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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国 第十五章&十六章 怪盗フーケ(後編)&東方の博士

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【第十五章 怪盗フーケ(後編)】

主なる神は土の塵で人を造り、命の息を吹き入れられた。そこで人は生きたものとなった。――『創世記』2章より
あなたの目は、私のまだできあがらない体を見られた。――『詩篇』第139篇より

「『占い杖』? な、何よ、あんた知っているの?」
ルイズは、ミス・ロングビルの目の前での惨死に蒼白・涙目になっている。
「ああ、ぼくの故郷、『東方』の自然魔法で作られたものだ。トリステインにもあったとはな。だが戦闘向きではない。今は役立ちそうにないな」
「じゃあ、どんな効果があるの? 見た目は凄そうよ」
「うむ……危ない!! 逃げろ!!」

身の丈30メイルものゴーレムが、腕をぶん回してシルフィードを撃墜しようとする。手が届かないところまで上昇すると、今度は岩や大木や小屋の材木を持ち上げ、投げつけてくる。攻城兵器を相手にしているようなものだ。実際そうなのだが。
「まずは、あのゴーレムをどうにかしないと命が危ないな。彼女の仇討ち合戦といこう。ルイズ、この『占い杖』を持っていてくれ」

松下が呪文を唱えながら植物の種をばら撒くと、種が播かれた土のゴーレムから、何本もの樹木が生えて根を下ろし出した。しかしゴーレムは怪力で樹木を引っこ抜いてしまう。
「だめか。ゴーレムとは言っても額にemeth(真理)の章印もないし、木剋土だから植物でダメージがいくと思ったのだが。逆に水の魔法なら効くのか?……じゃあこれならどうだ。キュルケ、タバサ、協力してくれ」

松下は香水入れのような小瓶を取り出すと、呪文を唱えながら中の液体、聖別された油を降り注ぐ。その量は明らかに小瓶の容量より多く、ゴーレム全体を油で濡らしてしまう。
「よおし、ファイアー!!」
キュルケが魔法で油に火をつけ、タバサが風を送り込む。たちまちゴーレムは、地上の小屋や乗っていた人影もろとも消し炭になってしまう。
「ふふん、意外とちょろいもんね。手加減無用で火葬にしちゃったわ」

消し炭になってがっくりと膝をつき、『土くれ』に戻るゴーレム。……だが、そこからぼこりと手足が突き出てくる。大量の『土くれ』から、今度は『四体』のやや小さなゴーレムが生じた……。大きさは先ほどの四分の一だが、それでも充分人間の四倍はあるだろう。彼らは焦土と化した地上で再び岩を掘り当て、シルフィードに投げつけてくるではないか!

「うそお!? さっきフーケも焼き殺したのに……あれは囮?」
「ギーシュのワルキューレのような、『土くれ』で作ったダミーだ。フーケ自身は他の場所にいるようだな」
大きさより数で勝負か。岩がなくなると土砂を投げつけてきたが、こっちの方が避けにくい。
「痛い! 目に砂が……」「もう、髪が汚れちゃうじゃない!」
シルフィードにもちまちま小石が当たる。皮翼でも貫かれてはたまらない。
「ゴーレムどもを焼き尽くして、フーケがどこに潜んでいるか探ろう。それでダメなら、ひとまず戦略的撤退だ」

「いやよ! 私は逃げない! どうしてもミス・ロングビルの仇を討つ!」
「ルイズ! おとなしくしてなさい」
「子ども扱いしないで! 私はみんなの足手まといなんかじゃ、『ゼロ』なんかじゃない! 私は貴族よ! 貴族とは魔法を使う者(メイジ)の事じゃないわ!『敵に背を向けない者』のことを言うのよ!!」
決意はご立派だが、ルイズの魔法が何の役に立つというのか。しかし他の三人の戦闘意欲は高まる。もう日は沈み、二つの月が夕空に浮かんでいた。

「……待って、マツシタ! 『占い杖』が……」
ルイズが持っていた『占い杖』が、頭の部分をルイズに向けて囁くような仕草をする。
「タバサ! キュルケ! 『浮遊』をかけて下に降ろして!」
言うが早いか、ルイズはシルフィードから飛び降り、ゴーレムたちの後ろ側へ向かう。
「ちょおっとお!! 死ぬ気!?!」
「いや、彼女に任せよう。援護をするんだ」

