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【聖杯戦争候補作】Stairway to Heaven

☆○

夜。とあるホテルの屋上。二人の男女が並んでベンチに座り、語らっている。
男が見下ろすのは、夜景。
女が見上げるのは、満月。

男は、おそらく二十代前半。黒いドレッドヘアーを真ん中分けにし、神経質そうな険しい表情。腕と胸を剥き出し、首と顎を覆う、妙な服に身を包んでいる。顔立ちから、東洋人ではなさそうだ。

女は、男よりやや年上。セミロングのウェービーな髪に、褐色の肌の艶めかしい美女。ヒスパニック系の顔立ちだ。タレ目に泣きぼくろ、少々濃い化粧。豊満な胸に露出度の高い服装。手にはタバコ。そういう商売の女性だろうか。

この冬木市に、外国人は珍しくはない。しかし、二人とも異様な雰囲気である。二人は、観光に来ているわけでも、愛を語らっているのでもない。戦いに来ているのだ。

男は、女に問う。

「あんたは、『天国』を信じるか?」

女はタバコを吸ってから、気怠げに答える。

「そりゃ、信じるわよォ……なんたってアタシは、人を『天国』へ導く女神だものォ」
「どうすりゃ、そこへ行ける? 女神様」

男の真剣な声音に、女は鼻で笑う。

「ソッチの意味? それとも、マジメな意味?」
「もちろん、マジメな意味だ。魂の問題だ。前者にも、マジメな意味はあるんだろーがな」
「そーね。じゃあ、マジメに答えてあげる。アタシの意見が正しいかどうかは、あんたの判断に任せるわ」

女は目を細め、再びタバコを吸い、月に向かって煙の輪を吐き出す。そして、呟く。

「『名誉ある死』。それが、天国へ行く方法ね。月並みだけど」
古来、人間は死を美化し、飾り立てた。死が尊厳と名誉に彩られたなら、人はその死者が天国へ行ったと信じるだろう。

「たとえば、神に身を捧げて死ぬこと」
殉教。キリストも聖人も、神に身を捧げて死んだから、天国へ行けた。有り得る話だ。

「男の人なら、戦いで死ぬこと」
名誉の戦死。戦いが賞賛される社会であれば、戦死者は栄光に包まれて、天国へ行ったと言われるだろう。

「女の人なら、出産で死ぬこと」
産褥死。悲しいことだが、新たな命を産み落とす時に、命を落とす母親はいる。彼女たちは、女性にしか出来ない戦いに身を捧げて死んだのだ。その魂を慰めるために、天国へ行くと言われてもいいだろう。

「そしてね……」

女は、顔を男の横顔に近づけ、煙を吹きながら愉しげに囁く。

「『首吊り自殺』」

女が髪をかきあげる。首筋に縄が巻きついており、きつく絞め付けられ、変色している。よく見れば、彼女の頬には黒い死斑が浮かび、腐敗を始めている。体は半透明。どうやら、幽霊のようだ。ある意味、それは正しい。が、彼女はただの幽霊ではない。聖杯戦争で戦うために召喚された英霊、サーヴァントである。

「アタシのクラスは、アサシン(暗殺者)ってことになってる。でもね、アタシが人を殺すんじゃあないわ。死ねば天国へ逝ける、楽園へ逝ける、この世の苦しみから離れて自由になれる。そんな思いが、自分で自分を殺すのよ。……まあ、アタシが行きずりの男に『天国』を味わわせて、魂を抜いちゃうことだって、無くはないけどォ。ウフフ」

笑いながら、女は自分の乳房を揉む。好色そうで下品な女だが、どこか厭世的だ。彼女は多くの死を見てきた。それもそのはず、彼女は死神なのだ。

「アタシの真名は、『イシュタム』。マヤ神話の、自殺の女神。……あんまり知らないでしょ、忘れられた神だもの」
「ああ、初耳だ」

隣に死神がいるというのに、男は顔色一つ変えない。彼は強い精神力の持ち主のようだ。

「アタシは、そんな魂を天国、楽園に導く。宇宙樹の木陰にやすらわせ、いつまでも幸福に暮らさせてあげるの。美味しい食べ物も飲み物も豊富にあり、誰も誰かをイジメたり、こき使ったりしない。痛みも苦しみも、悲しみも不幸もない。アタシみたいな慈悲深い女神様、世界中探し回ったって、そうそういないわよォ」

アサシン・イシュタムは、自嘲気味に微笑む。多くの文化圏で「地獄行きの罪」とされる自殺だが、当人にとっては救いの面もある。死神とはいえ、彼ら、彼女らは、神に身を捧げたのだ。ならば、その魂を救ってやるのが神の責務であろう。

