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『アニー・ドギーバッグ』シリーズより「野良豚」

【三人目へ】

レミは標的の肝臓を狙うのがうまかった。アタシなら脳天か心臓を狙う。

「なんで肝臓?」
「急所で、大きいからね。血がよく出るよ。豚で試した」
「そうなの」

殺人の練習台は、都市をうろつく野良豚だ。豚は認めたがらないかも知れないが、人間によく似ている。内臓や歯まで。全身筋肉で覆われ、ごつい。結構強敵だ。もとはイノシシだから。バラした後は血抜き。フランツに教えてもらった。ボウルで受けて、ブラッドソーセージにする。

「ここは上等な部位。こっちは煮込んで、豚骨と一緒にラーメン屋に売る」
「いつでも肉が食えるなんて、恵まれてるね、アタシら」
「人間を殺せばカネが入る。豚を殺せば肉が食える。下準備はいるけどな」

『ステラ・マリス』の周縁部には巨大なスラム街があり、国内や諸外国から多くの下層労働者、犯罪者、野犬などを引き寄せている。そこには無数の恨みや妬みが澱のように凝り、リヴィオのもとへ吸い寄せられる。恨みをパワーソースにできるのは選ばれた一部の存在だけだ。「スターフィッシュ」の幹部、それに従う地域ギャングの長。彼らは「ヒトデ」と呼ばれるものに選ばれ、力を得たという。リヴィオもそうなのか。あるいは、リヴィオ自身が「ヒトデ」なのか。それとも、リヴィオが「ヒトデ」を使役しているのか。

フランツは豚が好きで、解体しながらぶつぶつ言ってた。
「いいか、ユダヤ人やムスリムは戒律で豚を食わん。モンゴルの遊牧民も豚を飼わない。なぜだ?

レミと顔を見合わせる。モンゴル人が豚飼ってないなんて知らなかった。というか、フランツはなんでそんなこと知ってるんだろう。
「……寄生虫?」「宗教?」
「ブッダも豚肉食って死んだそうだが、火を通せばだいたい食えるし、羊や牛にも寄生虫はいるだろ。豚は牛や馬みたいに反芻しないから、草を消化できない。野生のイノシシは土を鼻でほじくって、根っこやどんぐり、虫なんかを食う。モンゴルでこいつらを野放しにしてみろ、そこらじゅうを掘り返して沙漠にしちまう。だから豚飼ってる遊牧民なんかいないんだ」

メスだった。腹から胎児を引きずり出して、別にする。こいつらは柔らかくてうまい。

「ふーん。アラブやユダヤもそうなのかな」
「そうだろうな。チャイニーズは残飯やクソを食わせて飼ってる。そいつらが垂れたクソが豚に食われる。永久機関だな」
「アタシら、クソ食ってるやつを食ってるの?」
「さあな。直接生ゴミやクソ食ってるわけじゃねえし、おれは気にしない。穀物や野菜をクソで育てることもあるだろ」

輪廻転生、ってことか。アタシらも死ねばクソ袋。誰かに食われる豚。

「ジーザスも豚食べなかったでしょ、確か。豚の群れを溺死させたって聞いたことある」
「教養があるな、レミ。そうだ、ジーザスもユダヤ人だからな」
「じゃあなんで、クリスチャンは豚食っていいの?」
「食いたいからだよ。食わなきゃ餓死するなら、ジーザスも許すさ。おれは食っていくために殺してる。趣味もあるが」

フランツは豚で、クソだった。人間によく似ていた。

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