「良心と悪の問題」を認めるまでが近代人と言えようか。

　しかしながら、事はそう単純でない。そもそも「罪」の定義が曖昧だからだ。無論、十戒に明示された内容から措定することはできる。しかし、その解釈は言語によって行われる以上、不完全である。従って、そもそも「罪の意識」を持つことの意味は茫漠としている。同様に「良心と悪の問題」を神に投げるか否かも、実は不明瞭である。神に投げる＝祈る＝願望の達成の有無は別にして、究極的な裁定は神にある。

　何が言いたいか。近代人も「罪の意識」を持ち得る。独善的に言い過ぎる形で「罪」を自己定義することなく、究極的な神の裁定を静かに待つという形で、佐古のいう「罪の意識」を担保するのだ。そして、この意識は、使徒パウロが自身でさえ裁かないとした宗教的態度と通底しよう。

　ここまで言うと信仰の特別さを侵害していると感ずる人もあろう。しかし、常々、言ってきたことであるが「分からない事柄については分からないというべき」だ。何事かを言えると主張する人は少し言い過ぎてはいないのか。もっとも言いたいことは逮捕されない程度に言うしかないのだが。

　近代人として「罪の意識」を持つことはできる。それは、七転八倒四苦八苦しながら神への嘆願を高射砲で連発することではない。近代と非近代の曖昧な境界で、自己の限界と瑕瑾を歴史の只中で見つめ、実存の深みにおいて神を待つことである。蛇足ながら、多少、神学的にいえば被造物としての「良心」が神の前にある以上、人は「悪の問題」を省察せざるを得ない。裏返して言えば、良心こそ宗教の神学的基礎であり、宗教学の人間学的基礎である。

　佐古の言を借りて安直に示した二項対立のどちらが優れているという話ではない。どちらもあり得る。どちらか一方であるべきでもない。好きな形で「罪の意識」を持てばよいのだ。それゆえ、人によってはそれらに対する好悪は存在する。しかし、それらは宗教の萌芽にして本質である。だから、安直に宗教の場を崩すような言説には反対せざるを得ない。

　が、実はとくに批判を受けたわけではない。脳内まとめサイトで踏んだリンクからポップアップしたことを記したまでだ。ところで、深夜に食べる松屋の牛丼ほど、近代人の「罪の意識」を体現したものはないのではないか。たまらなく旨い。

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