「それは『天国』なのか?」
「その人次第ね。自殺を良しとしない人だって、いっぱいいるわ。キリスト教が普及してからは特にねェ……。あの神の子や殉教聖人だって、自分から死にに行ったようなもんなのにさ。裏切り者が首を吊ったからダメなのかしら」
「それが救いなら、それでいい奴もいるだろう。オレは、そう思わない。それはオレにとっての『天国』じゃあない」

男は、自殺に興味はなさそうだ。つれない態度に、アサシンは少し眉をしかめ、唇をとがらせる。

「じゃあさ、あんたにとっての『天国』ってなに?」

男は、目を閉じ、見開く。その瞳には、漆黒の炎が宿っているかのようだ。

「オレにとっての『天国』は……『成長』することだ。生きているうちに、精神的にな。死後の世界や、永遠のやすらぎは、成長なき『停滞』だ。オレの求めるものとは違う」

男の人生は、散々だった。父はいない。母は行方不明。母の親戚に預けられ、人の機嫌を窺いながらオドオド生きてきた。

16歳の時、学年末の試験会場で、両方のまぶたが急に落ちてきた。眠いからではなく、理由は誰にも分からない。それ以来、ストレスが重なると彼は息苦しくなり、まぶたが落ち、手汗をかき……パニックになって何もできなくなった。恥辱と惨めさのあまり学校にも行けなくなり、一人になりたいと車を運転すれば事故を起こす。外出さえも怖くなった。生きる目的も希望も、彼にはなかった。だが、ある人物――――プッチ神父に出会って、彼の人生は大きく変わった。

「宗教とか思想とか、小難しいことは知らない。だが、オレはそう信じている」

神父は、オレの欠けていた心を満たしてくれた。オレが生まれたのは、神父を『天国』へ押し上げるためだったと、教えてくれた。そういう運命だと。
恐怖はなかった。自分が存在し、行動することが、誰かの役に立っている。今までの人生が全て取り戻されたような、晴れやかで清々しい気持ちだった。

そして……神父は、どうやら『天国』へ行けたようだ。オレの父、DIOという神に身を捧げ、全てを犠牲にし、成長し、その先へ。直感的にわかる。

オレの役目は終わった。だが……では、今生きているオレは、どう生きればいい。あの時、空条徐倫やエルメェスらとの死闘の末、敗北し、肉体的に再起不能になったはずだ。だが、こうして健康に生きている。

アメリカ、フロリダではなく、行ったこともない日本の、冬木市とかいう聞いたこともない町。そこに、何者かによって呼び出されたのだ。奴らは、万能の願望器『聖杯』を餌にして、生き残りを賭けた殺し合いを開催している。信じられないが、信じるしかなさそうだ。

今度もオレは、誰かの踏み台になり、そいつを押し上げるために死ぬのか? そうではないだろう。神父を恨みはしないが、オレにはオレの人生がある。誰かのために生きるのもいい。だが、やり直せるなら、今度は自分のために生きたい。オレがここにいるということは、今は、そういう『運命』なのだ。自分で『運命』を切り拓けという。

「だから、オレは自殺はしない。死ぬことを前提に戦ったりもしない。生き残る。戦って勝ち、聖杯を獲得する。それはトロフィーだが、結果が目的じゃあない。そこに至るまでに、どれだけ『成長』できるかが重要だ。生きるってのは、そういうことだ」

アサシンは感心したように口笛を吹き、肩を揺すって笑った。

「男らしい子ねェ。アタシは好きよ、そういうの」

男が右手を握り、顔の前に突き出す。カエルのような半透明の幽体が手首の上に出現した。それと同時に、何か……俊敏に動く、羽虫のようなものたちが、彼の周りに集まり始める。メキシコやフロリダに生息する未確認生物、「ロッズ」たちだ。やはり、この日本にも生息していた。

「オレの名は『リキエル』。オレの能力……『スカイ・ハイ』は、生物から体温を奪って病気にする事ができる。だが、それだけだ。サーヴァントは幽霊みたいなもので、生物じゃあない。オレの能力で倒せるのは、マスターだけだ。どうしたって、おまえの能力が必要となる。おまえはサーヴァントと戦えるのか?」

「あんまり期待されても困るけどォ……アタシ、これでも死神よ。『幽霊』の扱いには慣れてるの」

アサシンが立ち上がり、タバコを捨てて踏み消すと、首に巻き付いた縄から何十本もの縄が放射状に伸び、蛇のようにのたうった。魔力の「縄」を操る能力。空条徐倫の「糸」のスタンド『ストーン・フリー』に似ている。

