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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国外典・タバサ書 第三章 霧の中のタバサ(後編)

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ガリア王国の山中、霧深いサビエラ村に潜んでいた吸血鬼の少女エルザ。彼女が出会ったのは、異世界から来た吸血鬼、『霧の中のジョニー』! 村を守るタバサや鬼太郎を出し抜き、村人の血を吸うために、二人の吸血鬼は手を組んだ!

使い魔くん千年王国・外典 タバサ書
第三章 霧の中のタバサ(後編)

『……さてエルザ、その前に数滴でいい、きみの血液を私に注いでくれないか。このままでは話がしにくいからね』

ジョニーに請われるまま、エルザは自分の掌に爪で傷をつけ、血を数滴彼の遺体に注いでやる。するとジョニーの焼け爛れた顔は、蒼白い生前の姿を取り戻した。異様な垂れ目で口は耳まで裂け、牙が並んでいる。そこへ人魂がすうっと入っていき、ジョニーは肉声で歓喜の声をあげる。

「ひゃあぁーうんめえ、生き返るぅ~~!!」

吸血鬼とはいえ、正真正銘の処女の血だ。同族の遺体に生命を与えるぐらいの力はあるらしい。とはいっても、顔が元通りになり、指先が動くようになった程度だったが。

「うむ、有難う! ではさっぱりしたところで、ひとつ私の話を聞いてくれ……」

ジョニーは、かつて世界各地を荒らしまわった大物吸血鬼であり、ギターの音色で他者を操る魔力を持っていた。日本の名士を総なめにする『1000人吸血プラン』を立て、時の首相を襲ったこともある。だが墓場鬼太郎と目玉の親父、ねずみ男らの協力によって、彼は燃え盛る家屋の下敷きになって死んだ、はずだった。

「……私はその時、最期の力を振り絞って、異世界への扉を開いたようなんだ。文字通り『火事場のクソ力』というやつだったんだろう。ともあれ、それがここだったのさ。でもあまりに山奥で、血を吸って負傷を回復することもできなかった……。結局力尽きてしまい、自分で墓穴を掘り墓碑銘を刻んで眠りについたんだ。幸いにもギターは手元に残っていたから、たまに念力で弾いてみては仲魔を呼んだりもした。人魂も飛ばしてみた。ようやくきみが呼び掛けに答えてくれて、とっても嬉しいよエルザ!」

エルザは思いがけず強力な味方を得たと分かって、にたっと笑う。
「なるほどミスタ・ジョニー、いいえマスター・ジョニー、あなたは異世界の優れた吸血鬼なのね。私と協力して傲慢なる人間どもを殺戮し、あなたの計画していた『1000人吸血プラン』を再開しましょう!」
「おおエルザ、嬉しいこといってくれるじゃないの、キキキキキキ! ……それより、ミスタやマスターなんて他人行儀な呼び方をせず、『パパ』と呼んでくれないかナー」
「あの村を食い尽くしたら考えておくわ。まずはこのギターの使い方を詳しく教えて、マスター」

ジョニーはちょっと残念そうだ。ひょっとしてロリコンなのか?

「寝転がったままで悪いが、それじゃあ『基礎吸血学』から始めようか。えー、我々吸血鬼にとって、血液とはただの食糧ではなく、獲物の生気そのものでありまた魂の通貨であり……」
「マスター、そういうのはあとでいいから、ギターの使い方を教えてよ。私だって一週間も血を吸ってないから、お腹が空いてんのよ。喉が渇いてんのよ」
エルザは頬を膨らませてブーたれる。ばかに話の腰を折ってくれるじゃないか。

「ああ、分かったよエルザ。追い追い教え込むとしよう、エリート吸血鬼の生き方というものを。で、そのギターだが、きみにはちょいと大きすぎるようだね」
「私の体は人間で言うと5歳の幼女なんだもの、抱えあげるのが精いっぱいよ。もうちょい小さくなんない?」
「じゃあ私の魔力で縮小するから、もう少し血を分けてくれよ」

ジョニーの魔力により、大きなギターは小型のウクレレぐらいの大きさにまで縮む。
「……うん、このぐらいなら丁度いいわ。今夜はみっちり特訓して、明日の夜から狩りを始めるわよ!」
エルザも気に入ったようだ。バラランとギターをかき鳴らし、メロディらしきものを奏で出した。

♪バランバラン ボロンボロン バンバラバンバラバンバ バババババン

無数の蝙蝠がメロディに会わせて舞い踊る。なかなかスジがいい。ふと、エルザがあることを思い出した。
「ところで、マスターはキタローってガキにやられたそうよね。屍人鬼(グール)からの情報だと、そいつが今サビエラ村に来ているみたい。タバサっていうメイジの従者らしいわ」