地上に降り立ったルイズは、『占い杖』を少し振り回すと、尖った方を思い切り地面に突き立てる!
「居場所はここよっ!! くらえ土くれのフーケ!!」

『占い杖』の能力は、地中の金属や水脈など、隠れているものの在り処を突き止めること! 霊感に導かれたルイズは、地中に潜むフーケの居場所を突き止めたのだ!「ぐあああぁぁっ?!
手ごたえがあり、フーケの…若い女の悲鳴が上がる。それと同時に、ゴーレムたちが崩れ去った……。「え? この声は……」

「く、くそっ! まさかその杖にそんな能力があるなんてね! 炎を放たれた時はけっこう息苦しかったよ、ゴホッ」
「ミス・ロングビル!? まさか!」
地中から姿を現したのは、ゴーレムに踏み潰されて死んだはずのミス・ロングビル! つまり、彼女が『土くれのフーケ』の正体ということになる。
「なるほど、あいつがフーケだったのか。ゴーレムに踏み潰されたと見せかけて、ゴーレムの体内か地中に穴を穿って隠れていたわけだな」

「そうさ。秘宝を奪っても鍵がなきゃ開かなかったし、使い方は分からないしねえ。そこの物知りの餓鬼なら知っているかと思ったけど……まさかゼロのルイズに使われて、敗れるとは」
フーケは恐ろしい表情でルイズを睨み付ける。
「そんじゃあ、逃げさせてもらうよっ!!」
背後に土の壁を何枚も作りながら、森へ向かって全力で逃げ出すフーケ。そこへ松下が追い討ちをかける。

「逃がさないぞ盗賊! 魔術・月霊召喚! マルカー・ベー=サルシシム・ヴェ=アドベー=ルアコス・シェカリム!」

夕空に浮かぶ二つの月を、左右の大きさと色は違うが両眼とし、中空に黒いモヤのようなものが集まって、身長7メイルほどの巨大な影法師『月霊』が現れる。吼える『月霊』は逃げるフーケの胴体を鷲掴みにすると、樹木の洞に上半身を突っ込んで動けなくする。

巨大な『月霊』は一声叫ぶとモヤモヤした姿に戻り、両目は二つの月に戻る。こうして怪盗フーケは捕縛されたのだった。

馬車も燃えてしまったので、一行は取りあえずシルフィードに乗って近くの村に降り、学院に事情を説明する手紙を送ってから一泊した。翌朝、再びシルフィードに乗って凱旋だ。手柄は全員のものと言えるだろう。

「しかし、まさかミス・ロングビルが『土くれのフーケ』だったとはのう」
トリステイン魔法学院の学院長室。オールド・オスマンが白髭を撫で、思案している。コルベールたち教師陣、そしてフーケを捕らえた四人。

「既に君たちの『シュヴァリエ』爵位申請を宮廷に出しておいた。立派な騎士じゃな。ただ、ミス・タバサは既にシュヴァリエの爵位を持っておるからの。今回は『精霊勲章』の授与を申請しておいた」
功績を示す、立派な爵位だ。もう社会的にも自分は『ゼロ』ではない。しかし……。

「あの、マツシタには? 彼にはなにも無いのですか?」
「ぼくは、この『占い杖』がもらえればいい」
「かまわんよ。古い友人からもそう伝えられておる」
「え? ではその友人と言うのは……?」

かえって吃驚する松下に目配せし、オスマンは大きな声で告げる。
「今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ、諸君らは支度を済ませねばなるまい! 主役は君達じゃから、張り切って着飾るのじゃぞ」
オスマンが手を打ち、一同は解散する。
「マツシタくん、いや『ミスタ・マツシタ』、あなたには残って頂きたい。
古い友人からの伝言があるのでな」

