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【AZアーカイブ】趙・華麗なる使い魔 第5回 趙・王女の密命!!

比較的平和なトリステイン王国にも犯罪者はおり、監獄も立派にある。その名も『チェルノボーグの監獄』。城下で一番監視と防備が厳しく、魔法障壁が張り巡らしてある。

もっとも、『杖』がなければメイジは普通どんな魔法も使えない。多くの貴族の財産を掠め取り、名誉を傷つけた『土くれ』のフーケは、当然もうすぐ縛り首だ。
「あーあ、すっかり調子が狂っちゃったなあ……ヤキが回ったよ」

あのプリンスとかいうふざけた貴族。『貴族らしさ』を戯画的なまでに追求し、エルフと見紛う強大な力を振るう男。まさかあいつがこの件に首を突っ込んできて、有無を言わさず自分も同行する羽目に陥るとは。アレはもう、ああいう奴なのだと思うしかない。逃げ出す隙もなかった。すっかり動揺して、アジトへ誘き出し、自慢のゴーレムで一同を亡き者にする予定が、あっさり返り討ちだ。あちらもこちらも傷一つない、華麗な勝ち振りだった。

「なあにやってんだろ。『火竜の杖』の使い方は分かってたけど、土メイジには使えないし。『見つかりませんでした』と学院に報告して、ほとぼりがさめたら依願退職って手もあったけど、あのプリンス様が、そんなつまらない事で納得するはずなかったかもねえ。薄々、あたしが犯人だと疑っていた雰囲気もあったし……やれやれ」

あいつにはエルフかスクウェア級メイジでないと、まともな勝負にならないだろう。だが、紳士でありフェミニストでもある彼は、女性や弱い者を傷つけないというスタンスを取っていた。こっちが早々と降伏したのは、命あっての物種だと思ったからだ。さっさと学院を辞めたかったし。

それに、まだ死ぬと決まったわけじゃあない。首に絞首縄がかかっても、生き延びるのがこのあたしだ。『運命の書』に生き延びると書かれ、『死神の帳簿』にはまだあたしの名前は書かれていない。そう感じたのだ。

「マチルダ・オブ・サウスゴータだな? 話がある……」

ほおら、やっぱり。音もなく現れた長身の男が、新たな運命様の使わしめだ。

ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュは、学院長室に集まっていた。
「オールド・オスマン学院長。せっかくですが、我々の『シュヴァリエ』の叙勲は辞退させて頂きます。私たちはほとんど何もしていません。全ては、あの素敵なプリンスのお手柄ですから」
「秘宝も宝物庫に戻り、学院に潜んでいた『土くれ』のフーケも無傷で捕縛。あの方、破損した本塔の修理までなさったのですよ。でも、プリンスに今更シュヴァリエなんておかしいですわね」

「もっともじゃな、諸君。じゃが、キミたちの協力なくしてプリンスも動かれなかったかも知れん。特にミス・ヴァリエールはプリンスの……『主人』じゃしのう」
オスマンが顎鬚を撫でつつ眼を細めた。すでに使い魔モートソグニルは、キュルケたちの足元背後に潜ませている。

「白・黒・縞……うむ、個性豊かな面々が揃ってこそ、大事が成し遂げられるというもの。『皆は一人の為に、一人は皆の為に』という事じゃよ。分かるかな。功績がシュヴァリエに相応しくないと言うなら、王宮から金子なり宝物なり下賜されるかも知れん。勲章など、どうせケチな『鳥の骨』めが『従軍が必須資格だ』とか言って、くれやせぬ。まあ、今は王宮に報告しておくといたそう」

使い魔たるハツカネズミの視界を共有し、オスマンは満面の笑みを浮かべている。実に満足そうだ。四人は微笑んで敬礼し、学院長室を後にした。

入れ替わりに、趙公明が入室する。ドライアイスのスモーク付きで。
「やあ、オールド・オスマンくん。続けて済まないね。さて……あの『火竜の杖』、いや『火竜鏢』について、出所を聞かせてもらえるかな? この僕の左手にある、謎の文字についても、だ」
「プリンス……おお、モートソグニルよ、寒かったか? よしよし」
彼の登場がいちいち派手なのは、まあお約束だ。これでも自重している。

「ええ、お話しいたしましょう。まずは、左手のルーンのことから。調査の結果、それは伝説の使い魔『ガンダールヴ』の証であると判明しました。六千年前、始祖ブリミルに仕えた『神の盾』であり、あらゆる武器を自在に操った無敵の戦士です」
「始祖?」
「我々メイジや平民の始祖であり、異界から降臨してハルケギニアを支配した、偉大な最初のメイジです。貴方は……その、ブリミルの関係者というわけでは、ないのですか?」
「いいや。それに似た者とは、戦ったことはあるけれど」
あの好敵手の顔を思い出し、ふっと笑う。

