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カシュガル民宿街──作られた旅情

 最近、新疆ウイグル自治区に徐々に日本メディアが入るようになり、様変わりした新疆の様子が話題になりつつある。
 私自身、少し前に書いた2本の旅行記(下にリンク)や、旅行の振り返りが好評を博したりと、新疆を巡る情勢は日本が取り上げる中国ニュースの中でもホットな話題と言えるだろう。

 そしてつい先日公開されたこの記事は、ウイグル自治区のカシュガル市内に設けられた民宿街について触れていた。
 旅行記を見ていた方は分かると思うが、私がカシュガルで泊まったのはまさにその民宿街だったのだ。

黄色の都市、瑞々しい緑

朝のカシュガル老城。まさにオアシス都市の様相を呈する。

 カシュガル駅から老城に入った時、真っ先に思ったのが「本当にこのような綺麗なオアシス都市があるのか」という印象だった。左右には綺麗な砂岩のような建物が並び、瑞々しい街路樹の緑が良いアクセントになっているその通りは、まさにゲームで見るようなオアシスの国という具合だ。
 泊まった宿は名前に民宿を冠しており、そのすぐ近くにも複数の宿があった。値段はおおよそ200-300元を推移する感じだろうか。
 宿に着くと、若い女性のスタッフが笑顔で奥から出てきた。その日の宿泊客が私しかいないのか、台帳を見ることなく名前を確認し「日本人?留学生なの?」という風に少し盛り上がった(この頃の中国は大体若い外国人は留学生と言われがちだった)。

幾何学模様で溢れるベランダが美しい。
吹き抜けの真ん中には木が植わっている。

 建物の中央が吹き抜けになっており、部屋は3階の端に面していた。少しレトロな感じになっている淡い色使いの宿の3階の部屋の前にはテーブルセットがあり、そこで風に当たりながら休むこともできる。
 シャワーとダブルベッドだけの簡単な客室は、確かにホテルと言うには格が少し劣るが、この街並みの中の宿と思えばむしろ有り難いようなコンパクトさだった。

汚れなき都市へ

大通りなどこもこのような感じだ、

 ホテルに荷物を置いた後は早速旧市街を散歩することにした。旧市街とはいえど、カシュガル老城と呼ばれるここは全てがリノベーションされている。迷路のような民宿街を抜けるとすぐに市街の大通りに出た。

音楽が演奏されるレストラン・喫茶は多い。

 ──ここの眺めを私は忘れることはないだろう。左右には露店が並び、Y字路の真ん中のレストランの2階ではウイグル族だろうか、民族楽器を奏でる音が市街のBGMとして調和している。そして露店商の掛け声がメロディとして街に溶け込むのだ。──

通りの真ん中に露店市場。
このようにドライフルーツを専科で扱っていた。

 カシュガル老城はその街のほとんどが観光客のために整備されている。お土産屋の数は中国のどの都市でも見たことないくらい整備されており、値段もそこまで大きな開きはない。
 工房街や屋台街など多種多様なゾーンがあり、また民族衣装をレンタルできるお店も多く、漢族の顔立ちをしたカップルなどが利用していた。

消えゆく郊外の歴史

郊外にも色々バザールがある。

 老城の外に出て、川を越えると地元向けに開かれたバザールに突き当たる。ここは主に衣料品や食器などを扱う店が大変多く、とくに食器店なんかは観光向けじゃないがウイグルらしい業務用の物を多く扱っており、好きな人には好きだろう。
 あと何と言っても、このバザールには絨毯を扱う工房が幾つかある。当地の絨毯は高品質でありながら比較的お手頃で、自分用のお土産には最適だろう(工房で作っていることもあり、いわゆる"再教育施設"で作られると噂されるものの種類なのかは判断しづらいが)。

 そしてこのバザールの近くには、"汚れなき都市"の実装を垣間見えるエリアが存在した。コロナ前の観光ガイドブックに載っている"高台民居"。
 ウイグル族の生活空間がそのまま残るとされていたこの場所は、23年現在、まさに重機によって取り壊されつつあり入口も工事のために白の囲いによって封鎖されていた。

 かつての歴史がまさに壊されんとする一方、その向かい側には漢族の観光地となった新たな老城が位置するという在り方は、まさにカシュガルの今を象徴しているようだった。

作られた旅情、表面的になるウイグル

 カシュガルなど、ウイグルの歴史ある街の旅情はもはや当局による"完璧な計算"のもとに作り直されていた。あの都市は今後、(特に中国人にとって)手軽に冒険者のような気分を味わえる観光地になっていくのだろうと感じる。
 そして外国人がここを一度訪れれば、精巧に作られた旅情を演出する装置と、そこで得られる経験が「ウイグル自治区は西側のいうような場所ではない」という言葉と共に外に拡散されるだろう。

 それほどまでにウイグルという土地は当局の手が入り、どんなに許し難い人権侵害・文化的ジェノサイドが行われていることを知っていたとしても、滞在中にそのような側面を実感することは本当に難しいだろう。

 ウイグルの主要都市に、もはや深入りするようなディープな良さや歴史は存在しない。そこにあるのは全てが表面的になり、作られた旅情で満足できるテーマパークなのである。

作られた旅情とはさもありなん。



【お知らせ】宮塚コリア研究所に登壇致します。

 さる7月22日に甲府で行われる予定の「宮塚コリア研究所創立10周年記念講演会」に(あくまでも前座ではありますが)登壇します。メインは聖学院大学教授の宮本悟先生による講演で、私自身も非常に楽しみにしております。
 当日はまだ文章などで発表していない、図們や延吉などの中朝国境地帯の報告を行う予定です。当日参加される方、是非よろしくお願いいたします。

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