【十六章 東方の博士】

オールド・オスマンは真剣な面持ちで、コルベールにも学院長室から退出させた。そして松下に『古い友人』について、また『占い杖』の出所について語り始めた。

「少々長話になる。あれは、もう100年以上も昔の話になるかのう……。部下たちを率いてある森を調査していたわしは、いつの間にか深い森の奥へと、まるで何かに誘われるように迷い込んでいった。そこで『悪魔』と名乗る怪物と遭遇したのじゃ……」

そやつは大柄な人間の体にフクロウの頭と翼を備え、黒い大きな狼に跨っていた。そして燃え盛る長剣を振り回しながら、狂ったような哄笑を挙げて襲い掛かってきた。すると奴の笑い声を聞いた部下たちは、いきなり同士討ちを始めよった。たちまち全滅じゃ。わしも奴の剣技と魔法に圧倒され、命を落とすところじゃった……。

そこを救ってくれたのは件の友人じゃ。彼はすでに相当年老いておった。じゃが彼が笛を吹き出すと悪魔は苦しみ始め、彼の取り出した真鍮の壷に吸い込まれてしまった。

「この悪魔は、『不和の侯爵』アンドラス。人々の間に悪意と殺意の種を播き、それを煽り立てて楽しみとする。争いや流血沙汰が無上の喜びという困った奴じゃ。危ないところでしたな、ご老人」

彼は『ヨハン・ファウスト』と名乗った。わしがメイジだと知ると、ミスタ・マツシタと同じく『東方』の悪魔使いだと告げた。

彼、ヨハン・ファウストは、こう語った。
「私は昔、強大な悪魔を召喚するのに成功し、その力で栄華を極めました。じゃが、最期に悪魔は私の全てを奪い去ったのです。私は死人も同然となり、社会から追放され、悪魔への復讐の念というよりは神への懺悔、そして悪魔のせいで腐ってしまった世界の改革への執念に凝り固まりました。そして、ある予言を知るに至ったのです」

わしらは友人となり、互いに知識を交換し合った。彼は実に博識じゃった。

「ああ、人生は儚い。何百年も生きていると足も腰も言うことをきかず、全ての喜びから見放されてしまうのです。ここまで意志の力で生きてきましたのじゃ。しかしわしはもう疲れ切っている」
「あなたをそうまで生きながらえさせる、気力とはいったいなんです」
「人類のために私の秘伝をある人に教えようと待っていたのですよ。それはそれは全く長い年月でした」

「秘伝とは?」
「わしが前半生を費やした、『悪魔を召喚する術』です。これを意のままに操る者は、世界を手に入れたも同然ですが、悪い方、つまり私のように、単なる私利私欲に使われると世界は破滅です」
「ふうむ」
「いつも馬鹿を見るのは善良な貧乏人です。このままではいつまでも国々は争い、金持ちばかりが幸福に暮らし、貧乏人は惨めな一生を送らなければならない」
「………」
「今ここに、頭脳のずば抜けた一人の人が現れて、強大な力で地上の天国、人類が平等に幸福を味わえる『理想郷』を実現するとすればどうでしょう。その人こそ、人類が長年待ちに待った『東方の神童』なのです」

彼は熱に浮かされたような口調で続けた。
現世は夢になり、夢は現世になる! それを成し遂げるのがメシヤ(救世主)です!さまざまな予言にはそう記されています。私は千年かかっても待ち続けますよ」

「……あの、さっき悪魔を封じた笛と壷は何なのでしょう」
「ああ、これは偉大なる『ソロモンの笛』と『ソロモンの壷』です。三千年も前に悪魔どもを使役して栄華を極めた、東方のソロモン王の秘宝ですよ。この笛の音には悪魔は逆らえず、壷には多くの悪魔を封印できます」
「ソロモン王の秘宝……」
「だが、悪魔の入った壷は危ないし、この『ソロモンの笛』は差し上げられない。これは『東方の神童』が持つべきものなのです」

秘宝を欲しがったわけではないが、彼はそういうと背中にさしていた杖を一本くれた。
「これは、昔遺跡を調べた時手に入れた『占い杖』という物です。たいした物でもないが、もしあなたの近くに東方の神童が現れたら渡して下さい。彼の『道しるべ』になることでしょう」
「いや、そんな」
「ハハハハ、私が持っていても墓場に持ってゆくようなものですよ。おや、話しているうちに森を抜けましたな。名残惜しいがここらで別れるとしましょう。ひと雨きそうですなア。では……」

