見出し画像

【FGO EpLW 殷周革命】第三節 鬼神奔尋頸上功

<BACK TOP

暗雲が空に低く垂れ込めている。超自然の雲だ。雲の端は河水の上に垂れ下がり、内外を遮断している。

雷雲を地上へ、商の都へおろす。広くはあるが貧相な都市だ。青銅器ばかりで、宝石も金銀も乏しい。土民どもがひれ伏し、おれに香を焚く。鷹揚に片手を上げてやる。拝んで悪いこともなかろう、おれはこいつらの国を護っているのだ。敵は撃退した。しかし状況は良くはない。河の彼方に新たな英霊たちが出現したようだ。気配でわかる。

我が能力も宝具も、万能とはいかぬ。敵側にも強力な英霊がいる。ヴィシュヌめ、おのがアヴァターラを英霊として放ちおったか。
さあて、しかし。
あるじは狂った英霊に取り憑かれ、もう一人も話が通じぬ。結界の外へは出られぬし、矢も通さぬときた。おれの放つ魔力を利用するとは。どうしたものかな。いずれ奴らは結界を抜け、こちらへ攻めて来る。それをのんびり待つべきか。抜け出る方法を探るか。

王宮の前庭に降り立ち、ずかずかと内殿へ歩いて行く。面倒だが、『充電』せねばならぬ。
「ううううううう………」
内殿から聞こえる呻き声に、土民どもが逃げ散る。あたりが焼け焦げ、焼死体が散乱している。やれやれ、また発作か。

「王よ、戻ったぞ。機嫌はどうだ」

うんざりした顔で『王』に挨拶する。髭はぼうぼう、髪はボサボサ。唇から泡をこぼし、血走った眼球、瞳はうつろ。狂人だ。右手には棍棒めいた王笏を握りしめ、時々思い出したように振り回す。首を巡らせ、ぎろりとこちらを睨んだ。

「おお……悪魔め、舞い戻ってきおったか。息子を、嫁を、孫を返せ。いつまで余を苦しめるというのだ」
「おれは貴様を苦しめはせぬ。貴様が自らを苦しめておるだけだ」

王はまた、ブツブツ言いながら歩き回る。ややあって、再び首を巡らせる。
「悪魔よ、黒い悪魔よ。余の、白い神の力が欲しいか」
「ああ、頼む。貴様のここでの存在意義など、それだけだ。おれが貴様の国を護ってやる」
「ふん! 御神の正義が、悪しき地上の国と悪魔を滅ぼすのだ。貴様のようなものに、なんで護れようか!」

王は王笏を振り上げ、おれに投げつける。片手でそれを掴む。王笏は激しい雷を放ち、辺りを焼き滅ぼす。だが、おれは無事だ。メーガナーダ、インドラジット、天帝インドラを打ち破ったこのおれには、雷こそが馳走だ。王の放った雷撃を全て吸収すると、ぽいと王笏を投げ返してやる。王はこれを受け取ると、傍らの女の焼死体めがけて振り下ろし、粉微塵にする。

「王よ。バーサーカーよ。ライダーはどこへ行った」
「貴様が知らぬものを、なんで余が知ろうか。余は忙しいのだ。次に粛清すべき裏切り者を占わねば……!」

――――妄想に耽る王と別れ、宮殿を散策する。もはや人の気配はない。災厄そのものと化した王に、近づく者がいようか。

さて、ライダーがいない。侵入者を追っていったようだが、戻って来た様子も、結界を破って外へ出た形跡もない。敗れて消滅したか。いや、そんなタマではない。あれは人間あがりの英霊でありながら、神霊にも匹敵する「鬼神」だ。そんじょそこらの英霊に敗れるような存在ではない。奴のぶんの鼎にも反応がある。

「なにかの術を用いて、結界の外へ出たか。ならば重畳」

◆◆◆

孟津。先ほど英霊たちが戻って来た船。数人の兵士らが噂話をしつつ、船から矢を引き抜いている。河の彼岸とは雲の壁で遮られたが、嵐は静まり、水面は穏やか。だが、兵士らの心中は穏やかでない。

「なあおい、結局あいつらは何なんだろうな……あの、英霊とかいうのは」
「知らねえよ。英霊っていうからには、鬼神のたぐいだろう。王様が鼎から呼び出したっていうぜ」
「王様は『天が味方し、鬼神が味方しているから、必ず勝てる』っつうけどよ……鬼神は怖えよなあ」
「けど、あっちにもいるって言ってたよな。で、負けて一旦逃げて来たと」
「ああ。あのすげえ雷を見ただろ、聞いただろ。あれは、あっちの鬼神の仕業だよな」
「この雲の壁は、こっちの鬼神の仕業だそうだ。さっきの雷を防いでた。どっちも人の手に負える存在じゃねえ」
「負けて逃げてきたには違いねえだろ。こっちの鬼神の方が弱いんなら、やべえんじゃ……」

