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【オール・アイ・ウォント・フォー・クリスマス・イズ・ユー】

ネオンサインの洪水の中を、灰色の重金属酸性雪がちらつくネオサイタマ。暗雲の下をマグロツェッペリンが飛び交い、人々が忙しなく行き交う下界にオイランドロイド・デュオが踊る刺激的な広告映像と音声を注ぎ続ける。それを見上げる者は、多くはない。殺人的に忙しい季節なのだ。

「センセイもフルマラソン」「ボンズが二人いる」「ジーザス爆誕し安い」…コトワザめいた広告文言を見上げる者は少ない。その遥か上空、マルノウチ・スゴイタカイビルの屋上、シャチホコ・ガーゴイルの上に静かに座す死神を目にする者は、誰もいない。彼は憎悪に燃え、呼吸を調えている。

赤黒いニンジャ装束。強風にはためくマフラー。見るものを震え上がらせる禍々しい「忍」「殺」のカンジが彫られた鋼鉄のメンポ。冷たく刺すような視線。彼こそは名高きネオサイタマの死神、ニンジャスレイヤーだ。

クリスマス・イブ。彼…フジキド・ケンジはここで死に、ここで誕生した。呪われた復活だ。彼の妻子は殺された。多くの無辜の市民と共に容赦なく、理不尽に。ニンジャによって。故に彼はニンジャを殺す。故に今宵の彼は、特に憎悪と復讐に燃え、邪悪なニンジャの命を狙う。

猟犬のように。猛禽のように。彼が踞るシャチホコ・ガーゴイルの口は、殺したニンジャの首で溢れている。蛆がたかり、蝿が湧くには、今日は寒い。ここは天空に近いジゴク。マッポーの世の一つの風景。

「メリークリスマス!」「ハッピーバースデー、ジーザス!」「「ワーッハッハッハッハ!」」「助けて!離して下さい!」路地裏。赤白の帽子を被り、赤い鼻をしたヨタモノたちが、ケーキナイフを手に女を脅している。彼女の恋人、男の方はパンチ一発でのされ、ゴミ箱でおねんねだ。

哀れにも彼女はファック&サヨナラされてしまうのか。それはマッポー都市ネオサイタマでは、あまりにもありふれた悲劇……だが!SPAN!「アバッ」ヨタモノの一人の脳天を、上空から飛来した何かが貫く!眼球と血と脳漿が流れ出て即死!「アイエエエ!?」「ワッザ!?」SPANSPAN!

怯えた残り二人のヨタモノも同時に脳天を何かに貫かれ即死!「ア…アイエエエ!?」女は腰を抜かし失禁!だがじきに気を取り直すと、死んだヨタモノたちの懐をまさぐって財布を奪い、恋人を蹴り起こした。「アイエッ!」「起きろッコラー!デート資金増えたぞッコラー!」「アイエエエ!」

「ウフフフフ……」遥か離れたビルの屋上。大きな弓を構えた短髪の女が、残忍な含み笑いを漏らした。桃色の装束、背には矢筒。そう、彼女が先程のヨタモノを射殺したのだ。弓矢によって。可能なのか?可能だ。ニンジャだからだ。彼女のニンジャネームは、キューピッドアローという。

ごく最近ニンジャソウルに憑依された野良ニンジャだ。彼女は愛し合うカップルを引き離そうとする者を狙って殺す。故にヨタモノを殺すことが多い。善良ではないが、比較的、邪悪ではない。とはいえ、己の独善的な正義、エゴでモータルを選別し、殺しては愉悦していることに変わりはない。

闇のカルマは彼女をいずれ、ジゴクへ連れ去るだろう。ジゴクの猟犬が…「ドーモ」キューピッドアローの背後から、低く禍々しい声がした。

「ハァ……ハァ……ハァ……!」キューピッドアローは右肘から先を失い、血を垂らしながらネオサイタマの闇を駆けた。猟犬はしつこく追ってくる。ジゴクへ彼女を連れて行く、否、連れ戻すために。まだだ。まだ死ねない。「イヤーッ!」背後から鋭いシャウト。スリケンが道路や壁に刺さる。

キューピッドアローは身を翻し、連続トライアングルリープでビルの側面を駆け上り、途中の錆びついたドアを蹴破って廃ビルの中へ飛び込んだ。「どこへ逃げても無駄だ!」ジゴクめいた声が響く。止血をし、血の跡は消したが、においかニンジャソウルか、その両方かを追跡してくる。

