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【AZアーカイブ】ゼロの蛮人(バルバロイ)第十三話

「あの娘たちに逃げられたァ!? 何ぼさっとしてたのよ、あんたたち!」
マチルダは、眠らされていた女官からの報告に吃驚していた。眼鏡の下の目がつり上がる。

ルイズとタバサが、アルビオンから脱走した。目付けのユリシーズを『人質』にして、だ。あのルイズは杖があっても碌に魔法も使えない(爆発は起こせるが)駄メイジで、お嬢様だから融通も利かない。女官やイケメンのユリシーズにちやほやされていれば、ぶつぶつ言いながらも大人しくしていただろう。

ならば、タバサだ。確かあの娘はガリア出身で、二つ名を『雪風』とかいう風のトライアングルメイジ。小さいくせに場数も踏んでいて、クソ度胸もある。油断した目付けを脅して杖を取り返したか。

「脱走……そうか、使い魔の風竜がいたね。チッ、人質作戦はお流れか。あんまり若い娘を攫ってどうこうってのは気に入らなかったから、いいけどねえ……」
「しゃああんめえ、油断していたオレらも悪い。なあに、軟弱メイジどもばかりのトリステインなんぞ、オレが、この『白炎』が焼き尽くしてやるさ。人質の小娘どもは足手まといだ」

あいつが、脱走。そう聞いて、トラクスは思わず笑い出す。
「……ぷっ、くっくっくっ、くくくくく」
「おい相棒、笑ってんのか?」

「ああ、可笑しいさ。あいつもやっぱり、『スキタイ流』だったんじゃあないか」

《『王宮日誌 シャルロット秘書録』より》

「脱走成功。『レコン・キスタ』侵攻は三日後、貴方の待機するラ・ロシェールへ。これより帰還する」
シルフィードの背中には、遠隔通信用の魔法具が括りつけてあった。第一報をワルド子爵へ送る。キュルケもいるそうだ。全速力で飛ばし、ひと気のない断崖から『白の国』アルビオンを離れる。

夜空の中、地上から数千メイルの大気は流石に寒い。『雪風』の私も震える。周囲に暖かい空気の層を作り、マジックシールドで覆う。高い山などでは呼吸も苦しくなるが、これなら大丈夫だ。
「は、はくちゅん! うう、ちょっとタバサ、荷物から暖かそうな服か毛布を出して。入浴してからだったら、確実に風邪をひいていたわね。ああ、でも気持ちいいなあ、最高の気分よ」

「こっちは生きた心地がしませんよ。だって、トリステインに着いてウェールズ皇太子殿下らお偉方に出遭えば、俺は確実に車裂きの刑じゃあないですか。よくって絞首刑かも」
「私とタバサが弁護してあげるわよ。……でも、考えたら私だってやばいわ。トラクスの主人だし、学院にはもういられないし、家族に出会えば……ああああああああ、ダメ、母様や姉様に叩き殺される! よしんば生き残っても死ぬまで牢獄塔の中だわ! ……よし、帰りましょうタバサ」
「今更。私はいつまでも拘束されるのは嫌」

蛮人奴隷トラクスは自由身分になり、竜騎士としてトリステインに攻めて来る。私たち貴族は、平民が思うほど自由ではない。窮屈な儀礼、渦巻く権謀術数、失脚すれば貧乏暮らし。そして家名を取り潰されれば、盗賊になるか傭兵になるか、人形としてこき使われるか。

……きっと、私たちも『奴隷』なのだ。名誉の、宗教の、富の、権力の。あるいは『運命』の。

翌朝。ラ・ロシェールには、すでにワルド子爵がグリフォン隊を率いて待機していた。ルイズは彼に、私はキュルケに抱きしめられ、ユリシーズは拘束される。もうしばらくこの街で待機するそうだ。
「心よりご協力に感謝します。さてさて、『白の国』への大冒険は、いかがでしたか? ミス・タバサ」
「とても楽しかった。……でも、こうも思った。私たちは皆、『運命の奴隷』だと」
私の奇妙な感想に、子爵はおかしな顔をしたが……やがてこう言った。

「少し違うな、ミス・タバサ。我々は皆、『運命を書き換える力』を与えられているのさ」

「情報では『レコン・キスタ』が攻めて来るのは、もう明後日とのこと。ゲルマニアの軍隊は、残念ながら間に合いません。フネに乏しい我が国が、どうやって迎撃するのですか」
トリスタニアの王宮。軍装のアンリエッタ王女は、国政を取り仕切る『鳥の骨』に下問する。国軍はすでに召集された。
「我が国の軍隊は精強。旗艦『メルカトール』もござる。されど『ロイヤル・ソヴリン』号には勝てません。いや、今は『レキシントン』と呼ばれているのでしたな」
「そうだよ、枢機卿。生憎我が王党派の残党もあまり集まってくれなかった。さあ、どうしようか……」
ウェールズ皇太子も不安げな顔をする。