「……以上が、『古い友人』と『占い杖』の話じゃ。その後あの森を調べたが、彼と再会することは叶わなんだ。よもや本当に『東方の神童』とやらが現れるとは、正直思っておらんかったが……」
オールド・オスマンはコップの水を飲み、松下の反応を見る。
「そのヨハン・ファウスト博士は、ぼくの師匠ともいうべき人物です。博士の夢はぼくの夢でもあり、全ての人間の夢でもある。ぼくは彼の死後、この地に召喚された。運命がこの『占い杖』と引き合わせてくれたのでしょう」

オスマンは満足げにうなずくと、松下に告げる。
「もう一つ、きみの右手に刻まれたルーンは『ヴィンダールヴ』のルーンという。使い魔でも幻獣でも、あらゆる獣を自在に操る力がある。なぜそれがきみに刻まれたかについては、こちらで調査中じゃ」
「なるほど。まあ便利な力だから、せいぜい利用させてもらいますよ」

「さあ、話はここまでじゃ。今宵は『フリッグの舞踏会』という晩餐会。東方出身のきみに爵位は挙げられなかったが、きみも立派なフーケ捕獲の功労者じゃ。存分に楽しむがよろしかろう。……それと、布教活動は学院内では自重してもらえんかのう。王宮や異端審問官に目をつけられては、揉み消せない大事になりかねん」
「わかりました」

その晩。
アルヴィーズの食堂の上の階は、大きなホールになっており、『フリッグの舞踏会』はそこで行われていた。ここぞとばかり着飾った生徒や教師が、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。貴族の晩餐会に相応しい、とても華やかな会場だ。

松下はこの場にそぐうよう多少のおめかしをされたが、『占い杖』を抱えてテラスで双月を眺めながら物思いに耽っている。

(ファウスト博士も、この異世界を訪れたことがあったのか。まるでキリストの先払いをした洗礼者ヨハネ、メシアの先払いをするエリヤだな)

「お疲れですか? メシヤ」
シエスタが声をかけた。だが彼女は歓談し舞踏する貴族ではなく、その舞台と食卓をセットする平民、使用人にすぎない。
「厨房の皆も頑張っています。ゆっくり楽しんでいって下さいませ」
そう言ってシエスタは微笑み、ワイングラスと小皿を渡してテーブルに戻っていった。

華麗なドレスに身を包んだキュルケが、いつもの如くたくさんの男に囲まれて談笑している。少々猥談が多いが、青年貴族の宴席はそんなものだ。タバサは黒いパーティードレスを着ているが、歓談にも参加せず、一心不乱にテーブルの上の大量の料理と格闘している。ギーシュはナンパに励んでモンモランシーに足を踏みにじられ、ビンタを食らっていた。

各々がパーティを満喫する中、音楽が鳴り響き、ようやく主役の最後の一人が入場する。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の、おな~~り~~!」

呼び出しの衛士が到着を告げる。『馬子にも衣装』というのか、桃色の髪をポニーテールにし、ドレスと宝飾品に身を包んだルイズは、黙っていればなかなか魅力的だ。我も我もと貴族たちがダンスの相手を申し込むが、ルイズは真っ直ぐテラスに向かってきた。
「こらマツシタ!ぼさっとしてないで、貴族のみなさんに挨拶でもなさい」
「挨拶など、もう必要なかろう。ぼくが挨拶したら信者以外はみんな逃げて行ったぞ」
「もう少しソフトに人と付き合いなさいよ……ほら、ダンスが始まるわ。あんたはタバサとでも踊ってあげたら?」

タバサは、ダンスなど目もくれずに料理を貪り食っている。
「彼女は料理たちと踊っているようだ。ぼくはダンスなど知らない。きみこそ、お相手を見つけたまえ」
「じゃ、じゃあ、このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、お誘いしてもよろしいかしら? ミスタ・マツシタ」

松下はすごく変な顔をしたが、せっかくのお誘いなので『御主人様』のお相手を務めた。跳ね回る『占い杖』が途中でダンスに加わったので、会場は一時騒然としたという。

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