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【AZアーカイブ】ゼロの蛮人(バルバロイ)第六話

王都トリスタニアの裏路地から、ずっと奥に入ったところの廃屋。

その地下に、魔法を使わねば入れず、まだ誰も知らないフーケの隠れ家があった。一応厩舎もある。
「食事を有難う、ミス・ロングビル。ひと心地ついたわ」
「遅くなって申し訳ない、ミス・ヴァリエール。頭の傷は、もうよろしいですか?」
そう言われてルイズが包帯を外してみると、秘薬がよく効いて頭の皮はくっついていた。少し痕は残るかもしれないが、カツラのお世話になるのは免れた。ちょっと痒いが。早く洗髪して、こびりついた血糊を落とさなくては。

トラクスとデルフ、そしてロングビル(フーケ)はやや離れた別室に移り、今後の協議をする。ルイズは一人にしておくと精神的に参ってしまいそうなので、無口ながらタバサにお守りをさせる。
「亡命だァ? この国を出るってのかよォ」
「そ。どうせトリステインには、長くいられないし」
主に喋るのはロングビルとデルフで、トラクスは相槌をうつ程度だが。

「あの桃色娘の実家は『ラ・ヴァリエール公爵家』って言って、この国一番の大貴族よ。王家とも血縁関係にあるし、強力なメイジの家系でもあるの。敵に回すと相当ヤバイわ。……彼女はちょっと落ちこぼれみたいだけどさ」
「俺様とトラクスがズンバラリン、と殺っちまうってわけにゃあ、いかねェのか……」
「まず、無理ね。学院の奴らやあたしみたいなメイジとは、格が違うもの」

となると、当面はトリステインに敵対する強国へ身を寄せるのが得策か。
ロングビルはハルケギニアの地図を取り出すと、簡単に地理を説明する。 
「やっぱりこのゲルマニアか、アルビオンね。ガリアやロマリアは蛮人には冷たいし。ゲルマニアにもメイジはいるけど、魔法が使えなくても、カネさえ積めば貴族にもなれるの。その分魔法以外の技術も発展してて、東方のエルフとも繋がりがあるらしいわ。トラクス好みかもね」

書いてある文字は読めないが、トラクスにも地図は分かる。
「うむ……トリステイン、ここ。ゲルマニア、ここ。ガリア、ここ。……アルビオン、どこにある」
「ここよ」
トラクスの問いかけに、ロングビルは海の中の大きな島を指差す。

「海の上に描いてあるけど、アルビオンは『浮遊大陸』って言って、文字通り国土が天空に浮かぶ島国なのよ。そこへ行くには飛行船に乗らなきゃならないけど、どうせ港にはあんたの手配書が回ってるだろうし……まぁ、強奪するなりなんなり、あたしたちなら可能でしょうけどさ」
トラクスがデルフから通訳してもらい、目を丸くして驚いている。浮遊大陸なんて聞いたこともない。
「ちなみにここはあたしの祖国だけど、今は貴族連合が国王に反乱を起こしていて、もうすぐ革命が成立するって噂よ。ヤバイ話はいろいろ聞いてるわ。そのうちトリステインにも攻め込むでしょうね」

と、いきなりドアがノックされた。
ありえない。ルイズたちは鍵のかかる部屋にいるし、ここはまだ、誰も知らないはずだ。二人と一本が警戒する。
「失礼、そちらのお嬢さんは『土くれのフーケ』こと、ミス・マチルダ・オブ・サウスゴータですね? そしてトリステイン魔法学院から脱走した、蛮人の戦士トラクス殿」
きれいなアルビオン語で、外の男の声がする。いきなり本名を呼ばれ、フーケも動揺した。

「ああ、申し遅れました。私、アルビオンの貴族連合『レコン・キスタ』に属する下級貴族です。ユリシーズ、と今はお呼び下さい。ただのラインメイジですよ」
「アルビオンのユリシーズ、ね。どこからつけて来たかしらないが、あんたが敵じゃあないって保証は?」
「お聞きしたところ、我がアルビオンへの亡命をご希望のご様子。こちらの条件を二つほどお飲み頂ければ、不肖この私めが手配をさせて頂きますが……」

デルフから通訳され、トラクスが臭いを嗅ぐような仕草をする。
「……悪い話でない。トリステインの臭い、あまりしない。襲ってきても、向こうは一人」
それに、ここで逃がせば通報される。選択肢はない。

トラクスがゆっくりとドアを開ける。まだ若い、人を食ったような表情の男だ。『レコン・キスタ』の身分証明書を見せる。
「何も出なくて悪いね。何をすればいいんだい? ミスタ・ユリシーズ」
「ええ、ひとまずは、そちらが拉致された『ラ・ヴァリエール公爵令嬢』の身柄をこちらへ。殺しはしません。あとの一つは、ちょっとした任務ですよ。このあとでお伝えしましょう」
すっかり向こうのペースだ。随分下調べして来たらしい。少々荷厄介な我侭お嬢ちゃんを預かって、世話してくれるというのだ。負担は軽くなる。