「……ブリミルの正統な子孫たる王族には、稀にブリミルの力、『虚無の魔法』を行使できる者が生まれます。四大系統のどれより強力で、恐るべき魔法だそうです。その『担い手』としてミス・ヴァリエールが選ばれたゆえ、貴方が『ガンダールヴ』となるために、この地に召喚されたのではないでしょうか……彼女の家も、王族の後裔ですし」
「ふうむ。僕は不老不死だから、ルイズが老衰で死ぬまで仕える事はできるが、いつかは『神界』へ戻らねばならないだろう。彼女を連れて行く事もできるかもね」

「さて、『火竜の杖』についての説明がまだでしたな。こちらについては出所がよう分かりません。ただ、数百年前に『ガンダールヴ』が現れた際用いた兵器だとも、東の『エルフ』たちが創造したとも言われております。わしが学院に来た頃には、すでにあったかと」
「あれが僕たちの世界で使用されたのは、数千年前の話。何者かが召喚したのか、『神界』の者と一緒に来たのか。来た方法が分かれば、帰る方法も分かるかもしれないね」

もともとは金鰲列島産の宝貝だが、陳桐から太公望の手に渡り、崑崙の道士・黄天化が持っていたはず。こちらとしても『縛竜索』だけでは心もとないし、華麗ではない。例の『金蛟剪』は哪吒に埋め込まれたし、今回の報酬として貰っておこうか。神や仙人といっても不老不死なだけで、宝貝がなければ大したことは出来ない。余程の大仙人か、趙公明のような『妖怪仙人』でないかぎり。

「じゃあ、『火竜の杖』を貰えないかな? 戦力強化にもなるし、戦いも派手になる」
「はあ……構いませんが、余り貴方に大暴れしてもらいますと、国際紛争が起こりかねませんので。ミス・ツェルプストーに貸与するという形にいたしましょう」
「そうしてくれるかな。宝貝も、メイジによって相性があるようだし」

しかし、ルイズの『虚無』とは何だろう。あの戦いで見せた『爆発』のことだろうか。確かに土でも風でも水や火でもない、純粋な爆発現象を起こせるのは『虚無』かもしれない。こちらも調べてみる価値はありそうだ。主人の自信回復にも繋がるのだから。

その日、トリステイン魔法学院は色めきたっていた。亡き国王陛下の忘れ形見にして王位継承者、アンリエッタ王女が行啓なさるというのだ。授業は中止となるが、教職員は慌てて歓迎式典の準備を行うと共に、生徒は正装して正門前に整列する。

やがて『魔法衛士隊』に護衛された、二台のお召し馬車が到着する。国政を取り仕切るマザリーニ枢機卿の馬車の前に、ユニコーンが牽くうら若き姫様の馬車が止まり、ちらりとお姿を現された。栗色の髪、白い肌、青い瞳に整った鼻。可憐で高貴で神聖な美しさだ。有能・博識だが酷薄で、『鳥の骨』のように痩せた枢機卿も、姿を見せる。国民の人気は断然アンリエッタ王女が上。老若男女問わず、そう答えるだろう。生徒や教師の間から、どよめきと溜息、歓声が聞こえる。

「「おお、なんと麗しい姫殿下……この僕がお守りするに相応しい!(ヴァアアン)」」
「……ギーシュ、プリンスとハモらないで頂戴。でも本当、お綺麗になられたわ」
ルイズが懐かしげに眼を細める。国内随一の公爵家令嬢たる彼女は、王女の親戚にして幼馴染でもあった。

その夜。歓迎式典も無事終了し、姫様は貴賓室に宿泊された。だが、ルイズの部屋に訪れてきたのは、真っ黒い頭巾で顔を隠した、王女その人。
「姫様!? いけません、このような所へお忍びで、などと!」
「ああ、ルイズ・フランソワーズ! 私のお友達! なんてお久し振りなの! それに、そんなに立派な殿方をお連れになって、隅に置けないわ」
「え!? あ、いえ、あの」

趙公明はルイズの部屋の椅子に腰掛けて、寝る前のワインを味わっていた。おもむろに立ち上がると、つかつかと姫のもとへ歩み寄り、にこやかに恭しく一礼する。
「ご挨拶が遅れまして、失礼いたしました、プリンセス。お初にお目にかかります、トリステイン王国のアンリエッタ王女殿下。ご機嫌麗しゅう。僕は、仙人界は金鰲列島の貴公子(プリンス)、趙公明と申します。先日、こちらのミス・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢に召喚され、彼女を守る『使い魔』、華麗なる騎士となる契約を結びました。以後、お見知りおきを」