―――と、不気味な声が響き渡る。

『グググ……ググググ……』

兵士らが狼狽える。姿は見えないが、声は近い。獣めいた禍々しい気配も感じられる。鬼神の話をすれば、鬼神が寄って来るというが。
「!? おい、聞こえたか」「ああ」「鬼神か!?」
「まさか、ふ、船の中に、鬼神が入り込んでるんじゃ……!? 熱ッ」

手の中の矢が、鏃が、熱く燃え上がり、膨れ上がる。兵士らは声もなく飲み込まれ、血肉と臓物を撒き散らす。異様な熱が骨肉を灼き、魂を喰らい尽くす。身につけた革の甲冑や、青銅の武器も、諸共に熔解する。

『……クロガネノ……ツワモノ……アラバ……』

それらが一塊となり、黒い甲冑に包まれた異様な姿となる。セイバーが戦っていた黒騎兵だ。腰には太刀と弓矢。両眼を赤黒く輝かせ、全身から凄まじい妖気を放っている。顔はぐねぐね蠢く奇怪な面頬に覆われ窺い知れない。

『ワガ……イクサ……』

黒騎兵が船から降り立つ。地面から黒い軍馬が現れ、傍らに立つ。彼はひらりとこれに跨る。

◇◇◇◆

「……来たな」
「うむ」
セイバーとランサーは同時に立ち上がり、陣営の見張り台から渡し場の方を睨む。続いてアサシンも駆けつける。あちらもこちらも黒い姿ばかり。
「早くも、結界が破られたか。マスターたちが出発して、まだ数刻と立たぬというのに」
「そうじゃないっぽいねェ。結界をどうにかして、潜り抜けて来たって感じ。あの雷野郎じゃないのなら……」
セイバーが舌打ちし、苦虫を噛み潰したような顔をする。実際、口の中では羊の胆嚢を噛んでいる。「嘗胆」によって魔力を高めているのだ。
「あの黒騎兵。推定、ライダー。余の失態か」

セイバーは胆嚢を飲み下すと、腰の双剣を抜き、地面を指す。たちまち幽鬼の如き彼の軍勢が召喚され、周囲に展開する。越の決死隊だ。盾を連ね、矛を並べ、船着き場と陣営を結ぶ木造の関門へ向かう。船着き場側にいた兵士たちが、先を争って逃げ込んで来る。
「急いで通れ! 後ろに下がり、王の本陣を護れい! これよりは英霊、鬼神同士の戦いだ!」
セイバーが牙をむいて大音声に叫び、兵士たちは急ぎ後方へ下がる。敵の鬼神も恐ろしいが、陣営を逃亡すれば、この鬼神たちの祟りが恐ろしい。

「武王の命、三つの鼎。どれも渡すわけにはいかぬな」
「周公旦と、太公望も。歴史が変わってしまう」
「相手は一騎。アタシらは三騎。ま、なんとかなるでしょ……」
「……確かに一騎だが、増えるようだ。見よ」

黒い騎兵が右腕を振るうや、地面から数騎の、同じ姿の騎兵が召喚された。セイバーと同じく軍勢を宝具として呼べるらしい。とは言え、数騎。
「はン。当然、がっつり罠は張ってあるよ。騎兵なんざ、脚をやられりゃコケちまうさ。数も大したこたァないしね」
複数の敵を相手にするのは、前の特異点で慣れている。相手が英霊や死霊、生物であれば、縄が効く。そうでなくても罠は効く。

「……どしたの、ランサー。武者震いかい」

鎧がカチャカチャと鳴る音に、アサシンが振り向く。そう言えば、あの黒騎兵どもの鎧と、ランサーの鎧。似てはいる。
「ひょっとして、知り合い? 同じ国の出身とか……」
「あ、ああ。そうだ……そうだろうな」
ランサーは、背骨に氷を詰められたような感覚を味わっている。念話を通じて、マスターにも。

◇◇◇◆

「……ん、なんか来たみてぇだぜ。敵だ」

嵩山山頂。空飛ぶ馬車で高速移動してきたマスターたちは、湧き出る妖怪たちを撃退しながら鼎を探していた。だが、ちっとも見つからない。結局ウォッチャーのひっかけか、と訝しみ始めた矢先、マスターがランサーからの念話を受信した。
「やはり、来ましたか。しかしどうやって……」
「手段を問うている暇はありませんな。やれやれ、魔術師としての自信をなくしますよ」
『鼎探しは後回しにして、急いで帰るしかねえだ。こっちの鼎や王様の命を奪われたら、ゲームオーバーだ』