「げええっ、鬼太郎が!? ああ、そいつとは決着もつけたいが、正直あんまり関わりたくないな。メイジの方をおびき寄せて、始末しちまおう。鬼太郎は寝かせておいてね」
鬼太郎と聞いただけでジョニーは怯える。よほど酷い目に遭ったようだ。
「使い魔は風竜らしいし、姿は子供でも結構強敵ね。まあメイジなんか、杖さえなけりゃあどうってことないわ! そいつの血をたっぷりと吸って、半分マスターに捧げましょう! ケケケケケケ」

ともあれ、ジョニーの指導のもと、エルザの一夜漬けギターレッスンが始まった。ちなみに近世欧州にもギターはあったが、ギターラ、キタローネ(!)、テオルボ、ビウエラなどと呼ばれていたようだ。ギターの語源はギリシアの小型竪琴「キタラー」だが、中東のリュート(ウード)がいわゆるギターや琵琶の起源らしい。……ま、どうでもいいことだが。

(カインの子孫)レメクは二人の妻をめとった。一人はアダ、もう一人はチラといった。アダはヤバルを生んだ。ヤバルは家畜を飼い天幕に住む者の先祖となった。その弟はユバルといい、竪琴や笛を奏でる者すべての先祖となった。チラもまた、トバルカインを生んだ。彼は青銅や鉄でさまざまの道具を作る者となった。…さて、レメクは妻に言った。「アダとチラよ、わが声を聞け。レメクの妻たちよ、わが言葉に耳を傾けよ。私は受けた傷の報いに男を殺し、打ち傷の報いに若者を殺す。カインのための復讐が七倍なら、レメクのためには七十七倍」
旧約聖書『創世記』第四章より

翌日。サビエラ村には昨夜、吸血鬼の襲撃はなかった。タバサと鬼太郎の作戦が功を奏したか。だが吸血鬼の襲撃は、およそ一週間の間隔をおいて、だ。エルザという行方不明の少女が吸血鬼の餌食になっていたとすれば、あと四、五日もすれば再び犠牲者が出るかもしれない。

タバサは数日徹夜しても平気だが、朝に弱い鬼太郎と目玉は寝床でグーグー寝ぼけている。朝に強い妖魔や幽霊は聞いたことがないから、まあよかろう。昼のうちは吸血鬼も来ないだろうし。

家の外に座り込んで思案するタバサのそばへ、若い男が寄ってくる。
「いやあ、お陰さまで吸血鬼はやって来ませんでしたね。御苦労さまです騎士さま」
「まだ一日目、油断は禁物。……あなたは?」

「ああ、俺は薬草師のレオンってもんで。若い衆のまとめ役をやらせてもらってます。しかしあのキタローさんって従者さんは、幽霊まで使えるんですねえ!」
「朝になれば墓へ帰って行くから、昼間は虫に監視を任せている」
「虫、ですかぁ? でもまあ、吸血鬼もあんまり厳重に見張ってたら、よそへ行っちまうかも知れませんね。幽霊や虫の監視に気付いてたら、ですけど」

タバサは、じっとレオンの首筋を見る。傷跡はないが、用心に越したことはないだろう。
「あなた達は、それでも構わない?」
「いやまあ、よそでまた村人を襲う危険性もあるし、ここで根を絶っておいた方がいいでしょうねえ」
「じゃあ、あなたが今夜、吸血鬼をおびき出す囮になる?」

レオンは苦笑いを浮かべる。
「うへっ、そりゃあちょっとねえ……確実に吸血鬼を倒せるってんなら、ですが、俺にも妻子があるもんで」
「それなら私か、誰か村娘を使う。私の実力なら、普通の妖魔であれば倒す自身はある」
「おお、頼もしいお言葉! 俺たちも警備に当たりますんで、よろしく頼みますぜ」

その夜。タバサは大きな方の杖を鬼太郎に預け、懐に小さな杖を隠して、村の周りを見回ってみる。幽霊たちは鬼太郎の近くに集め、人間による監視も緩くさせた。囮作戦の開始だ。そう、幽霊は、今はいない。いないったらいない、幽霊らしきものが見えたら気のせいだ、幻だ。タバサは自分にそう言い聞かせつつ、外見は平静を装って歩く。

♪チャランポラン チャランポラン ジャンジャンジャンガモンガ

「!!! !! !」
突如聞こえてきた音色に、タバサの総身の毛が逆立つ。何だこれは、ギターかリュートか? 妙に背筋に響く、異様なメロディだ。妖気を感じたか、頭頂部の毛が房になり、アンテナのように立った。しかし声が出せないし、体も思うように動かないばかりか、音色の方へふらふらと吸い寄せられていく! その上、見張りの男たちも次々と倒れ、眠り出したではないか!

