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ゼロの侠者・魔王編

アルビオン王国、サウスゴータ領内ウェストウッド村。ある貴人の隠れ住むこの小村に、悲報が入った。

「ニューカッスルが、陥ちたと……では」
「おうよ、王党派の生き残りは皆殺しじゃあ! 陛下も皇太子も、お討ち死になさったとか……おいたわしや」
「将兵のいくらかは城門を出て決戦を挑んだって話だが、たったの300で数万の軍勢は退けられめぇよ……」

「そう……王党派が、全滅……」
この村にいたのは、アルビオンのテューダー王家の血を引くハーフエルフ、ティファニア(テファ)である。いまや王家最後の生き残りだが、ハルケギニアの人々から忌み嫌われる、恐るべきエルフの血が入っていることは、その長い耳からすぐに知れた。女王となることもできまい。

「ああ……私は、何のために生まれてきたの……?村人たちはよくしてくれるけど、何をするでもなく長い一生をここで過ごし、外の世界を見ることも、血族に出会うことも叶わずに……!」
テファは心優しい少女だったが、その心には『虚無』が育っていた。寂しさと憂愁が彼女を苛む。

「ああ、私にもっと力があれば……!!クロムウェルとやらに天の時が、天下の公論が味方していようとも、私ならば……?」

何かに導かれるように、テファは習い覚えた魔法『サモン・サーヴァント』を唱える。メイジと運命を共にする、使い魔を召喚するコモン・マジックだ。運命が、ある異世界の冥土から『彼』を選び、呼び寄せる。戦乱の時代に相応しい、あの男を。

銀色のゲートから現れたのは、まるで蛮族のような恰好をした禿頭黒髪の巨漢だ。異様な覇気が全身に漲っているが、年の頃は50代というところだろうか。脂肪と筋肉で肥満している。契約が交わされ、その広く厚い胸には名も知れぬルーンが刻まれた。『虚無の使い魔』の印だ。

彼はテファから、この世界の話を数日かけてじっくり聞き出すと、彼女を抱えあげて馬に乗り、北へ向かった。ロンディニウムを避け、その北のハイランド地方へ。トロール・オグル・オークなど、凶暴な亜人の棲む辺境だ。

男の武勇は、超人的だった。特に騎射の技術に優れ、左右どちらの腕からでも自在に強弓を射ることができた。また、冷酷で頭が鋭く切れ、人を挑発するのを好み、峻厳でありながら気前がよく、己の価値観だけで生き抜く気概と能力があった。

それからわずか一ヶ月で、男の旗の下に集う蛮族・亜人の軍兵は万に達し、
山岳連なるハイランド地方は彼によって初めて統一された。その勢力を恐れたクロムウェルは、彼をハイランドの太守に任命したが、もとより従う男ではない。何より彼のもとには、ハーフエルフとは言え、王家の血を引くティファニアがいた。彼女の後見人、『土くれのフーケ』ことマチルダ・オブ・サウスゴータも、盗んだ財宝を献じて配下に加わる。

アルビオンの貴族にもつながりを持ち始めたその男は、天下に鴻鵠の志を抱き、精鋭騎馬軍団3万を従え、今まさに時宜を窺うばかりであった。

俺の大地よ! 美しく厳しい北の大地が、気高く、勇猛果敢で、美しい種族を育てたのだ。テファよ。この世界は六千年の誇りを忘れ、卑しい為政者どもが己の権力闘争に明け暮れておる。そこに俺の天命が生じた。俺はこの世で最強のこの戦士たちを駆り、中央へ、下の大地へ進まねばならん。そして、ハルケギニアを北の色に塗りかえるのだ」

そして、およそ半年後。ブリミル降臨暦6243年、冬正月。ハイランドは吹雪であった。

「トリステイン・ゲルマニア連合軍の主力は、以上の三ヶ所を含めアルビオン南部の大半を制圧!その数も5万を越す勢いであります!これに対し『レコン・キスタ』側も兵をかき集め、ロンディニウムに至る全ての関所で厳戒態勢をとっているため、我が軍の侵攻は極めて困難になったと思われます」

ハイランド南端の城では、連日軍議が開かれている。報告を聞いて、進言する者がいた。
「いいえ! 殿! 厳戒態勢とはいえ、軍は分散しております!北より兵を進め、都の混乱を利用すれば、さほど難しくはありますまい!急がねば、機会を逸しまする」
男は、その進言者をじろりと睨む。天の利とは、こういうものではない。
自害せよ。野ねずみどもの乱に乗じよとは、死をもって恥じねばならん進言だ」

