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【クライング・レッド・オウガ】

ウシミツ・アワー、グリーンオニ・ヤクザクランの隠し事務所前。重金属酸性雨に濡れ、アボカドジュースめいた緑色の液体が酸化し、赤く変色していく。その水源は、ヤクザの死体だ。二人。双子めいて同じ姿。両者の額には十字型の投擲武器、スリケンが突き刺さっている。ニンジャの武器だ。

暗闇から、メンポをつけレインコートを纏った二人のニンジャが現れた。一人は指先を赤く光らせ、もう一人は片目を蒼く輝かせている。読者の皆さんは前者をご存知だ。彼はハウスバーナー。ネオサイタマの闇社会に強大なパワーを振るう組織「ソウカイ・シンジケート」のアンダーニンジャだ。

連れのニンジャ、インパーミアブルは鼻を鳴らす。「ふん。まあまあのワザマエだが、俺がやった方がマシだな」「じゃあ次は頼むぜ」「カラテはおまえがやれ。そういう契約だ」「アイ、アイ」ハウスバーナーはナメられている。サイバネ者はしばしばノーサイバネ者を見下すのだ。「よし、行こう」

事務所の門のカモイと横木にはトリイめいて血が塗られ、傍らにカドマツ。三連バンブーには焼いたマグロの頭が突き刺され、傍らにヒイラギの枝葉が飾られている。「ああ、今日はセツブンか。敬虔だな」「魔除けにはならなかったな。おい、扉の鍵を開けろ」「電子ロックだ。今度は頼むぜ」

「ふん。まあやってやろう」パシン!数秒で電子ロックがハックされ、扉は開いた。「ワザマエ」「初歩の初歩だ。おまえそんなんで本当にダイジョブか?ネオサイタマで生きていけるか?岡山県の方が暮らしやすいんじゃないか?」インパーミアブルのイヤミは止まらない。ハウスバーナーは笑う。

インパーミアブルは眉根を寄せる。「何がおかしい」「いや、俺が知ってるハッカーに愚痴がそっくりでさ」「誰だ」「モータルだよ。俺がニンジャになる前、スラッシャーやってた頃の相棒。UNIXから飛び出した毒矢に刺されてオタッシャしちまった」「縁起でもない!チッ、ハーッ……」

インパーミアブルは舌打ちし、大きくため息をついた。彼らの斜め後方には六面体の監視ドローンが浮遊し、淡いUNIX光を放っている。ソウカイヤのニンジャ・ダイスマンが貸与したモーターロクメンタイ、通称D6だ。

ハウスバーナーに与えられたミッションは簡単だった。グリーンオニ・ヤクザクランの隠しUNIX事務所を潰し、口座情報を奪う。だが彼はUNIXが未だに苦手だ。そこでハッキング用のパートナーがつけられた。インパーミアブルというニンジャだ。雨合羽だか、水も漏らさぬだとか、そんな意味だ。

「ドーモ、インパーミアブル=サン。ハウスバーナーです」「ドーモ、ハウスバーナー=サン。インパーミアブルです」ミッション開始前のアイサツ、そしてダンゴウ。既にインパーミアブルは機嫌が悪い。「UNIXが苦手だと?今どき?イディオットにも程があるな」「苦手なもんは苦手なんだよ」

ハウスバーナーは頭をかいた。こないだのミッションでハッカーと組ませろとかD6に呟いたのが拾われたか。相性がいいやつなら良かったが、やや性格に問題がある。俺と同レベルのアンダーニンジャならそんなもんか。だが、一つ一つミッションをこなしていけばいい。今はただ、それで。

インパーミアブルは右目のサイバネアイをこれみよがしに光らせ、ハウスバーナーを威圧する。「しかも、ノーサイバネ主義者だと。原始人め、ここはネオサイタマだぞ?そして俺たちはニンジャだ。ローンを組んでも、幾らでもマネーは稼げる。モータル気分が抜けきらんなァ、まったく」

「ああ、すまんな。ビズは単純なハックアンドスラッシュだ。ハックは任せる。スラッシュはやる。取り分はあんたが6割でいい」「当然だ。俺一人でも充分なビズだ。8割貰ったっていいんだが、ダイスマン=サンが見ておられるからな。奥ゆかしくしよう」「ああ、ユウジョウ」「ユウジョウ…」

「「オニハソトッコラーッ!」」BRTTTTTTTT!ドアを開けた途端、中にいた二体のクローンヤクザがサブマシンガンを斉射!インパーミアブルとハウスバーナーは軽やかに身を躱し、ノーダメージ!ワザマエ!「イヤーッ!」瞬時にハウスバーナーが中へ飛び込み、カラテを振るう!

「イヤーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!」ハウスバーナーの回し蹴りがマシンガンヤクザ二体の首をはねる!ナムアミダブツ!「へっ、マメデッポウが。マメマキにもなりゃしねえな」ハウスバーナーは抜け目なく彼らの懐から財布を抜く。オニは排除した。フクハウチだ。眼前にはUNIXが数台。

「セコイことをやってるな」「俺は今回の報酬4割なんでな。小銭稼ぎだ」インパーミアブルは眉根を寄せる。彼にとってもカネは大事だ。ふわふわローンの返済日が近い。期日までに返さねば、確実に債鬼に殺される。ソウカイヤが後ろ盾だともいうから当然だ。多くのアンダーカードがそれで死ぬ。

今回の稼ぎで6割、ギリギリ返せる。この迷信深いアホが亡き者になれば取り分はもっと増えただろうが、あいにくインパーミアブルにカラテは乏しいし、D6が監視している。腹立たしい。次はテッコを買ってカラテを上昇させ、より高報酬のビズを受けたいものだ。さらに上へ、プルス・ウルトラ。

タネコ……俺がもっと稼げていれば……)インパーミアブルは懐を掻きむしり、亡き妻タネコの写真に手を当てる。離婚を切り出され、口論になり、道路へ飛び出した彼女はトラックに轢かれて……自分も同時に。そしてニンジャになった。妻はダメだった。俺だけが生き返った。生き残った。なぜ。

「このサブマシンガンも貰っとくか……オムラ製。手榴弾付きだな」ハウスバーナーが銃を拾い上げた、その時!「Wasshoi!!」KRAAAAASH!! 事務所の天井を突き破り、赤黒の死神が出現した!その顔には鋼鉄のメンポが装着され、恐怖を煽る凄まじい字体で「忍」「殺」と彫り込まれている!

「「アイエエエエ!!??」」ハウスバーナーとインパーミアブルは驚愕!その姿は、ソウカイ・ネットで囁かれるニンジャ殺しの狂ったニンジャそのものだ!「ドーモ、ニンジャスレイヤーです……!」「ド、ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ハウスバーナーです」「インパーミアブルです」

アイサツ終了後コンマ2秒!赤黒の鬼はスリケンを投擲!「イヤーッ!」「グワーッ!?」インパーミアブルの右目に突き刺さる!「アバッ……ナンデ……?」「通りすがりだ。ソウカイヤのニンジャか。生かしてはおかぬ」キリングオーラを漂わせ、死神はカタナめいた目を光らせる!コワイ!

よく観察すれば、死神のニンジャ装束はボロボロで、血を滴らせていることがわかるだろう。手負いだ。どこかで強力なニンジャとイクサを繰り広げて来たのだろうか。ここへ飛び込んできたのは本当に通りすがりで、偶然のようだ。だが手負いの獣ほど恐ろしい!(ブッダ!今日はブツメツだ!

ハウスバーナーは即座に状況判断!インパーミアブルを見捨て、窓を突き破って脱出!「オタッシャデー!」「アイエエエ!呪ってやる!」インパーミアブルは泣き叫ぶ!「まずはオヌシだ。安心せよ。すぐやつも後を追わせてやる」ニンジャスレイヤーはカイシャクすべくジュー・ジツを構えた!

「タネコ……」インパーミアブルは涙を流し、失禁した。目の前の確実な死を受け入れよう。タネコのところへ行こう。どうせそのつもりだった。今わかった。懐をかきむしると、写真が零れ落ちた。家族の写真。かつての幸福の印。それを見た死神は、ほんの少し……一瞬だけ、カラテを鈍らせた。

「「オニハソトッコラーッ!」」BRTTTTTTTT!背後から銃撃!クローンヤクザの生き残りか!?いや違う!ハウスバーナーが窓から銃撃したのだ!「ハ……ハウスバーナー=サン!」「ヌウッ!」不意を打たれた死神は巧みにブレーサーで銃弾を弾く!当然の如く無傷!だが!KBAM!

グワーッ!?」ALAS!ハウスバーナーが撒き散らした銃弾がUNIXの一つを破壊!その衝撃でトラップ毒矢が射出され、ニンジャスレイヤーの左膝に突き刺さった!「グワーッ麻痺毒!」なんたるウカツ!「インパーミアブル=サン!目標UNIXを奪え!」相棒の声に答え、インパーミアブルが動く!

「イヤーッ!」カジバヂカラ!彼は写真を拾い、硬直したニンジャスレイヤーの横を駆け抜け、目標UNIXを奪い取る!「「オタッシャデー!」」そのまま窓を突き破り脱出!ハウスバーナーはサブマシンガン付属の手榴弾のピンを抜き、振り向きざまに室内へ投げつける!KA-BOOOOOOOOOM!