…………まずい! これは、これは吸血鬼の罠だ!! こんな能力があるなんて、あの本には書いていなかった!

タバサはずんずんと森の中へ歩み入り、欝蒼と樹木の茂る小高い丘の上におびき出される。村からはかなり離れてしまった。かなりまずい。

「うふふふふ、来た来た、来やがったよ! あーーっはっはっは、ちょろいちょろい!」

木の上で、エルザはギターをかき鳴らしながら高笑いする。面白い、餌が自分からアギトに飛び込んで来るとは!どうせ囮のつもりだったんだろうが、有り難く生き血を啜らせていただこうじゃないか!

♪ババババン ジャガズガジャガズガ ジャガジャガジャガジャガ

曲が変わり、無数の蝙蝠がタバサに襲いかかる! しかし吸血が目的ではない、彼らはロープを持っている。蝙蝠がタバサの周りに集まってぐるぐる回ると、たちまち雁字搦めに縛り上げてしまった。

「……さ、これであいつは、手も足も出ないね。杖を隠し持っていたって、これじゃあ役に立たないし! そいじゃあ美味しいディナーを楽しもうかしら。マスター・ジョニーにも半分ぐらいは残しておかないとね!」

ギターの音が止み、ふわりとエルザがタバサの目の前に舞い降りた。耳まで裂け、牙の二つ並んでいる口の端を目いっぱい吊り上げ、目を細めて間抜けなメイジを嘲笑う。ネコ科の肉食動物を思わせる、凶悪な『捕食者』の笑みであった。

「よくひっかかってくれたわねえ、おバカな人間さま。親がメイジに狩られちゃったから、あんたらは嫌いなのよ」
「……あなたが、吸血鬼。名前はおそらく、エルザ」
「そーよ。一年ぐらいお世話になったかしら、あのお人好しの村長。いい隠れ蓑だったわ。結構『餌場』を確保するにも苦労してんのよ、そろそろ新しいのを見つけないと。まずはあんたを殺して、風竜とキタローってのを始末して、サビエラ村を地図から消してやるわ。……うーん、でもあんたを新たな屍人鬼にして、内部から崩壊させた方が手っとり早いかしら?」

「では、今の屍人鬼は?」
「ああ、気付かなかったのね。薬草師のレオンがそうなの。傷跡はだいぶ前に薬を塗って塞いであるわ。お陰さまであんたたちの作戦は筒抜けよ。ざまーみろだわ!時間はあるし、じっくりと仲魔を増やしていって、いずれガリア王家の連中だって私の餌食にしてやるさ! このギターの術があればねえ! ケケケケケケケケケケ」

タバサは、冷静にエルザを見極める。狡猾な奴だが、この術は普通の吸血鬼にはありえない。どこかに仲魔がいるのか。この術を教えた、より凶悪な吸血鬼が!

「さあて、おしゃべりは終わり。いっただっきまーーーー………」
させんぞい、吸血鬼!

甲高い声とともに、タバサの髪の中から目玉の親父が飛び出し、エルザの開いた大口へ飛び込んだ!

「ううっ!? かっ、こ、こいつ!」
「このギターの術は、吸血鬼ジョニーが使っておったやつじゃな! どこぞにあやつが生き延びて、隠れ潜んでおるんじゃろう!? 案内してもらおうかの!」

小さくなったとはいえ、幽霊族の生き残りたる親父の妖力と生命力は凄まじい。彼が他者の体内に入り込めば『憑き物』となり、たちまち肉体や脳に取り憑き、自在に操ってしまう!

「げーーーっ畜生、出ておいき、この目玉!」
ぺっ、と親父はあっさり吐き出され、踏み潰される。だがさっきのおしゃべりの間に、親父はタバサのロープに刃物で切れ目を入れておいた!すかさずタバサは縄目を抜け、懐から杖を取り出して構える!