「…………分かったよ。じゃあ、そっちに嬢ちゃんを渡すことにしよう。ちょっと来な。言っとくけど、傷物にしたら、親御さんが黙っちゃいないよ」
「大丈夫ですよ、ご安心を。こちらにしても、大事な人質ですからね」

ユリシーズと名乗る謎の男は、ロングビルとともにルイズたちの部屋に行くと、言葉巧みにルイズを説得した。洗練された身のこなしと優雅な口ぶりは下級貴族とは言いがたい。結局、タバサもついて来ることを条件に、引渡しは決まった。

「ふぅ、上手いもんだ。……で、任務ってのは何だい? いかにあたしたちでも、出来ない相談ってのはあるよ」
「なあに、簡単と言えば簡単です。今、我々がアルビオンのテューダー王家を追い詰めているのはご存知でしょう? 奴らは名城・ニューカッスル城に立て篭もり、なおも頑強に抵抗しています。しかし、もはや将兵の数は300名ばかり。こちらは数万の軍勢と大艦隊です。風前の灯火に過ぎない」
話は聞いていたが、もうそんなことになっているのか。

「そこでお二方には、我々に協力する証として、国王か皇太子の『首級』を上げていただきたい。奴らは多分に漏れず強力なメイジですが、お二方にかかれば容易いでしょう」
たいした任務だ。普段なら死ね、というに等しいが、手ごわいのは数人程度だろう。
「ああそれと、奴らは『風のルビー』という秘宝を持っています。もし手に入るようでしたら、こちらに持ってきて頂けると、手間が省けます。それ以外の金銀財宝は、まあ貴女がたがお好きなように。もっとも少々残して下さいませんと、将兵への恩賞が配分できませんので、程々にお願いしますよ」

ユリシーズの提案は以上だった。トラクスは無言で肯き、『フーケ』もニッと笑う。
「女盗賊と蛮人が、王様の首を討ち取るのかい。面白そうじゃないか」

一方、トリステイン魔法学院の学院長室。

ラ・ヴァリエール公爵夫妻を中心に、対策会議が続いていた。参加しているのは、学院長オールド・オスマン、教師コルベール、ルイズの許婚ワルド、そして友人キュルケ。

「学院の馬が一頭トラクスに盗まれまして、門のところで射殺されました。 逃走は徒歩とは考えにくいのですが、周囲に蹄の跡も見当たりませんでして……」
「大体、そのロングビルという女が怪しい! オールド・オスマンの話では、メイジとは言っても没落貴族で、酒場で働いていたのをスカウトしたそうではないか。そんな奴、雇う方がどうかしている」
「彼女が手引きをした、というわけですな。確かに蛮人一人で行動するのは、限界があるかもしれません。土のメイジなら足跡も消せます!」
「セクハラで大分学院長と揉めていたらしいですし」
「揉んだのはわしの方じゃ!!」
全員からパンチやキックが飛び、オールド・オスマンが吹っ飛ばされる。

「タバサはガリアの貴族だけど、あんまり喋らないから私も詳しい素性は知りませんわ。トラクスに拉致されたといっても、あいつだって女を3人も連れ歩くわけないし」
「自分の意思でついて行っているのかも知れんな。もしくは、ルイズが心配で一緒に行くことにしたか」
「多分、杖は没収されとるでしょう。ああ見えて彼女は、トライアングルメイジの上、ガリア王国から『シュヴァリエ(騎士)』の称号を下賜された人物ですからな」
素早くオールド・オスマンが復活している。

コルベールからトラクスの新情報が提示される。
「あれからトラクスの左手に浮かんだルーンを調べてみたのですが……伝説の『ガンダールヴ』のルーンに酷似しています。効果は『あらゆる武器を自在に操る』こと。もともと剣の達人だったようですから、相性は良かった、いいいいや悪かったようで」
公爵夫妻がギロリとコルベールを睨む。

ワルドが先を急ぐ。
「ロングビルという女は、アルビオン出身だと言いましたね? では、そこへ亡命する可能性もある」
「ラ・ロシェールにはすでに人をやってある。フネの入出港までは止められんが、ルイズ・フランソワーズおよびトラクスという名前と人相描きに気をつけろ、と厳命させた」
「では、ここは僕が一つ、グリフォンでラ・ロシェールへ行きます! もしかしたらアルビオンへも。義父上、義母上、僕がルイズを無事連れ帰ったら、僕たちの結婚を認めてください」
「よかろう。王宮の方へは話をつけておく」

「あら、それなら私も行きますわ。ルイズもタバサも大事な友人ですもの」
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーも、巨乳を揺らして名乗りをあげる。しかしツェルプストーとヴァリエールは、先祖代々の仇敵の間柄。公爵夫人は露骨に嫌そうな顔をした。
「まあよい、キュルケくんもワルド子爵と一緒にアルビオンへ行ってくれ。我々自身は動けんが、ゲルマニアやガリアにも密かに捜索隊を送るとしよう」
完全なスパイ活動だが、愛娘の命には換えられない。トラクスのせいで国際問題が発生しそうになってきた。

「よし、ミス・ツェルプストー。準備が出来次第、出発しよう」
「あら、キュルケとお呼び下さいな、ワルド様」

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