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【AZアーカイブ】ゼロの蛮人(バルバロイ)第五話

鎖に繋がれたトラクスは……いつも叩いてばかりの私を、きっと恨んでたんだろうな……何とか脱出しようとして私を人質にして……

とうとう脱出して、盗賊になって……

でも屋敷に忍び込んだところを、父様に見つかって……
ああ……何て事をするの、トラクス……

父様が死んでしまった………ああ……母様や、お姉様たちまで……
私の……私の家族が死んだのは………私のせい………

私のせいだ……! 私が悪いんだ……!
こんな事になるなんて…… ご主人様に受けた恩を……
仇で返すなんて……

「……え?」
何かがおかしい、全てがおかしすぎる。これは夢だ。疲れているだけだ。

私――――ルイズ・フランソワーズは、また目を覚ました。今度は薄汚れた部屋の、低く汚い天井だ。
「そ、そうよね! 私の家族が、ラ・ヴァリエール公爵家ともあろう名家が、そんな簡単に……父様も母様も、とってもとっても強いメイジだし! なにより王国随一の権勢!! だ~れが、ああああんな外道蛮人(バルバロイ)一匹相手に、かすり傷でも負うもんですか!!」

そうだ。ちょっとばかり油断してこんな事になってしまったが、絶対に誰かが助けに来てくれる。愛娘の危機を救いに来ない親はいないし、許婚のワルド子爵はグリフォン隊の隊長だ。学院からも絶対捜索隊が派遣されている。忌々しいツェルプストーは来るな……でもやっぱり来て。

第一、王女アンリエッタ様は幼馴染だ。国が動いてくれる。これは必ずだ。トラクスはすぐに包囲されて十字架に逆さ磔の刑だ。ざまあみろ。愛と友情と権勢は無敵だ。

「……せめて、タバサと二人で脱出できればいいんだけど……」
杖は没収されたままで、爆発を起こすことさえできない。情けない。
トラクスが隠れ家にしたのは、地下の石牢みたいな部屋。誰が置いたのかそれなりに家具はあるし、奥にはトイレも完備してある。でも狭いし汚いし、寒い。
「こんな置き手紙して~、ミス・ロングビルも悠長なんだからッ」

《ちょっとトラクスに連れられて、食事を探してきます。朝までには必ず戻るから、このパンとスープを食べて、もう一日お休み下さい。どんなことがあっても希望を捨てず、頑張りましょう。  ―――ロングビル》

「……冷えてて、硬いし、味が薄いわ。こんなの食べられない!!」
「おなか、空いた」

ぬうううううう! おおおお!! うらああ!!
貴族の屋敷、その豪勢な寝室。中年貴族はメイジの誇りである杖を振るい、魔法の水の刃が侵入者を襲う! だがその魔法は、黒髪の蛮人戦士が構えた剣に、全て吸収される!!

くそァ!! 私がこんなところで! 虫ケラどもの手にかかるなどありえん事だ!!」「この私が!! 『波濤』のジュール・ド・モット伯が!! こんなわけのわからん戦いにつきあえるかァ!!」「無知蒙昧なきさまら蛮人は、我々貴族に常に教えを乞わねばならんのだ!」「きさまらは、我々が導いてやらねば何一つ……がふっ」

ザン、と肉と骨を絶つ音がし、騒ぎ立てる貴族が永久に黙る。首が転がる。
「けっ、うるせええええんだよ腐れ役人が! さっさとカネ出しゃあいいんだよボケ。おおおおい、そっちはどうだァ!? ロングビル」
また五月蝿い奴が騒ぎ立てる。デルフだ。トラクスは多少返り血を浴びているが、受けた傷はない。フーケは財宝を見つけ、嬉しそうに笑う。
「うふふふふふふ、あったあった! こんなに貯めこんでやがったよモット伯の野郎! セクハラ親父め、近在の娘どもを集めるばかりでなく、随分私腹を肥やしてやがったねェ」

土メイジだからか女だからか、フーケは職業を抜きにしても財宝が好きだ。
「どお? あんたのいたトラキアだかスキタイだかには、こんなすんごい黄金の装飾品とかないでしょ」
「……ある。たくさん、綺麗な黄金。細工物、とても細かい。ライオン、グリフォン、イノシシ」
「そおなの? 蛮人のくせに、凄いわねえ」
スキタイ文化の芸術品は、極めて洗練された黄金の装飾品が代表的だ。