「招待に感謝する、エルザ。『エア・ハンマー』!!」

ごおおっ、と風の槌が飛び、エルザの小さな体を樹木の幹に叩きつける!
先住魔法を使われると厄介だ。続けてタバサは『エア・カッター』を放ち、エルザの両手首を切り落とす! 小さなギターが地面に叩きつけられ、耳障りな不協和音を奏でて壊れた。

「さようなら、エルザ。その前に、あなたの仲魔の居場所を教えて」
「……タバサおねえちゃん、こんなかわいい、幼い少女を殺してもへいきなの? 私たちだって、生きるために仕方なく、蛭や蚊や蚤や悪い政治家みたいに人間の生き血を吸わなくちゃいけないんだよ? かわいそうって思わない? ねえ、ひょっとしてオニ? あくま? きゅうけつき?」

エルザはわざとらしく悲しそうな声で命乞いをし、笑う。タバサは答えず、倒れたエルザの脇腹を強く踏みつけた。
「教えなさい、エルザ。教えてくれたら、楽に殺してあげる」
「………けっ、誰が人間なんぞに教えるもんですか! でも、どーせ『彼』は死にかかってるわ! さっさと私を殺さないと、屍人鬼のレオンが村で暴れ出すわよ? いや、もう暴れてるかなあ? 村人はほとんどおねむのはずだもんね、キャハハハハハハハ」

「『ジャベリン』」

ぐちゃ、と音がして、エルザの心臓が氷の槍で串刺しにされる。続いて頭が、そして体中が。

「蛭も蚊も蚤も、人間にとって害虫。私は人間、人間に害なすものは殺す」
青い髪の小さなメイジ、『雪風』のタバサはそう呟いた。気絶した目玉の親父を拾い上げ、頭に乗せてやる。夜が明けてきた、吸血鬼退治はひとまずこれで終わりとしよう。

タバサはエルザの死体に土を撒き、『錬金』で油に変えると、『発火』で火をつけて火葬した。レオンもこれで、屍人鬼の正体を現して死ぬだろう。あとは村に戻り、後始末をせねば。

「エルザ、お人好しの村長には、あなたが吸血鬼だとは告げない。あなたは森で死んだ、それだけのこと」

その後、翌朝。
タバサと目玉の親父は「吸血鬼は退治した」と村長に告げ、正体を現して悶え死んだレオンにトドメを刺して火葬する。村人たちは歓声を挙げたが、鬼太郎とシルフィードは「あまり活躍できなかった」と嘆いた。

「いやあ、流石でございましたなあ騎士さま! このお礼はなんと申し上げたらいいやら」
「これも任務。ただ、吸血鬼があれで全滅したわけではないだろうから、また出たら退治に来る」
「そりゃもう、あなたさまの実力なら、ご指名してでも来ていただきますよ! ……でも、やっぱりエルザは、その……」

村長は口ごもる。タバサは目を閉じてうつむき、首を横に振る。
「埋葬はしておいた。不憫な娘」
「ええ、本当に……まあ仕方ありますまい、あの子はもう死んだのですから……。さあ、ご出発の前に、心ばかりの祝勝会を催させてもらいますかな! ご先祖様や幽霊の方々も交えて!」
「そ、それはダメ。生きている人間だけにして欲しい」

かくして、タバサたちの任務は終了したのだった、が……数日後の夜。

「ふうーーっ、あのちびメイジ、手加減なしで殺しやがって! 今度遭ったら八つ裂きにしちゃるワ!」
「まあエルザ、復讐は修行を積んでからにしよう。『基礎吸血学』のコースはたくさんあるんだしさ」
ばさばさと夜空を無数の蝙蝠が、ガリアからゲルマニアへ指して飛んでいく。その中に一際大きな蝙蝠が二羽いた。エルザとジョニーは傷ついた古い肉体を捨て去り、なんと大蝙蝠に取り憑いて甦ったのだ!

「でも『一度死んでも生きられる』なんて、吸血鬼に秘められた力は凄いのね!」
「そりゃあそうさ、血を与えてくれたきみのお蔭だが、我々の能力はまだまだこんなものじゃないよ。昼間は人間の天下でも、夜は我々の領域なのだから! フッヒッヒヒヒヒヒヒヒ、ケーッケッケッケケケケ!!」
「ウフフ、まずは人も通わぬ密林、アルデラの黒い森に向かいましょうか。妖魔や魔女がうようよしている、いい場所よ。力を蓄え知恵をつけて、いずれ人間どもの領域も奪い取りましょう、マイ・マスター!」
「おお、いずれ私をパパと呼ばせてみせるよエルザ。イイーーーッヒッヒッヒッ!!」

不気味な笑い声をあげながら、蝙蝠の群れは暗い北東の空へと飛び去って行った……。

人の血を流すものは、人に血を流される。神が自分の形に人を造られたからである。お前たちは、産めよ、増えよ。地に群がり、地の上に増えよ。
旧約聖書『創世記』第九章より

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