「今更ですが、拠点防衛用にわたしも残っていた方が良かったですかね…」
小さくため息をつくシールダー。本来のマスター・藤丸立香(♀)を取り戻すためとはいえ、見知らぬアメリカ人男性に使役される状況は、実際不本意である。
「シールダーのお前がいねぇと、俺が危ねぇだろ、俺が。ダ・ヴィンチも呼べるしよ。なんかお前とは念話できねぇし、キャスターどもは頼りねぇし」
「戦闘なら、ランサーさんやアサシンさんの方が得意だと思うんですが……で、ランサーさんは何と」

あまり離れると視界共有は出来ないようだが、エピメテウスの中継により、念話は数十km離れたここまで届く。面倒くさそうに、マスターが問い返す。
「おいランサー、何が来やがった……おい……ぐッ」
マスターが急にうずくまる。背骨に氷を詰められたような感覚。頭痛。耳の奥が詰まる。首から上が、やけに熱い。歯の根が震え、全身に鳥肌が立ち、脂汗が滲む。
「おい、言え! チクショウ、何が……」
「どうしました!?」

◇◇◇◆◆◆◆◆◆◆

なんだ、この震えは。数々の戦場を駆けてきたこの拙者が、英霊が、なんたるブザマか。河水の傍らに現れた敵将、騎兵は、明らかに日ノ本の騎馬武者たち。当世具足は一騎もいない。古い絵巻物に出て来るような大鎧だ。……やや簡素だが。源平の武者でも来たというのか。それが、六……七騎。

「射程に入った。行くよ!」
アサシンが罠を発動させる。地面に杭や枝を幾つも刺し、そこに例の縄で作った網を仕掛けておいたのだ。埋めているわけではないため、近づかずとも発動できる。騎馬武者たちの馬の脚が絡め取られ、縄に襲われ、次々と縛られていく。恐るべき罠。だが……。

「……チッ、魂のないお人形か。この手応えは、砂……いや、砂鉄で騎兵を作って動かしてやがる。足止め程度にゃなるけどね……」
アサシンが舌打ちする。であればこれらを操っている本体を倒すのが先か。
「ランサー、余と共に切り込むか」
「……いや、近づくのは危険だ。足止めして、マスターたちの到着を待つのがよい」
いくさ人の本能が、危険を告げている。あれは、迂闊に近づいてはならぬものだ。あれは……!

一騎が太刀で縄を切り払い、罠を抜け、こちらへ駆けてくる。セイバーが軍勢を半分ほど門から繰り出し、広い坂道を遮って立ち向かわせる。盾を並べ矛を立て、突撃や跳躍を妨害する。こちらの矢の射程に入った。しかし!

「散れ!」

咄嗟に叫び、セイバーとアサシンを突き飛ばし跳躍。一瞬後、足元の地面から太刀が現れ、我々のいた場所を薙ぎ払った。同時に黒い武者が出現する。太刀と甲冑の表面から、ざらざらと黒い砂が流れ落ちている。砂鉄だ。地脈を通じ、短距離を瞬時に移動したというのか。軍勢の壁を抜け、陣営内に入られた!

『………惜シヤ………』

ずぶずぶと武者が地面に沈んでいく。いや、砂鉄に分かれて地面に散らばったのだ。土遁の術か。
「チクショ! バラけられちゃ、アタシの縄でも縛れないか!」
「察知は可能だ! 周囲の地面に縄を張り巡らせろ!」
「もう遅いようだ」

セイバーの軍勢と分断された。我々の周囲を、くろがねの騎馬武者たちが取り囲んでいる!
「シャア!」「イヤーッ!」「ちぇァッ!」
三人が刹那に動き、攻撃する。縄が武者の首を縛り、槍が太刀を弾いて胸を貫き、剣が馬の頭を両断する。しかし何たること。武者も馬も砂鉄だ。縄も槍も剣もすり抜け、虚しく宙を切る。切断された跡はすぐに修復してしまった。驚く我々を尻目に、敵将がやや離れた地面から現れ、砂鉄の黒馬にうちまたがる。

『我ハ鼎ト、王ノ首ヲ奪フ。此奴等ヲ、足止メセヨ』

「イヤーッ!」
馬首を巡らせる敵将に騎馬武者たちの隙間からスリケンを投げる。だが、奴は振り返ることもせぬ。届く前に空中でスリケンが崩壊し、砂鉄に変わり、散らばった。直後にアサシンの縄が飛ぶ。首に絡みついた。と、見る間に敵将の首が、縦回転しながら飛び上がった。
「!?」

『……我ノ首ハ、ヤレヌ』

馬が駆け進み、縄が外れた。すうっ、と首が戻る。……体の震えが、止まらぬ。まさか。まさか。

<BACK TOP NEXT>

つのにサポートすると、あなたには非常な幸福が舞い込みます。数種類のリアクションコメントも表示されます。