洗練され、優雅で軽やかで堂に入った挨拶に、一瞬二人のお姫様は頬を染めて呆然とする。山百合と薔薇の芳香が漂い、背後には神々しいほどの輝きさえ見えた。BGMを弾くピアノ奏者までも。
「え、ええ、よろしく、プリンス・チョウ・コウメイ・オブ・キング・オ・レットー殿下……でよろしいかしら。なんて素晴らしい、貴族に相応しいご挨拶なのかしら。この私、感動いたしましたわ」
年の頃は20代後半か。アルビオンのウェールズ皇太子よりやや年上だが、実力はスクウェア級以上だろう。見事な身のこなしといい、体術も相当の域に達している。

「お二人とも、ご活躍のお噂は聞き及んでおりますわ。先日はゲルマニアに表敬訪問中でしたが、なんでも盗賊退治の功績として『シュヴァリエ』に叙勲されるとか。でも、どうしてお友達ともどもお断りなされたの? もっと高い爵位がよろしかったかしら」
「いいえ、全ては、このプリンスのお手柄だったんですもの。私なんか、足手まといで」
「そんなことはないさ、ルイズ! キミたちの一致団結した活躍あってこそ、強力な敵を倒せたんじゃないか。キミにはすぐに素晴らしい爵位が下賜されるさ。誰にも文句が出ないような働きをしてね」

王女がくすくすと微笑む。貴族の鑑のような人だ、羨ましい。自由というのは、こんなにも有難いものだったなんて。ルイズと遊んでいた子供の頃には思ってもみなかった。

アンリエッタとルイズは、しばらく積もる話が弾んでいた。幼馴染の間柄だ。普段は話せないことも大っぴらに話せるが、傍にプリンスがいるのでやや自重している。やがて、アンリエッタから本題が切り出された。

現在アルビオン王国では貴族議会派によるクーデターの最中で、現体制は崩壊寸前。そしてクーデターが成功した場合、次は我がトリステイン王国が狙われる。それを防ぐため、姫様は隣国ゲルマニアの皇帝と結婚して同盟を結ぶが、以前姫様が送った一通の手紙がアルビオンの皇太子の手元にあり、同盟の妨害に使われかねない。そこで姫様は、幼馴染であり信頼出来るルイズに手紙の回収を依頼した、というわけだ。

……一つ一つの事を述べるたび、いちいち身振り手振りを加え、身を仰け反らすわ床に崩れ落ちるわ、顔を手で覆ってヨヨと泣き暮れるわ、芝居の一幕のようだ。趙公明も涙を流して頷いている。

「国王陛下とウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル城に立て篭り、陣を構えておられます。『土くれ』のフーケを難なく捕まえた貴女がたならば、この困難な任務もきっと果たせるものと、見込んで参りました。出来得るならば、お二方をも密かにお救いし、いつか王政復古を成し遂げられるようご援助したいものですが……」
がばとルイズがひれ伏し、趙公明も膝をつく。
「姫様! お涙をお拭きになって! たとえ地獄の釜の中でも、竜のアギトの中でも、このルイズが姫様と王国の危機を、見過ごしておけましょうか! その一件、是非ともお任せ下さい。一命にかけても、やり遂げてご覧に入れます!」

「そうとも。ルイズとこの僕が、高貴で美しい姫殿下の御命を果たせないはずがないさ。ルイズは立派な手柄を立て、相応しい褒賞を頂けるに違いないよ」
「まあ、頼もしい貴公子様。私の大事なお友達を、これからもよろしくお願いいたしますね」
差し出されたアンリエッタ王女の手の甲に、趙公明は恭しく接吻する。王女もルイズも、頬を染めている。彼にかかれば、どんな難事も楽勝だろう。

アンリエッタは頷くと、ルイズの机に座り、さらさらと一通の手紙をしたためる。最後に、躊躇う様子を見せ、末尾に何かを書き加えた。
「始祖ブリミルよ……この愚かな姫の、自分勝手をお許しください……。でも、私はやはり、この一文を書かざるを得ないのです……」
そう呟くと、アンリエッタは手紙を巻き、杖を振るった。すると手紙に封蝋がなされ、花押が押される。最後に、いとおしげに手紙に接吻すると、指から青いルビーの指輪を外し、手紙とともにルイズに手渡す。