恐るべき猟犬だ。侮っていた。視界が歪み、体がぐらつく。毒、か。キューピッドアローは奥の手を使った。ビル内に仕掛けておいたチャフ入りの煙幕を。「ヌウッ…!」怯んだところで、爆薬。KABOOOOOOM!!安普請の廃ビルはたちまち崩れ落ち、瓦礫の山と化す。窓から脱出し、駆ける。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。キューピッドアローです」「ドーモ、キューピッドアロー=サン。ニンジャスレイヤーです」スゴイタカイビル屋上。二人のニンジャは、タタミ十枚ほどを隔ててアイサツを交わす。「殺されに来たか」「いいえ。僕はもうじき死ぬ。カイシャクもいらない」

燃え上がる目で睨まれ、彼女…否、は怖気づいたが、そう答えた。「頼みがある。ニンジャを殺して欲しい。もうすぐここへ来るはず」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。キューピッドアローは既に死を悟っている。モータルとしての名を告げ、自分の人生をハイクじみて手短に告げた。

男オイランだったこと。愛する男がいたこと。デート中に突然ヨタモノに襲われたこと。恋人は殺され、自分はファック&サヨナラされたこと。死の間際にニンジャソウルが憑依し、ニンジャになったこと。それからの所業。そして、さっき襲って来たニンジャのこと。その名と、カラテとジツを。

「僕にはニチョームは眩しすぎる。でも、行きたかった」涙を流すキューピッドアローの全身が紫色に染まっていく。タケウチではないが、それに似た毒。彼は弓に矢をつがえ、左手で持ち、口で弦を引いた。狙うのは空だ。暗雲が覆う空へ、片手と口で弓を引く。最後の一射を。

ボウ…。鏃が神秘的な焔を宿し、高く上がり、反転して落ちて来る。キューピッドアローは弱く微笑み、その矢を己の眉間に受けた。ソーマト・リコール現象が瞬時に起こり、家族や恋人との幸福な記憶だけを蘇らせる。彼のジツだ。キューピッドは愛欲の神。慈悲深く、理不尽で、人生を狂わせる。

「サヨナラ!」キューピッドアローは爆発四散した。その爆煙の背後から、ニンジャが姿を現す。白い覆面状のメンポに、燃え上がる目。赤いパンツとリングシューズを身に着け、筋骨隆々の肉体にカラテを漲らせた、邪悪なニンジャが。彼はニンジャスレイヤーを見て、嗤った。アイサツを繰り出す。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。アベックバスターです」

「ドーモ、アベックバスター=サン。……ニンジャスレイヤーです」

数日後。雪の舞うニチョームの片隅に、小さな石積みの墓があった。何の墓碑銘も刻まれていない。墓石の下には何事かが記されたメモ用紙が一枚あるだけだ。いつか、誰かがこれを見つけるだろうか。それはわからない。

【オール・アイ・ウォント・フォー・クリスマス・イズ・ユー】終わり

これは、ブラッドレー・ボンド&フィリップ・N・モーゼズ著、本兌有&杉ライカ訳の大人気小説『ニンジャスレイヤー』の二次創作小説めいたなんかです。公式とは一切合切関係がありません。
◆ニンジャスレイヤーTwitter◆https://twitter.com/NJSLYR
◆ダイハードテイルズ公式サイト◆https://diehardtales.com/

第一部の名作「メリー・クリスマス・ネオサイタマ」が元ネタです。第三部第一巻独占収録「ホリー・スティック・アンド・サーディンズ・ヘッド」の影響も少しあります。この広い海には同じような話が多数存在すると思いますが、つのは知りません。これはつのが歩いている時になんかオラクルを受けて書いた話です。もし同じ話が存在したとしたら、つのはその人と同じオラクルを受けたのでしょう。

時系列は不明ですが、第三部のどこかでしょう。ニンジャスレイヤー、フジキド・ケンジはこのような男です。しっとマスクじみたアベックバスターはモテない連中の怨念を集めていて相当なつわものですが、存在そのものが逆鱗に触れるため、きっと惨たらしく殺されたはずです。キューピッドアローはいわば悲しきカプ厨です。彼のミームは誰かに伝わったでしょうか。

【以上です】

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