「ご憂慮は無用ですぞ、両殿下。魔法学院の図書館で、面白い資料を見つけました。これが我が国を救ってくれるよう、始祖ブリミルにお祈りいたします」
「なんのことだね」
「ラ・ロシェール近郊、タルブという村に残された古の兵器があるのです。 かの地はアルビオンとの戦があれば、必ず標的とされる要地。従って、古来様々な防衛策が施されました。その一つが、この図にある……『破壊の車輪』です」

その頃、ワルド子爵はラ・ロシェール先遣防衛隊を率い、ルイズ・タバサ・キュルケと風竜に乗ってタルブの山中に来ていた。眼下にタルブの草原を見渡せる、山というより断崖絶壁だ。その中の大洞窟に遺跡がある。
「我が国の秘密兵器、『破壊の車輪』だ。マザリーニ枢機卿がアカデミーの研究員を率いて、先頃発掘された」
「『破壊の車輪』? ……聞いた事もないわ」
「フフフ……こいつが私を『トリステイン救国の英雄』にしてくれるだろう………」

固定化魔法のかかった、直径10メイルはある巨大な青銅の車輪。太い管が車軸となって差し込まれ、大きなタンクもある。そんな奇妙な大車輪が、何機も並んでいる。上の階の広間には、大車輪を横倒しにしたような金属円盤がずらりと並ぶ。それらの円盤は滑車によって大車輪に結び付けられ、連動して動く仕組みらしい。『ロクロ』と呼ぶようだ。その斜め上のテラスには、人の頭ほどある大きな石が山と積まれ、前方には小さな窓が岩の壁に開けられていた。

「大きさの揃った石。これが弾丸となるそうだ」
「なるほど、これを打ち出すのね。でも、大砲や投石機とどう違うのかしら? それに、車輪でどう撃つの?」
「見ていれば分かるさ。資料はあるが僕にもよく分からない、なにしろ数百年ぶりに使われるそうだからな。ただ枢機卿達が試射されたところ、数百メイル先のラ・ロシェールまで飛んだという……」

翌朝。予定より早く駐在大使から宣戦布告がなされ、昼頃に上空から『レコン・キスタ』の空中艦隊が降下してくる。
「お―――きたきた、間近で見るとやはり大きいな。よし、メイジ諸君! 火力全開だ!!」
巨大飛行戦艦『レキシントン』だ。ラ・ロシェールに残った囮の守備隊を退け、艦隊集結地、タルブの草原へ向かう。率いるのは侵攻軍全般指揮官、サー・ジョンストン。実戦の指揮は旗艦艦長ボーウッドが行うのだが。

「アルビオンからのフネが離着陸できるのは、橋頭堡のここだけだ。当然敵もそれなりの備えをしていよう。だが、それにも限界があるはず」
誇らしげに、二人は甲板から大艦隊を見回す。竜騎士たちが出撃準備を整えている。
「これだけの砲門、これだけの竜騎士、これだけの大艦隊があるのだ! 一気に粉砕してくれる!」
「そうですとも! いかがわしい蛮人や傭兵どもに、出番はありませぬ!」
「いざ、『聖地』へ! 神聖アルビオン共和国、万歳!!」

すでに祝杯が用意され、ボーウッドもやれやれという感じで杯を挙げる。立派な軍服を着たそれは、数百メイル離れた断崖絶壁からも、よく見える位置にいた。

大きな密閉タンクに溜められた水が、猛火で熱せられて出る『蒸気』を噴き込まれて、『破壊の車輪』はギリギリと動き出す。
「動いた! 動き出しました!!」
「よ―――しよし………」
回転が伝わって、ロクロも物凄い勢いで回り出す。轟々と音を立てて。
「試しに一個転がして見ろ」
「は!」
ワルドの部下がテラスの滑り台から石を転がし、激しく回転するロクロの間へ落とす。

フッとロクロの間から、石が消えた。

次の瞬間、レキシントン号の甲板から、サー・ジョンストンの上半身が消えた。『パアン』という音と、血しぶきとともに。
「!?!」

覗き窓から鷹のような遠目で見ていたワルドが、ルイズを振り向いてにいっと笑った。
「……いいみたいだな。よおォし! 全門開けェ!!」

原理はこうだ。タンクの中の水が熱せられて水蒸気となり、大車輪の中の小部屋を押して、水車のように縦回転させる。その動きは滑車を通して横に並ぶロクロに伝わり、軸に油を塗ったそれを猛烈な勢いで横回転させる。そのロクロの横側は滑らかな凹面をしていて、石を挟ませると投石機となって前方へ発射する、というわけだ。