「これがアタシの商売道具さ。この縄に吊られたら、マスターだろーとサーヴァントだろーと、イイ気持ちで『天国』へまっしぐらよ」

縄は俊敏に動き、リキエルの周りを飛び交う「ロッズ」たちを一瞬で絡め取った。切断され、ポトポトと落ちた「ロッズ」は痙攣し、死骸はドロドロに溶けていく。そういう生き物なのだ。平均飛行速度は時速200km以上という「ロッズ」を、複数同時に捉えるほどのスピードと精密動作。こいつは、頼りになりそうだ。

「まあ、魂はアタシが食べちゃうわけだけどさ、死に際にその人の心が『天国』だって認識することが大事じゃあない? アレよ、聖書にも書いてあるわ。『天国はお前たちのただ中にあり』、だっけ? そーいう意味じゃあないって? ウヒ」

クスクス笑うアサシンに、リキエルは向き直る。意見は違うが、意志は通じる。派手さはないが、能力の相性は悪くない。

「過程は大事だ。だが、死んでしまえば、そこで『成長』は終わりだ。オレが生き続けるために、協力しろ、アサシン」

「もちろん! そしてアタシは、たくさんの魂を『天国』へ導いてあげるわ」

★●

【クラス】
アサシン

【真名】
イシュタム@マヤ神話

【パラメーター】
筋力E 耐久E 敏捷C 魔力A 幸運C 宝具B

【属性】
中立・悪

【クラス別スキル】
気配遮断:B
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。完全に気配を断てば発見する事は難しい。

【保有スキル】
神性:A-
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
かつてマヤで崇められていた(らしい)死神であるが、マヤ文明が崩壊しカトリックが普及した今、彼女の信者は(ほとんど)いない。

束縛願望:A
戦闘において麻痺・封じ・石化などの拘束系の物理攻撃や特殊能力の成功確率が上昇するスキル。反面、『縛り付ける』事を日常にし過ぎているため、通常攻撃で相手に与えるダメージが10%低下する。

精神汚染:B
精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。ただし同ランクの精神汚染がない人物とは意思疎通が成立しない。死神である彼女との会話は自殺への導きであり、精神の弱い者なら来世への強い希望と共に首吊り自殺を行いかねない。

虚ろなる生者の嘆き:B
いつ果てるともしれない甲高い絶叫。敵味方を問わず思考力を奪い、抵抗力のない者は恐慌をきたして呼吸不能になる。被害者の苦しむさまは、みずから首を絞めているかのように映る。

【宝具】
『奇妙な果実(ストレンジ・フルーツ)』
ランク:B 種別:対人-対軍宝具 レンジ:1-99 最大捕捉:50

アサシンの首に巻かれた縄。放射状に数十本の縄が伸びている。縄は黒く細く、かなりの距離まで伸び、アサシンの意のままに俊敏に動く。標的の首や体に絡みついて拘束する。縄に触れた者は魂を縛られて激しい多幸感を味わい、首を絞められれば『天国』を味わいつつ絶命する。その魂はアサシンの糧となる。「魂の緒」に近い存在で、心身ともに健全な相手よりは、精神力が貧弱な相手、また霊魂だけの存在に対する効果が高い。さらに「戦死」「殉教」「生贄」「産褥死」「自殺(特に首吊り)」「刑死(特に絞首刑)」といった死に方をした相手には、回避や抵抗に不利な判定がつく。

縄は人間をぶら下げる程度の力があり、燃えないし相当に丈夫だが、魔力を込めた攻撃なら切断可能。ただしすぐに新しい縄が生え、糸状にほつれさせたりも出来る。縄を通じて相手の声や体温、ある程度の記憶情報を読み取ることも出来るが、相手から縄を通じてアサシンに魔力などを送り込むことは出来ない。縄の端を標的が引っ張ってもそのまま伸びるだけで、アサシンの首が締まったり、体ごと引きずられたりはしない。移動に利用したり応用は効く。また、縄をちぎって樹木や電柱など柱状のものに巻きつけると、そこからも数十本の縄が伸びて近づく者に襲いかかる。森や街のちょっとしたブービートラップに。

