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《個人的まとめ》3.漢方薬が効く仕組み

漢方薬が効く仕組みも西洋薬が効く仕組みも体の側から見れば、基本的には同じで、身体に吸収された成分が、化合物を受け止めて信号を出す受容体や、酵素や病原体に対して作用することが、「薬が効く」ということである。逆に言えば、そういう作用をする化合物を「薬」と読んでいるわけである。
しかし、漢方薬と西洋薬には、成分の構成と、身体への吸収のされ方、「効く」ということの作用の仕方に違いがある。

受容体と作用

薬というのは、細胞にある受容体という部分に結合して、受容体から細胞に信号を送り、何らかの結果を引き起こすものということができる。基本的には一つの種類の受容体には一つの種類の化合物しか結合することができない。しかし、中には似た形の化合物が結合してしまう場合がある。この場合は、ある化合物の働きを抑える、あるいはある化合物の偽物として働く。

薬が効く仕組み

西洋薬の場合は、単一の化合物でできており、ある特定の受容体(場合によっては酵素や病原体)に直接作用することで効果を発揮するのが一般的である。つまり西洋薬は、病気の原因を直接、ピンポイントで攻撃するのである。
一方、漢方薬の場合は、様々な薬効成分が含まれているので、神経系や免疫系、内分泌系といった生体の様々な作用点に対して、あるいは細胞の複数の受容体に同時に働くことで、多面的な作用を示すと考えられている。
咳を抑える「麦門冬湯」という漢方薬では、肺の中の肺胞を保護する肺サーファクタントという物質を出す3 つのメカニズム(cAMP/PKA 、DAG/PKC、Ca2+/CaMK)に同時に作用し、相互作用によって反応を起こしていることが明らかにされている。西洋薬の場合には、どれか一つのメカニズムにのみ作用するのだか、「麦門冬湯」は3つに作用してはじめて効果が現れるので、実験的にどこか一つのメカニズムを働かないようにすると、効果が現れないことが確かめられている。

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「こむらがえり」を抑える「芍薬甘草湯」では、グリチルリチンとペオニフロリンの相互作用によって、筋肉の痙攣を抑える作用が現れることが確認されている。また「芍薬甘草湯」は、漢方薬には珍しく、きわめて即効性があることでも知られている。
また、漢方薬は生体に重層的に作用してバランスを快復するという方向性の違いがある。
たとえば、むくみなどをとる「五苓散」という漢方薬は、尿の量を増やす利尿作用があるが、これはむくみがある場合にだけ作用し、絶水状態で使用しても作用しない。しかし、これが西洋薬の利尿剤フロセミドだと、むくみがある状態でも絶水状態でも作用する。

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フロセミドが、腎臓から膀胱へいたる尿管の途中にあるヘンレループでのNa+(ナトリウム)などの再吸収を阻害する。ナトリウムと水は一緒に移動する性質を持つため、ナトリウムが吸収されると水も同じように血液中へと吸収されるので、ナトリウムの再吸収を阻害すれば、尿管を流れる原尿から血液への水分の移動も阻害されて、尿量が増えるのである。むくみがあってもなくても、この尿管での再吸収は行われており、フロセミドはそれを止めてしまうため、むくみの有無に関係なく尿量が増えるのである。
それに対して「五苓散」は、まったく違う働きで尿の量を増やしている。細胞膜の上にはアクアポリンという水を通すトンネルを作っている分子があり、これに作用していると考えられている。
むくみが起こるような場合、バランスが崩れて、アクアポリンが行ってはいけない方向へ水を通してしまっていると考えられる。つまり異常な水の流れが生じている。「五苓散」は、このアクアポリンを阻害して、行ってはいけない方向へ水を行かせにくくするのだろうと考えられている。本来流れてはいけない方向へ流れている場合をとめるので、異常な流れがない場合には効かないのである。

漢方薬の吸収

どんな薬であっても、そもそも身体に吸収されなくては効果は現れない。ほとんどの場合は血液中に成分が入ることを「吸収」と考えてよい。
西洋薬の場合は、口から飲む(経口投与あるいは経口摂取という)場合と、注射による場合がある。注射の場合は、直接血液中に成分を入れるのであるから、非常に効果が現れるのが速い。
さて、漢方薬の場合も吸収されて始めて効果があるのは同じであるが、漢方薬はそのすべてが経口投与である。そのため、たいていの場合は、小腸で吸収されて血液中に入り、肝臓で化学変化を受けて、心臓に行き、そこから全身にいきわたる。この経路自体は西洋薬でもほとんど同じである。ただし、西洋薬の場合はほぼ成分が変化せずに目的地まで達するのに対して、漢方の場合は、化学変化を受けてはじめて、有効な成分になる。
漢方薬の成分の多くは、薬効成分に糖がついた配糖体という水に溶けやすい形になって腸まで届く。しかし、このままでは薬効を発揮することはできない。腸内細菌の中の資化菌(配糖体の糖を食べて増殖する菌)が配糖体の糖を取り外すことではじめて活性化し薬効を示す。たとえば、甘草という生薬に含まれているグリチルリチンは、腸内細菌によって加水分解されて、有効成分であるグリチルレチン酸に変化する。

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グリチルレチン酸が血液中に吸収されてはじめて抗炎症作用を発揮する。また下剤として用いられる大黄の主成分であるセンノシドはそれ自体では実は下剤としての効果はなく、また腸内細菌を無くした動物でも効果が現れないことがわかっている。腸内細菌によってレイン・アンスロンに代謝されて始めて効果が現れるのである。(シンノシドのブドウ糖残基は人の消化酵素であるαグルコシダーゼでは切れない。)

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このような腸内細菌による代謝によってはじめて薬効成分となるものが、かなりの数報告されている。これは漢方薬が西洋薬と異なる、大きな特徴の一つである。
ただし、漢方薬の薬効成分には、腸内で代謝を受けずにそのまま吸収されて薬効を示すアルカロイドや、鼻や舌を刺激して、神経を介して薬効を示す精油成分や苦み成分もあり、これらは即効性もある。風邪などに用いられる「葛根湯」に比較的即効性があるのは、生薬の麻黄の薬効成分エフェドリンはアルカロイド系であり、桂皮の薬効成分桂アルデヒドやオイゲノールは精油成分であるためである。
現在、腸内細菌の様相は「腸内フローラ」として注目を集めているが、年齢、性別、食事や睡眠などの生活習慣、薬物や細菌による汚染、ストレス、気象や環境などの条件によって大きく変化することが知られている。つまり、個人の健康状態に大きく左右されるということである。これは現在では、漢方の診断の大きな特徴である「証」とも関係していると考えられている。つまり、「証」が合わないから効かないというのが、実は腸内細菌によって薬効成分に代謝されないので効かないということであるという側面があるということである。
また、漢方薬の中には腸内細菌の活性に影響を与えるものがあることも分かっているので、そうした漢方薬の投与によって、腸内フローラを正常な状態に戻すことで、治療に役立てることができるのではないかとも考えられている。

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