案外単純な機械だが、その威力は、火の秘薬たる硫黄を使っていないにも関わらず、恐ろしいものだった。

人間の半身が一瞬で削ぎとられる。兵士の鼻から上が消え去り、数十人の人間の体を貫通し、手足を吹き飛ばし、胴体に大穴を穿ち、戦艦の砲門に石が詰まり、側面や甲板をぶち抜き、竜を撃ち落す。

「石の大きさは揃っているものの、ちょっとした形の違いで微妙に回転して弾道が変わり、敵陣に満遍なく降り注ぐってわけだ! ふは! ふはは! しっしかも! まだ戦艦の上だから逃げられん!! くっはっはっは! 見ろ! 見ろあれを!!」
ワルドが狂ったように笑い出す。

「竜の首が飛んだ! 将軍らしき男が粉微塵だ! おお、帆柱が折れた! 落ちるぞあれ!! あ―――――っ!! あ―――すっげ――――は―――っははははははは!! ひ―――――っははははははははは!!
「お、お気を確かに、ワルド様」
「こっ、これが笑わずにいられるか!! ひ――――――っひっひっひっひっ! くっくくくくくくっ!」

ルイズが心配そうに、腹を抱えて涙目で笑い転げるワルドの肩を支える。
タバサはニューカッスル城突入の際の、トラクスの『投弾帯(スリング)』の威力を思い出した。

彼もまた、『運命の奴隷』。タバサはそう思い、『ふっ』と微笑んだ。
じきにトリステインとアルビオン王党派の戦艦もやって来て、残る敵艦隊を殲滅するだろう。……ただ、トラクスはどうしているか。

「うおおおおおおお!? なあんじゃアこりゃあ!!?」
「あの崖からだ!物凄い勢いで、人の頭ぐらいの大石が飛んで来ている!」
トラクスたちは丈夫な船室の陰に隠れ、敵の砲撃をやり過ごしていた。風竜たちは無事だが、降りる隙がない。石の雨は降り止む気配がない。甲板の上は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。メンヌヴィルの部下も何人か死んだ。

「血の雨を降らせにやって来たのは、俺様たちだってのによォ!! たいしたご挨拶じゃアねえかゴラァ!!」
「土メイジのあたしは、空中じゃ聡明で綺麗なだけで無力だよ。さっさとこのデカブツが落っこちて、地に足をつけて戦わなきゃあね! ええい、畜生(ブリミル)!!」
「面白い! こうでなくちゃあ、戦場って感じがしねェよ!! ワクワクドキドキしてきたぜェアア!!」
三者三様の感想。すでに総司令官は上半身を吹き飛ばされて戦死し、艦長も生死不明。指揮系統は崩壊した。砲弾で迎撃しようにも、拙い事に砲門へズボッと石が入ってしまった。暴発したら爆発炎上だ。

「マチルダ。その辺に転がっている石弾で、何かできないか」
「考えてるけど、思いつかないよ! こんな戦場に出るのは初めてなもんでね!」
「合体させてゴーレムにしたらどうだ?」
「何の役に立つのさ? 敵さんは数百メイル向こうの崖の中みたいだし、風竜なんか撃ち落されちまうよ」
「じゃあ、船底をぶち抜いて地上に降りようぜ! 『炎球』!!」

メンヌヴィルが下へ向けて炎の塊を放ち、『レキシントン』の船底まで貫いて大穴を空ける。
「よおし、じゃあデイム・マチルダは石弾を掻き集めて、降下する間の『盾』を作ってくれ。目標はあの崖の中、狙うは大将首だ! ラ・ロシェールは守備兵どもが逃げて人っ子一人いないそうだし、何とか手柄を立てねえと恰好がつかんからな! 行くぞ、野郎ども!!」
「凄い威力だね。それじゃあ、始祖ブリミルのくそったれにお祈りして出撃だよ! 集まれ、石ども! あたしたちを護る盾となりな!!」
「サー・トラクス&メンヌヴィル隊と、伝説の魔剣デルフリンガー様、いっきまあああす!!!」

三人と一本は二頭の風竜に跨り、船底から飛び出る。すでに地面まで百メイルほどまで降下していた。空中に大きな岩の盾が錬金され、彼らを無差別に飛来する石弾から護った。続いてメンヌヴィルの部下たちも飛び降り、『レビテーション』で地面にふわりと降りた。着陸に成功すると、すぐに『土のゴーレム』が創造され、おとり兼盾となって男たちを隠す。

「あそこに知り合いがいたら、誰が来たかバレバレだね。まあいいさ、ここはあたしが引き受けた! あんたたちは崖に突っ込んで、さっさと連中を黙らせてきな!!」
「そういうセリフを吐いて、戦場で生き残った奴は少ないぜ、デイム・マチルダ。もうじきトリステインの艦隊も来るだろうし、さっさと済ませようぜェ、サー・トラクス!!」

トラクスが心底愉快そうに笑う。デルフを握る左手の『烙印』が疼き出した。
「あの中には、あいつがいる。俺の『ご主人様』、ルイズだ!!」

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