【自分のための時間と相手のための時間】


昨日決めたことで「絵本を読んでみる」がある。
これは昔読んでた本もあるし、新しく読む本もある。基本的には対象が子供。文字大きくてページが少ないやつ。図書館で借りる時なかなか恥ずかしかったやで。

何でこれをしようと思ったのかと言うと「絵本ってたくさんの角度から物事を考えることができる」って思ったから。昔はただただ読んでただけ。書いてることに対して、すべて受動的になってた。


けど、今はたくさんの経験がある。この経験と照らし合わせて「あ、なるほどね」って思うことがあったから読んでみようと思った。


んで今回は「100万回生きたねこ
簡単に内容をまとめてみる。


あるところに100万回生き返ったオス猫がいた。死んでも死んでも生き返る。その猫は100万回違う飼い主にペットとして飼われたが、その飼い主がみんな嫌いだった。そう。自分が大好き猫。んである時、1匹のメス猫に出会う。その猫は相手を好きになり家族になって子供が生まれる。そして自分よりも家族が好きになる。


ってな感じの内容。これを自分なりに解釈してみた。


自分は「この猫は初めて自分なりに満足したんかな」って思った。
今までは自分が大好きで自分のために時間を使ってたんやと思う。そこでは満足ができなかった。でもパートナーや子供ができて人のため、家族のためっていう相手のための時間を作って、初めて自分なりの満足ができたんかなって。


自分も最近同じようなこと考えてる。
大学生活約5年間、ほとんど自分のために使ってきた。自分が楽しかったら何でも良いってずっと思ってきた。自分が友達欲しいからサークルに入ったり、自分が目立ちたいから1人でバックパッカーしてみたり、自分に自信をつけたいからキリマンジャロ登ってみたりとか。


もちろん全部楽しかった。あれもこれも全部いい思い出やと思ってる。周りの友達から褒められるしめっちゃ嬉しかった。
でも、心の中では自分で満足できてなかった。もっと面白いことがあるんじゃないんかなとかいっつも思ってた。そら、欲望とかは人間やから持ってるものやと思う。無くなったら人間じゃなくなるって思ってる。もちろん大切やと思う。
けど、自分が今までやってきたことは全て自分に対すること。主語が全部「自分が〜俺が〜」って。つまり全て自己満足。このままで良いのかなって。

自分は相手にどんな価値を提供できるんだろうか?」って最近考える。自己満足から相手が欲している事、もの、情報って何なんだろうかって考えるようになった。そうじゃないと社会では生きていけないと思ってる。


もちろん時間とお金を自分に投資することは大切やと思う。本買って読んだり、セミナーにお金払ってスキル身につけたりするのはめっちゃ大切やと思う。自分もめちゃしてた。でも自分はそこで止まってた。その知識、スキルを使って自分の達成感とか満足を得ることが目的になってた。そうベクトルが全部自分自身に向いてた。


そうじゃなくて、その知識スキルを活かして相手が喜んでくれて初めて幸せって感情が得られるってこの前わかった。でも今までのことはダメだとは思ってない。過去の経験があるから気付いたやと思う。今気づけてよかった。


んで、追加で言うと極端すぎるのが良くないと思った。
自分の自己成長、スキルアップ、余暇、とかに時間を使いすぎるなってこと。逆に相手のためだけに自分の時間を使いすぎることもあんまり良くはないと思う。バランス良くすることが大切。言葉で言うことは簡単やけど、実際に実行することは難しい。


でもこれからの社会を考えるとまた変わると思う。
自分的にこれからの社会は自分が好きなことをやれば良いだけの社会になっていくと思う。つまりオタクが強くなる時代。その行動に応援したいとか共感してお金が発生していくって考える。お金についての捉え方とか概念が変わっていく。難しい。


どれが正解とかはわからへん。けど言えることはある。
自分ためだけに時間を使っても自分は満足しない。相手のために時間を使うことも大切なんかなって実感した。


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