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好きなにおいの話

道を歩いていると、大好きな匂いが鼻をかすめる。
ふんわりしているのに、ちょっと焦げたみたいに温かくて優しい匂い。
この匂いを嗅ぐと、目には見えない小さなシャボン玉が頭の中でぽこぽこっと生まれて漂いだす。コインランドリーの前を通るのが私は大好きだ。

特に、夜に嗅ぐコインランドリーを通りすぎる時。仕事や遊びから自宅に帰る道すがら、洗剤と柔軟剤をたっぷり含んだ衣料品たちが乾燥していく、焼けるような粗い匂いがすると、私はこっそり、はっとする。不意にスマホから目を離し、ガラス戸越しにガラガラと音を立てるドラム式乾燥機をちょっとだけ見やってしまう。別に立ち止まるでもなく、中に入るわけでもない。ガラス戸の向こうでパイプ椅子に座って今日のものかも分からない新聞を読むおじさんや、スマホをいじりながら待っているお兄さんのことは知らんぷりして、てくてくと通り過ぎながら、私はコインランドリーから漂う心地よい空気を胸いっぱいに盗んでしまう。

自宅の洗濯機では再現できない、コインランドリーの大きくてメタリックなドラム式乾燥機の熱さ。その中でぐるぐると回りながら、ぱりっと水分を飛ばしていく洗いたてのTシャツやタオル。空間いっぱいに広がって、戸の隙間から溢れだすクリーンでベビーパウダーみたいな匂い。その場を通りすぎたらすぐに忘れちゃうくらいのさりげない幸福感に包まれる。あの瞬間が結構好きだ。