ほほほほ、と女の笑い声がした。大きすぎる胸に長い耳。テファだ。
「ティファニア様! 軍議の席ですぞ」
「先ほど、クロムウェルから救援要請の手紙が参りました。ガリアに見放されたとはいえ、わざわざ呼び寄せて参るとは……くっ、くくっ」
テファは、実に愉快そうに、歪んだ笑いを浮かべる。
「この智能の浅い招きに、我らが乗らぬ手はありますまい!!」

それを聞くや、男は『にいっ』と笑う。これぞ天の時、天の利だ!
「ティファニアよ! お前に玉座を用意してやるぞ!!」

進軍だ!! ハイランドの全軍が歓声に包まれる。

「将軍、よくぞ来てくださった!噂に違わぬ偉丈夫ぶり、心強いかぎりでございます」

ロンディニウム、ハヴィランド宮殿にて、クロムウェルと百官がハイランド軍を迎える。いざという時の備えはしてあるが、男の放つ『暴』の臭いには、やはり緊張する。ハイランド軍を率いる男は、表情を変えず、低い声でこう言った。

「クロムウェル。悪党には悪党の報いがある。お前の頭から皮を剥ぎ取り、足からは一寸刻みに肉を削ぎ、長い時間をかけて死に至らせる。そしてその男根を切り落として人目にさらし、苦と惨と悲をからめて地獄におとす!」

男は、呆然とするクロムウェルから皇帝の位を剥奪して虐殺し、テューダー王家最後の生き残り・ハーフエルフのティファニアをアルビオンの女王に擁立。同時にロンディニウムはハイランドの軍勢で満ちあふれた。男はテファを腕に抱きかかえ、帯刀したまま玉座につく。

野放しにされた蛮兵や亜人により、ありとあらゆる略奪・陵辱が重ねられ、
ロンディニウムは無法の都と化した。

「国王・王族はもとより、貴族や豪商どもの建てた教会をも打ち毀し、金銀財宝の悉くを奪えい!それらは熔かしたのち、我が胸のものと同じ刻印を押して固めよ!六千年続いたこのアルビオンの、いやハルケギニアの全てを、我が色に染め替えるのだ!」

反乱者はただちに粛清され、苛酷な拷問を加えられたのち、次々に首を刎ねられる。あるいは生きながら大釜で煮殺され、百官の食卓に人肉がのぼる。
まさに、地獄であった。

その頃、ロサイスとサウスゴータの間で7万の軍勢を1騎で退けた男、張飛は死んだように爆睡していた。ロンディニウムでも数日前から騒乱が起きているようだし、アルビオン全土の制圧は時間の問題だろう。トリステイン・ゲルマニア連合軍にも、やや弛緩した空気が漂い始めた。

連合軍には、伝説の使い魔『ガンダールヴ』がいる。その報は、すでにロンディニウムにも届いていた。議題は彼の話で持ちきりだ。玉座に座る男は、瞑目したのち、激しく憤った。

「この痴れ狗どもぐぁーーーーーッ!! 戦に勝ち、勇者をなぶり殺し、美女を犯し、無差別に金銀財宝を略奪するはなんのためかーーーーーッ!!」
百官は、男の剣幕に恐れ戦く。
「天下を奪って天下にあるものが、敵を選ぶとは何事だーーーーーー!!」

そして、男は大きな火竜に跨り、自ら大軍を率いて連合軍の占領したロサイスへと攻め寄せる。ハイランドの精鋭兵の前に、弛緩していた軍勢は再び総崩れとなる。ルイズは大いびきをたてて眠り続ける張飛とともに、急いで脱出用のフネに逃れた。フネに乗り遅れた者は、皆殺しにされる。暴虐の上に道をつくる、まさに魔王だ!!

ルイズはその男の姿を、ちらりとだけ見た。あれほどの兵を動かしながら、両腕は手綱から少しも動いていない。戦場にあって、遠目には眠るがごとく、近寄ればおそらくは、目醒めし魔王のようであろう。あるいは狂える獅子のごとくか! 男はしばしば止まり、その後ろをふり返っている。

「我が後方の敵は、ことごとく首を刈り取り、その首で塚を築けい!
 戦場で董卓の名を聞けば、それだけで臓腑を吐いて死ぬようにだ!!」

あれが、『北の怪物』トウタクか!!

(魔王編・完)

◇◇◇

前回の続きです。ハルケギニア海には四人の使い魔が四人の使い手のもとに召喚されるというので、張飛に続いて董卓を出してみました。あとガリアに孔明、ロマリアに曹操でも出そうかと思ったのですがエタりました。

【続く】

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