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主にネクラな日記を書いています。 たまにアニメや映画の感想。 ときどき小説、 まれに写…

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主にネクラな日記を書いています。 たまにアニメや映画の感想。 ときどき小説、 まれに写真。 https://twitter.com/helisIy

最近の記事

『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』を観ました。(ネタバレあり)

とりあえず今日観てきた感想は今日のうちに残しておこう。 観ました。観終わった。終わってしまった。 というのが一番の感想でした。 この映画を端的に一言で言うと「エヴァの卒業式」だったと思います。 『Q』から8年待って、人によっては14年、また人によっては25年。 エヴァンゲリオンという時代に乗り続けて降りられなくなってしまったオタクたちに与えられた卒業式。そんな印象を受けました。 「オタクは現実に帰れ」と冷たく突き放してしまった旧劇。 あれはあれで大好きなんですけど、や

    • 愚行権

      久しぶりに日記だ。日記。 10日くらいサボってたらしい。サボるのは得意だ。 いくらでも続けられる。 この空白は世の中の全てがどうでもよくなるターンが来たからだ。 誰でも多少はあると思うが、自分は結構極端で本当に何も手に付かない。 頭痛とめまいと過眠の三種のニート牛丼になって動けなくなるので、 とりあえず先週は出勤を最低限にして、薬を飲んでじっとしていた。 気分転換に公園とか行ってぼーっとカラスとか見てた。 いいなあ、カラスになりたいなあ。 写真は撮ってない。なんだか日常

      • 切り取られた『くたばれ評論家』

        ネットで有名な『エスパー魔美』のエピソードが無料公開されていた。 「ネットは切り取られの文化だ。」 人生の3/4くらいをインターネットで過ごしている僕は合言葉のようにこう言っているのに、僕も何度か引用したことあるこのエピソードを実は読んだことなかった。反省せねばなるまい。 だからちゃんと読んだ。よく出来た話だなあ。 よく切り取られるページだけ読むと、作家は公表した作品については何を言われても怒って泣き寝入りすることしか出来ないという側面しか伝わらない。しかし実際には批評家

        • 健康になりたくない

          健康を気にするってダサいですよね。 したくもない運動したり、わざわざ美味しくない味の薄いもの食べたり、規則正しい生活習慣のために決まった時間に就寝起床をしたり。 したくもないことをして代わりに健康という対価を得るって最早それは「労働」なのでは? 主は罰としてアダムに労働の苦しみを与えたって聖書に書いてあるし。 やらないに越したことない。 食いたい時に食いたいもの好きなだけ食いたい。 毎日毎日だらだらして寝たい時に寝たい。 しかし人間がそんな奔放が許される訳もなく、それ相

        『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』を観ました。(ネタバレあり)

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          主に電線と線路と夕焼け

          主に電線と線路と夕焼け

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          外出ついでに撮った何でもないいくつかの写真

          外出ついでに撮った何でもないいくつかの写真

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          みんなインターネットで怒ってる。

          仕事の愚痴というものをインターネットに出したことがないというのを謎にプライドとして持っています。 これはいくつか要因があるんですが、何より僕の仕事の愚痴なんて別に誰も興味がないというのが分かりきっているからですね。 裏を返せば世の中の人々の仕事の愚痴に対しては僕は一切興味がないってことなのですが。 何も仕事の愚痴が悪いってことを言ってる訳じゃないんです。 ただそれは仕事内でのコミュニティでやっとけ。 知らん内輪ネタすな。 って気持ちが強いのかも知れません。 僕にとっては

          みんなインターネットで怒ってる。

          大量の綾波レイに殺される側の人間

          『Air/まごころを、君に』の人類補完計画シーンの青葉シゲルを見ると漠然と僕も補完されたらこうやって死んでいくのかなと同情してしまう。 自分の欠けた心、例えば叶わなかった恋とか、死んでしまった伴侶とか、それぞれの想い人と一つになれて自己のATフィールド(他人と自分を隔てる壁)を消滅、つまり事実上の死を最高の形で迎える訳なんだけど、名前のあるモブキャラこと青葉シゲルだけは違った。 彼はただ大量の綾波レイに飲み込まれて恐怖の中死んでいった。 一人だけ惨めだ。もちろん綾波レイを

          大量の綾波レイに殺される側の人間

          過去は石の下からミミズのように這い出てくる。

          昨日ポケモンの映画がどこかでやってたらしくて、昔書いたポケモンの映画の悪口を沢山書いた記事が共有されたり、いいねされたりして毎回嫌な気持ちになっている。嫌というか恥ずかしいって話だが。 多分これからもポケモンの映画が流れるたびに誰かの目に触れることになるんだろう。過去は石の下からミミズのように這い出てくる。 前に僕は自分の文章は好きだという旨の発言をした気がする。 それは今の自分についてだけだ。過去の自分は嫌いだ。 ましてや2年くらい前の記事だ。もはや別人だろうそれは。 僕