「さ、衛兵が集まってこないうちに、帰りましょ。《土くれのフーケ、黄金の胸飾り他を頂きました》っと……」
フーケはモット伯の死体を壁に魔法で埋め込み、血液を床に吸い込ませる。
そして天井に穴を空け、トラクスと共にふわりと飛び出す。財宝はこれまた屋敷の床や壁を通り抜け、外の地面で待っているゴーレムの掌に落ちる。掌は握られてズズズと沈み、降り立つ二人についてくる。
「よっし、任務完了。お土産に、このモット伯の夜食を持って帰ってあげようかねェ。きっと、二人ともおなか空かしてるよ」
サンドイッチとワインの入った籠を抱えて、フーケがいい顔で微笑む。

返り血や身体の汚れを川で洗い流し、トラクスは体を拭く。スキタイ式のサウナ風呂が懐かしい。フーケはまだ胸飾りを見てニヤニヤしている。
「ねえトラクス、スキタイのことをもっと聞かせて? 興味が出て来たの。ほらデルフ、きちんと通訳してね」
「……いい。俺が話す、方が、言葉練習、できるから。大分、上手なった」
「じゃあ、さっき言ってた金銀財宝について聞きたいわ。どんなの?」
デルフとボソボソ相談しながら、トラクスは訥々と語り出した。

「……昔、スキタイの中に、強い王様いた。カネたくさん、財宝たくさん、女たくさん。王様、一人息子いた。美しい姫様、息子の嫁にする、予定」
「ふぅん。あたしは結婚する気はないけどね」
「婚姻の宴で、王様と息子、自慢した。領地、家畜、財宝、力、女、食べ物。たくさん持っているほど、偉い。末の席に、貧乏なスキタイの若者、いた。何持ってる、王様聞いた」
「…………?」

「土地ない、財産ない、家族ない。友達いる。死んでも一緒の仲間。これが、宝、と。王様、笑った。皆笑った。馬鹿にして、笑いものにした」
「…………」
「若者、姫様を見て、惚れた。皆に笑われて、怒った。誇りとか名誉、スキタイの宝。それで若者、友達集めた。たくさん。それで、王様と息子、殺した。姫様と王国、自分たちのものになった。強いこと、王様のあかし。皆従った」
野蛮だ。だが、一理ある。

「財宝ある、とてもいい。友達いる、もっといい。最後に勝つ」
「げっひゃひゃひゃ、そうそう! 俺様みたいないかした仲間が、王様の首をちょーーん、よ!そしたらなあんでも手に入るぜええ! 国を治めるのは面倒くせえけどなァア!!」
デルフが雰囲気を台無しにする。文明国で、そうそう簡単に国を乗っ取れてたまるか。

……ん、国を乗っ取る、と言えば……?

翌朝早く。トリステイン魔法学院。
オオオオオオルド・オスマン!!! 娘はどこだああああああ!!
「僕のルイズは、どうなったんです!!?」
ばーーーーんと学院長室の扉が開け放たれ……もとい破壊され、二人の髭の男が入ってきた。
「む、貴様はワルド!遅いわ!! お前ごときに可愛いルイズは渡せんな」
「義父上! 僕が必ず、蛮人の手からルイズを取り返して、ごべッ」

ルイズの父、ラ・ヴァリエール公爵は、閃光のようにワルドの顔面を学院長室の机の角に叩き付けた。
「おらん!! くそっ、逃げおったな!!」
公爵はダッと窓から外に飛び出し、魔法で空高く飛び上がる。
「くぉらああああああああああ!!!!! このラ・ヴァリエール公爵から、逃げられると思うなァ!!!」
「げぇっ、公爵!! お許しを!!」
「逃がしません事よ、オールド・オスマン」

飛んで逃げ出すオールド・オスマンの前に、マンティコアに乗った女性が立ちはだかる。ラ・ヴァリエール公爵夫人、『烈風カリン』ことカリーヌ・デジレだ。静かに怒りのオーラを放っている。
「さ、学院長室へお戻り下さい。そこで簡潔に、話を聞かせて頂きますから、ね」
「は、はひ……」
人生終わった。オールド・オスマンは、確かにそう思ったという。

学院長室には、なぜかキュルケもいた。タバサも自分の部屋から消えていたという。トラクスがらみだ、そうに違いない。直ちに指名手配書が作られ、そちこちに貼りだされる。王室からも公爵家からも、もちろん学院からも(かなり尻込み気味の)捜索隊が出される。

蛮人トラクス包囲網は、敷かれつつあった。

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