【Weapon】
宝具そのもの。トラップや奇襲が主体で、正面切って戦うタイプではない。

【人物背景】
Ixtab。ユカタン半島のマヤ神話における自殺の女神。名は「縄の女」の意味。聖職者、生贄、戦死者、出産で死んだ女性、首を吊って死んだ者の魂を楽園へ導く役割を持つ。そこは宇宙樹ヤシュチェの木陰にあり、魂はあらゆる苦しみや欠乏から解放され、永遠の安息を享受するという。一方で、旅行中の男性を誘惑して殺す悪霊ともされる。「ドレスデン・コデックス」にのみその図像が残されているが、まさしく縄で首を吊った女性の死体で、両目を閉じ、顔には死斑が現れている。彼女は月と雨の女神である老婆神イシュチェルの一側面ともされ、また胎児の奇形や死産をもたらす月食の象徴ではないかという説もある。なお、Turbina corymbosaという蔓植物はユカテコ語でxtabentunと呼ばれ、死んだ娼婦の墓から生えたとの伝承がある。その種子には向精神薬LSAが含有されている。

【サーヴァントとしての願い】
たいしてなし。ほそぼそと信仰されていればそれでいい。

【方針】
哀れな死者や人生に絶望した人に救いを与える『必要悪』だと自認しており、必要以上の殺しはしない。とは言え、聖杯戦争の場ではマスター以外を殺す「必要」があるので、殺すことに全く躊躇はない。「縄」はサーヴァントにも効くが、基本は奇襲・足止めや情報収集に用い、敵マスターを確実に始末する。

【カードの星座】
魚座。


【マスター】
リキエル@ストーンオーシャン

【Weapon・能力・技能】
『スカイ・ハイ』
破壊力、スピード、精密動作性、成長性:なし 射程距離:肉眼で届く範囲 持続力:C

リキエルの手首に出現する、カエルのような姿の小さなスタンド。これ自体には直接の戦闘能力はないが、「ロッズ」という未確認生物と心を通じ合わせ、自在に操ることができる。

「ロッズ」は「スカイフィッシュ」ともいい、(少なくともジョジョの世界では)実在する竿状の小さな生物で、スタンドではない。死ぬとドロドロに溶けて消える。彼らは平均速度200km/h以上という、視認が不可能なほどの猛スピードで飛行し、決して何かに衝突することなく、接近した動物から体温を奪ってエネルギーとしている。肉体から体温を集中的に奪われると、その部分が麻痺したり腐ったりする。また相手の筋肉を操って関節を動かしたり、内臓にダメージを与えて様々な病気にしたりもできる。脳幹から体温を奪えば、相手を即死させることすら可能である。ロッズはそこらじゅうにいる上、殺してもリキエルへのダメージにはならない。

射程距離は「肉眼で届く範囲」とかなり長く、ヘリコプターに乗って高速移動している敵さえも襲って墜落させた。標的に近づくほどロッズの操作は精密になる。ただし、能力の特性上「体温のある生身の動物」にしか効果はなく、リキエルがパニクるとロッズは操れなくなってしまう。

【人物背景】
荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険 第6部 ストーンオーシャン』13巻に登場するスタンド使い。1988年生まれの23-24歳(2012年3月当時)。EOHでのCVは近藤隆。DIOの息子の一人で、左肩に星のアザがある。母親はDIOの食糧となって死亡。パニック障害を患って学校にも行けなくなり、生きる目的や希望もない人生を送っていた。だがプッチ神父に出会ってスタンド能力の使い方と生きる目的に目覚め、「精神の成長」という信念をもって神父の敵・空条徐倫たちの前に立ちふさがる。そして敗北後……気絶した彼のもとに「星座のカード」がもたらされた。

【マスターとしての願い】
なし。他者を巻き込み、誰かに叶えてもらうような『天国』を願うこともない。聖杯を獲得する過程こそが重要である。強いて言えば、元の世界への生還。

【方針】
最後まで生存し、聖杯を獲得する。ただし結果ではなく、戦いの過程で『精神的に成長する』ことに価値と意義を見出している。ロッズを操るスタンド能力とアサシンの能力を駆使して、敵マスターを積極的に狩っていく。

◆◆◆

おれはジョジョがすきだ。真の男やタフなベイブ、ヤバイ級ヘンタイやサイコ野郎が命と名誉を賭け、知略と力を尽くしててたたかう。パルプの王道であり、音楽的にもすぐれている。これは先にイシュタムを思いつき、相棒としてリキエルを選んだ。地味だがいいコンビだと思う。イシュタムのキャラと宝具はかなり徐倫だが、なにせ死神なので達観している。もったいないのでエピロワに出演させた。しかし「だが」の多い文章だ。だがしかし。ジョジョっぽくはある。

【続く】

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