          過去は石の下からミミズのように這い出てくる。

          ベルゼブモンみたいに美しくなりたい。

          ベルゼブモンにはブルーハーツがよく似合う。 不遜で高慢で孤独で 生意気で乱暴者で不器用で 強がりで恥ずかしがりで寂しがりで 捻くれ者で厄介者で嫌われ者で いつも孤独を叫んでいる。 ブルーハーツもそうだ。 いつも孤独を歌っている。 「気が狂いそう」だと。 ダークヒーローなんてカッコいいものでもない。 負けてばかりで失敗し続けて結局誰も救えない。 だけどたった1つ自分を信じてくれる人のためだけに闘える。 僕達のためだけのヒーローだ。 ブルーハーツもそうだ。 君と僕あるいは

          ベルゼブモンみたいに美しくなりたい。

          ホラーとSFのセカイ系『デジモンテイマーズ』観たよ。

          ここ一週間くらいかけて『デジモンテイマーズ』観終えた。 いや~~~~~マジで面白い。 間違いなく僕の感性に大きく影響を与えた作品だ。 前作、前々作、観てきてからのテイマーズは今までのシリーズとは設定を引き継がない新作だったし、少し毛色が変わってその雰囲気が凄い好きになった。 それはシリーズ構成の小中千昭氏の功績が強い。 知っていますか小中千昭。「小中理論」の小中ですよ。知らんか。 『邪願霊』『ほんとにあった怖い話』などのオリジナルビデオ作品で、のちに映画監督の中田秀夫や

          ホラーとSFのセカイ系『デジモンテイマーズ』観たよ。

          「ひぐらし」「うみねこ」問題

          毎週『ひぐらしのなく頃に業』が楽しみ過ぎる男。 そろそろ終盤が近いので考察も煮詰まってきて、今一番面白いコンテンツの一つであることは間違いない。 今回「ひぐらし業」の考察では同作者別作品の『うみねこのなく頃に』の設定が流用されているんじゃないかと語られることが多い。 ここで「ひぐらし」「うみねこ」問題について僕の思ってることを書きたい。 よく「ひぐらし」と「うみねこ」を表した言葉として ・ミステリーに見せかけたファンタジーが「ひぐらし」 ・ファンタジーに見せかけたミステリ

          「ひぐらし」「うみねこ」問題

          酔生夢死

          インターネットを見ていると毎日、毎日、毎日、毎日嫌なことがいっぱいあって、皆が何かに怒っていて、誰かが生き辛さを感じていて、絶叫がそこかしこから溢れ出てきます。 一億総メンヘラ社会です。みんながみんな疲れてる。 いや、疲れていない人はインターネットの表面には出てこないだけなのか? もしくは皆インターネットでは疲れたって言いに来てるだけか? たまにはこういうハックが登場したりもします。 ただしかし、通常でないメンタルの時に「こうすればいいですよ!」と言われても「そんなこと

          酔生夢死

          オタクなら解釈違いをすればいい。

          昨日語ったこと。ちょっと補足したくなったので続きます。 そもそもキャラクターってなんだろうということを考えた。 個人的な感覚としては、キャラクターはそれ単体として成り立つものではなく、その作品世界やストーリー、キャラクター同士の関係性から構築される相対的な存在だと捉えている。 元も子もないことを言えば、想像上にしかないフィクションの世界においてキャラクターが担う役割といえばストーリーを盛り上げるためのコマであり、視聴者や読者に消費されるための人形でしかない。それを言ってし

          オタクなら解釈違いをすればいい。

          推しってなんだ

          インターネットにしか居場所がないのに、インターネットスラングを嫌うどうしようもないヒネクレ人間なので、「推し」という言葉に未だに抵抗感を覚えている。 推しってなんなんだろうな。 多分、言葉として一度も使ったことがない。 最近では普通に日常会話でも聞くようにもなって、そのたびなんかモゾモゾしたりする。僕にとって、アレ特有のこだわりの強さが最も発揮されるのが日本語かもしれない。こんなあまりにも生活にありふれたものからいちいちスリップダメージを受けてたら、そりゃあ社会に適合出来な

          推しってなんだ

          日記についての日記

          日記を始めて1ヶ月経ちました。 いつも見ていただいている人にはありがとうございます。 という程他人の目を意識して書いている訳ではないですが…。 日記って基本自分語りですからね。 とは言っても何かを表現する以上は誰かの目に触れることを考えてはいるので、最低限文章を構成してぽたぽた打ってる訳ですが。 まあしかし僕の場合、日記を続けていくモチベーションは自分を語りたいという欲求は実はあまりないように思います。 一つは「自分の好きなものを共有したい」というのがすごく大きいです。

          日記についての日記