「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょうから。それと……これは母君から頂いた『水のルビー』です。 身分証明と、せめてものお守りに持ってください。旅の資金が不安ならば、売り払っても構いませんが……」
「そんな! 王国に伝わる始祖の秘宝に、値段など付きませんわ!」

王女はくすりと微笑み、ルイズに念を押す。
「この任務には、わが国の未来がかかっています。この指輪が、アルビオンの猛き風より、貴女がたを守りますように。では明日の早朝、学院の正門前に来て下さい。案内の者を呼んでありますので」

翌朝早く。魔法学院の正門前にて。
ルイズと趙公明は用意された馬に跨っていたが、来てみると先客が三人もいた。巨大な風竜もだ。
「って……何であんたたちもいるの? これは密命よ!?」

「プリンスにお聞きしてね。大丈夫、姫殿下にも御許可は頂いたよ。この僕、ギーシュ・ド・グラモンに微笑みかけて下さった姫殿下のために、この命を捧げるつもりさ!」
「こんな面白い事、放っておけるわけないでしょ?プリンスの足手まといにはならないわ。私には『火竜の杖』もあるし、可愛いフレイムもいるもの」
「心配」
「おおルイズ、勝手に密命を漏らした事は反省しているよ。でも、華麗でなくては冒険ではない。皆に見せ場を作り、素晴らしい武勇譚を謳いあげようじゃないか、フフフフフ」
……まあ、こいつらなら裏切る事はないだろう。派手な密使というのも考え物だが、陽動にはなるかも。

そうルイズが考えを巡らすと、いきなりモコモコと地面が盛り上がり、小熊のような茶色の生き物が顔を出した。ギーシュは大喜びで瞳を輝かせ、そのつぶらな瞳をした生き物を抱きしめると、頬ずりする。
「ああヴェルダンデ! 僕の可愛い使い魔、ヴェルダンデ!」
「なにそれ、ジャイアントモール(巨大モグラ)?」
「いかにも。名前は『ヴェルダンデ』だ。おお、お前もついて来たいのかい?」

ルイズとキュルケは胡散臭いという顔をする。
「浮遊大陸のアルビオンへ行くのに、モグラはないんじゃない?」
「そーよ。大体、風竜どころか馬にも追いつけないんじゃないの? 乗せてってあげてもいいけど」
「僕のヴェルダンデを侮るな! 風竜には無理でも、地中を掘って馬の走る速度にもついて行ける、素晴らしいモグラさ! 浮遊大陸とはいえ土も岩もある。思いがけない活躍をしてくれるはずだよ」
趙公明は、二つの宝貝『土竜爪』と、各々の使い手を思い出す。崑崙の方の彼は、モグラの妖怪仙人ではなかったのだろうか? もう一人の原形も不明だったが。それより浮遊大陸とは……。

と、巨大モグラが鼻をひくつかせた。ギーシュの傍から離れ、ルイズへと近寄る。
「な、何? …やっ、ちょっと! きゃっ、やめて!」
巨大モグラはいきなりルイズを押し倒すと、突き出た鼻で体の隅々を嗅ぎまわり始めた。
「やぁっ! ちょっと、どこ触ってるのよ!? 何これ!?」
「どうやら、きみの持つ『水のルビー』に反応しているようだ。僕のヴェルダンデは、珍しい宝石に目がないのさ」
「もおおギーシュ! さっさとやめさせなさいよ! くすぐったい! 助けてプリンス!」

「疾ッ!!」

声とともに上空から一陣の風が吹き、ルイズに抱き着いていたモグラが吹き飛ばされた。ごろごろと転がったモグラは、目をまわして気絶してしまう。
「だ、誰だ!! 僕のヴェルダンデに、何をする!?」
ギーシュは薔薇の造花の杖を構え、空中へ怒鳴る。趙公明やキュルケやタバサも、一応警戒する。

すると朝靄の中から、空飛ぶ幻獣・グリフォンに乗った、長身長髪の男が現れた。短い鬚を生やし、頭には羽根帽子を被っている。見るからに気障だが、なかなかの使い手だろう。

「落ち着きたまえ、僕は敵じゃない。姫殿下より、キミたちに同行することを命じられた者さ」
「あ、あなたは……!! まさか、ワルド様!?」
空から舞い降りた青年貴族は、懐かしむような口調で帽子を取り、ルイズに恭しく一礼をした。
「いかにも。魔法衛士隊・グリフォン隊の隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵だ。よろしく、ミス・ルイズ・フランソワーズご一行。それで、貴方が噂の『プリンス』ですか?」

ワルドの腰には、太い教鞭のような『杖』が差してあった……。

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