「ハァーッ……ハァーッ……」二人はメチャクチャにネオサイタマを駆け回り、どうにか逃走に成功した。D6と目標UNIXは無事だ。タネコの写真も。「た、助かった、のか……?」「たぶんな。運が良かった」「す、済まなかった、ハウスバーナー=サン。あんたのお蔭だ……」「お互い様だ」

ハウスバーナーはZBRアドレナリンと、ニンジャスレイヤーとの遭遇、撤退の成功に身を震わせていた。アブナイだった。一つでも何かが欠けていれば自分たちの命はなかっただろう。「これはキンボシか?やつは死んだか?」「期待はしねえ。噂をすれば、ってこともあるだろうよ」警戒は解かない。

「報酬は……UNIXを持ち帰っただけじゃあダメかな。あんたのローンに足りないなら、俺の4割を取り下げるし、さっきの万札も」「いや、充分だ。そこまでしてもらわなくていい」インパーミアブルは失った右目、サイバネアイを抑えた。買い換えるにはカネが足りない。その前に債鬼が……。

「充分ですよ、ハウスバーナー=サン。オツカレサマデシタ」すぐ近くに、別のニンジャがいた。「「!?」」光るダイス型サイバネアイ。「ドーモ、ダイスマンです。D6でモニタリングしていましたが、あれに遭遇したのなら仕方ない」「「ド、ドーモ、ダイスマン=サン」」二人はアイサツを返す。

「口座情報などどうでもよいのです。これはテストですからね。インパーミアブル=サンは少し奥ゆかしさに欠けますが、向上心とワザマエはなかなかです。ハウスバーナー=サンはやや奥ゆかしすぎる気がしますが、今回は見事にサイオー・ホースでした」ダイスマンは無感情に査定を下す。

「で、では」「インパーミアブル=サンのふわふわローンへの返済は、これでチャラです。安心しなさい。報酬は査定して振り込んでおきましょう。では、ゴキゲンヨ」「「アリガトゴザイマス!」」二人が礼をすると、ダイスマンは暗闇へ消え去った。二人は顔を見合わせ、涙目で笑って握手した。

「ユウジョウ!」「ユウジョウ!」

「ヌウーッ……!」ビルから街を睨め下ろす。麻痺毒は消えた。手榴弾の爆発もさしたるダメージではない。だが、ブザマを許した己への怒りは収まらぬ。ナラクも嗤う。「ハウスバーナー=サン……インパーミアブル=サン……覚えたぞ……!」さしたる使い手ではなかった。見つけ出し、必ず殺す。

ニンジャスレイヤーの足元には、二つの生首が転がっている。ヤクザ事務所からの脱出直後、手負いとみたサンシタ共に狙われ、返り討ちにしたのだ。インディゴレイングリーンスピア。死神は、グリーンスピアの武器であったヤリを二つの生首の口に突き刺し、貫く。エホーマキ・スシめいて。

ニンジャスレイヤーは、北東、キモンの方角、マルノウチ・スゴイタカイビルへ顔を向ける。彼の家族が眠るオブツダンへ。鬼哭啾々……血涙が両眼から溢れた。「フユコ……トチノキ……!」今宵はセツブン。季節の分かれ目。オヒガンとのゲートが開き、オバケやオニが現世にさまよい出るという。

古来日本人は、セツブンに現れるオニの群れ、ヒャッキ・ヤギョを恐れた。西欧人がワイルド・ハントを恐れるように。それが何を意味するか、読者の皆さんはご存知だ。マメマキやサーディンズヘッド、エホーマキ・スシ等、オニを祓うため様々なモージョーが考案された。効果は不明だが……。

その中に、オニをもってオニを祓う儀式がある。ツイナ4つの目を持つメンポをつけたオニが、赤と黒の装束を纏い、武器を手にしてオニを祓う……このオニこそ、セツブンに祓われるオニだともいう。これが何を意味するのか。歴史の闇に不用意に触れることは得策ではない、とだけ言っておこう。

「イヤーッ!」赤黒の鬼、ニンジャを殺すニンジャは、シャウトと共に闇へ消えた。二人のニンジャの生首を貫いたヤリを担ぎ、妻子の待つ場所へ。

【クライング・レッド・オウガ】終わり

これは、ブラッドレー・ボンド&フィリップ・N・モーゼズ著、本兌有&杉ライカ訳の大人気小説『ニンジャスレイヤー』の二次創作です。公式とは一切関係がありません。
◆ニンジャスレイヤーTwitter◆https://twitter.com/NJSLYR
◆ダイハードテイルズ公式サイト◆https://diehardtales.com/

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